こだわりアカデミー
「タバコ依存」は「薬物依存」。 ニコチンには「興奮」「鎮静」の 「二相性の効果」があるんです。
ニコチンは依存性薬物
浜松医科大学精神神経科助教授
宮里 勝政 氏
みやさと かつまさ

1944年沖縄県那覇市生れ。69年広島大学医学部卒業後、東京慈恵会医科大学入局。80−82年、アメリカ合衆国国立薬物乱用研究所へ留学し、薬物依存症を実験的に研究した。専攻は精神医学。医学博士。著書に「アルコール症の臨床」(新興医学出版)、「メンタルヘルス事典」(中央法規出版、共著)、「青年心理学ハンドブック」(福村出版、共著)、「精神療法」(ライフサイエンスセンター、共著)がある。今年初めに岩波書店より発行した著書「タバコはなぜやめられないか」は、タバコ依存を薬物依存の観点から客観的に分析し、わかりやすく解説している。
1993年9月号掲載
ニコチンのないタバコは誰も吸わない
──なるほど。ところで、先生の著書「タバコはなぜやめられないか」によると、タバコがやめられない理由も、この「薬物依存」なのだそうですね。「ニコチン」という依存性物質のせいで「ニコチン依存」になっているのだということですが、ニコチンは、どういうタイプの依存性物質なんですか。
宮里 まず、ニコチンの場合、おもしろいことに「興奮」と「鎮静」の2つの作用を持っているんです。
──おかしいですね。
宮里 おかしいでしょ。朝起きぬけで頭がボーッとしている時や、夜、車を運転している時なんかは、1本吸うと頭がすっきりする。これは覚醒効果、興奮効果の現れです。
逆に興奮したり緊張しているとき、鎮静化する効果もあるんです。
──そう言われてみれば、実感としてもわかりますね。
宮里 「二相性の効果」と言います。そしてその時の状態に応じて自分の望むレベル、いいレベルに調節できるという「調節作用」もあります。ただ、どちらかというと、覚醒(興奮)効果の方が優位なようです。
──喫煙というのは、私自身もそうでしたが、最初から爽快感とか多幸感を感じることはないと思うんです。でもなぜ、習慣化したり、ヘビースモーカーにまでなってしまうんでしょうか。「ニコチン依存」にいたる道程は?
宮里 喫煙のきっかけはさまざまでして、調査によれば、友人に勧められたり、身近な喫煙者の真似とか、大人っぽい、かっこいい、といったイメージの良さに基づいて始まるケースが多いようです。しかし、アルコールや麻薬等のように取り過ぎて二日酔いや中毒を起こすということがないことや、安価で手軽に入手できるということが、その後の繰り返しにつながり、自分に合った好みの吸入程度を覚えるようになる。またタバコというのは短時間作用型で、1本吸っても数分で効果が消えてしまいますから、本数や吸い方で効果を調節することもできます。
それで、次第に自分の生活の中に喫煙を加えていくわけです。仕事やスポーツの合間の一服、眠気ざましの一服、食後の一服、飲みながらの一服、等々です。そして知らず知らずのうちに『精神依存』が高まっていくことになり、繰り返しているうちに『耐性』ができて喫煙本数が増えていく。そして禁煙すると、集中力が落ちたり、ボーッとした状態になるなど「退薬症候」も現れるようになる、というわけです。
──確かに薬物依存の症状ですね。でもなぜ、それが他の物質ではなく、ニコチン依存と証明できるのですか。
宮里 例えば、喫煙者に対し、本人にはわからないように、タバコに含まれるニコチンの量を微量、中等量、大量と分けて吸ってもらうと、吸入したときの自覚効果で、皆がどれがどれか判別でき、しかもニコチンの少ない方は、吸うのを嫌った、という実験結果もあります。タバコの葉ではなくレタスの葉で実験しても、同様でした。
また、いくつかの量のニコチンを含むタバコを吸った場合と、同じ量のニコチンを静脈内へ注射した場合とを比べた実験もあり、効果の強さや長さがとても似ています。
その他にも、本人にはわからないようにニコチンの量を減らしてタバコを吸わせてみると、明らかに喫煙本数が増え、またパフ(puff=一服)の数が増えるという結果も出ています。缶ピースなんかを1日十数本吸う人にマイルドセブンライトを吸わせると、30本、40本と吸うかもしれませんね。スカスカしてるから効かないわけです。
実際にはそれほどの増え方はしないかもしれませんが、やはり自分に合ったレベルのニコチンを取り入れる方向での喫煙方法になるわけです。こういったさまざまな実験結果から、ニコチンに対する依存が証明できます。
──人間の身体って正直なもんですね。
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