こだわりアカデミー

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本対談記事は、アットホーム(株)が全国の加盟不動産会社に向け発行している機関紙「at home time」に毎号掲載の同名コーナーの中から抜粋して公開しています。宇宙科学から遺伝子学、生物学、哲学、心理学、歴史学、文学、果ては環境問題 etc.まで、さまざまな学術分野の第一人者が語る最先端トピックや研究裏話あれこれ・・・。お忙しい毎日とは思いますが、たまにはお仕事・勉学を離れ、この「こだわりアカデミー」にお立ち寄り下さい。インタビュアーはアットホーム社長・松村文衞。1990年から毎月1回のペースでインタビューを続けています。
聞き手:アットホーム株式会社 代表取締役 松村文衞
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「タバコ依存」は「薬物依存」。 ニコチンには「興奮」「鎮静」の 「二相性の効果」があるんです。

ニコチンは依存性薬物

浜松医科大学精神神経科助教授

宮里 勝政 氏

みやさと かつまさ

宮里 勝政

1944年沖縄県那覇市生れ。69年広島大学医学部卒業後、東京慈恵会医科大学入局。80−82年、アメリカ合衆国国立薬物乱用研究所へ留学し、薬物依存症を実験的に研究した。専攻は精神医学。医学博士。著書に「アルコール症の臨床」(新興医学出版)、「メンタルヘルス事典」(中央法規出版、共著)、「青年心理学ハンドブック」(福村出版、共著)、「精神療法」(ライフサイエンスセンター、共著)がある。今年初めに岩波書店より発行した著書「タバコはなぜやめられないか」は、タバコ依存を薬物依存の観点から客観的に分析し、わかりやすく解説している。

1993年9月号掲載


依存性薬物の作用は「鎮静」「興奮」「知覚変容」

──先生は薬物依存のご研究を長年続けておられますが、そもそも「薬物依存」とは何ですか。

宮里 「薬物の精神効果を味わいたいという強い欲求があり、繰り返し取っているうちに耐性ができたり、やめると退薬症候(昔でいう禁断症状)が現れたりする状態」を「薬物依存」と言い、それが、身体・精神・社会的役割行動に著しい影響を及ぼすようになり、何らかの対応を必要とするほどになると「薬物依存症」と呼びます。「やめようと思ってもやめられなくなった状態」と言ってもよいでしょう。こうした状態をつくり出す物質(薬物)を「依存性物質(薬物)」と言い、大きく3種類に分けられます。

一つは、脳の働きを穏やかにするもの、すなわち鎮静・抑制効果のある物質です。アルコール、モルヒネ、ヘロイン、精神安定剤、睡眠薬等、中枢神経抑制薬と言われるものがあります。

二つめは、それとは逆に、脳の働きを高める作用、興奮作用があるもので、コカイン、覚醒剤が代表的です。

もう一つは、幻覚等の知覚変容を起こす物質で、マリファナ、LSD、メスカリン、シンナー等があります。

これらの依存性薬物は、体内に入ると、脳に入り、脳の中枢神経組織に作用します。そして多幸感、つまり陶酔感とか快感と言ったらわかりやすいかもしれませんが、そういういい気持ちにしてくれるんです。だから使用を繰り返すうちに、その多幸感をまた味わいたい、またいい気持ちになりたいと思うようになってくる。

そして「薬物依存」が始まるわけです。

──甘いものや辛いものが好きでやめられない、という理由とは基本的に違うわけですね。


薬物依存は「精神依存」から始まる

宮里 薬物依存の形成には3つの段階があります。

まず最初は『精神依存』の形成です。前述しましたように「あの多幸感をもう一度」と、薬を飲んだり、注射をするようになる。

次は『耐性』の形成です。すなわち、薬物を繰り返し摂取していくと、最初に感じたほどの効果が得られなくなるのです。例えば、1日1合のお酒で酔いを楽しんでいたのが、2合、3合飲まないと満足できなくなる。1合では酔えなくなってしまう。

──通常、酒に強くなった、飲めるようになった、と言いますね。

宮里 飲み過ぎていると、人間の身体の方が薬物に適応するようになり、体内における代謝過程が速くなったり、神経組織が反応を弱めてしまう、つまり効かなくなってしまう、これが「耐性ができた」という状態です。耐性ができますと、一定の自覚効果を得るためには摂取量を増やすことになるわけです。そして、その次にくるのが『身体依存』の形成です。つまり、身体が薬物に対して「慣れ」を起こした後もさらに摂取を続けていると、薬物が存在していることが通常の状態であるような錯覚がおきてしまい、薬物が体内から消失していく過程で不都合な症状が現れるようになるのです。これが「退薬症候」「離脱症状」(禁断症状)と言われるもので、手が震える、集中力がなくなる、イライラする、眠れなくなる等、薬物によりその症状はさまざまです。幻覚、妄想、けいれん発作等を生ずる薬物もあります。


ニコチンのないタバコは誰も吸わない

──なるほど。ところで、先生の著書「タバコはなぜやめられないか」によると、タバコがやめられない理由も、この「薬物依存」なのだそうですね。「ニコチン」という依存性物質のせいで「ニコチン依存」になっているのだということですが、ニコチンは、どういうタイプの依存性物質なんですか。

宮里 まず、ニコチンの場合、おもしろいことに「興奮」と「鎮静」の2つの作用を持っているんです。

──おかしいですね。

宮里 おかしいでしょ。朝起きぬけで頭がボーッとしている時や、夜、車を運転している時なんかは、1本吸うと頭がすっきりする。これは覚醒効果、興奮効果の現れです。

逆に興奮したり緊張しているとき、鎮静化する効果もあるんです。

──そう言われてみれば、実感としてもわかりますね。

宮里 「二相性の効果」と言います。そしてその時の状態に応じて自分の望むレベル、いいレベルに調節できるという「調節作用」もあります。ただ、どちらかというと、覚醒(興奮)効果の方が優位なようです。

──喫煙というのは、私自身もそうでしたが、最初から爽快感とか多幸感を感じることはないと思うんです。でもなぜ、習慣化したり、ヘビースモーカーにまでなってしまうんでしょうか。「ニコチン依存」にいたる道程は?

宮里 喫煙のきっかけはさまざまでして、調査によれば、友人に勧められたり、身近な喫煙者の真似とか、大人っぽい、かっこいい、といったイメージの良さに基づいて始まるケースが多いようです。しかし、アルコールや麻薬等のように取り過ぎて二日酔いや中毒を起こすということがないことや、安価で手軽に入手できるということが、その後の繰り返しにつながり、自分に合った好みの吸入程度を覚えるようになる。またタバコというのは短時間作用型で、1本吸っても数分で効果が消えてしまいますから、本数や吸い方で効果を調節することもできます。

それで、次第に自分の生活の中に喫煙を加えていくわけです。仕事やスポーツの合間の一服、眠気ざましの一服、食後の一服、飲みながらの一服、等々です。そして知らず知らずのうちに『精神依存』が高まっていくことになり、繰り返しているうちに『耐性』ができて喫煙本数が増えていく。そして禁煙すると、集中力が落ちたり、ボーッとした状態になるなど「退薬症候」も現れるようになる、というわけです。

──確かに薬物依存の症状ですね。でもなぜ、それが他の物質ではなく、ニコチン依存と証明できるのですか。

宮里 例えば、喫煙者に対し、本人にはわからないように、タバコに含まれるニコチンの量を微量、中等量、大量と分けて吸ってもらうと、吸入したときの自覚効果で、皆がどれがどれか判別でき、しかもニコチンの少ない方は、吸うのを嫌った、という実験結果もあります。タバコの葉ではなくレタスの葉で実験しても、同様でした。

また、いくつかの量のニコチンを含むタバコを吸った場合と、同じ量のニコチンを静脈内へ注射した場合とを比べた実験もあり、効果の強さや長さがとても似ています。

その他にも、本人にはわからないようにニコチンの量を減らしてタバコを吸わせてみると、明らかに喫煙本数が増え、またパフ(puff=一服)の数が増えるという結果も出ています。缶ピースなんかを1日十数本吸う人にマイルドセブンライトを吸わせると、30本、40本と吸うかもしれませんね。スカスカしてるから効かないわけです。

実際にはそれほどの増え方はしないかもしれませんが、やはり自分に合ったレベルのニコチンを取り入れる方向での喫煙方法になるわけです。こういったさまざまな実験結果から、ニコチンに対する依存が証明できます。

──人間の身体って正直なもんですね。


問題なのは喫煙者のマナーと態度

──だけど、ニコチン依存者は他の薬物依存者に比べると、あまり害がないですよね。

宮里 確かに、タバコの吸い過ぎで救急車を呼んだということは聞いたことがないし、モルヒネやヘロイン、アルコール等のように、長く続けたために幻覚やけいれんが起きたり、痴呆になったり、事実上社会復帰できなくなったりすることもない。犯罪や社会行動上の害に結び付くようなこともありません。ですから今日まで、嗜好品として生き延びてきたんです。

──しかし今や、喫煙家は社会の悪者みたいな感がある。

宮里 ひとつは、吸わない人への害が問題なんです。タバコの煙が本当にダメな人もいます。頭痛はする、咳は出る・・・。その隣でスパスパやられたらかわいそうですよ。

これは、吸う人が最低限守らなければならないマナーですね。また、歩きながら吸う、吸い殻を道にポイと投げる、車の窓から灰皿を出して道路脇にガバッと捨てる、こんな人達がいるから嫌われるんです。薬物依存の立場から見るとアルコール依存症の人なんかのほうが、比べものにならないほど悲惨なんですけどね。

──自分の気分が良くなる分、周囲に配慮しなくてはいけませんね。最後に、禁煙のコツなんてありますか。

宮里 薬物をやめる場合には、すっぱりやめるか、段階的にやめるか、代用物で我慢するか、という3つがあります。これは人それぞれで、やめられる人は何もなしでスパッとやめられるんです。やめられない人はどうやってもなかなかやめられない(笑)。

今、世界的な嫌煙運動の高まりの中、ニコチン依存症の人のために、タバコ以外のものでニコチンだけを補充できるような方法の研究が進んでいます。

──例えばどんなものがありますか。

宮里 パッチ、すなわち貼付薬のようなもので皮膚からニコチンをじわじわ吸収させるというものです。アメリカではすでに利用されています。今ではガムより利用されていますね。ニコチンを別の経路で補充して、徐々に減らしていくもので、禁煙の補助手段として注目されています。

──なるほど。それは興味あるな。私としては「健康にいいタバコ」なんて、先生にぜひ、開発していただきたいですね。ありがとうございました。



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