こだわりアカデミー
人間の都合でひとつの種を絶滅に追いやるようなことは 絶対あってはいけないと思うのです。
滅びゆく日本の植物
東京大学理学部教授 附属植物園長
岩槻 邦男 氏
いわつき くにお
1934年(昭和9年)兵庫県生まれ。57年、京都大学理学部植物学科を卒業し、同大学院を修了。植物系統分類学を専攻し、東アジア・東南アジアに生育するシダ植物を対象に研究をすすめる。83年−89年及び91年より東京大学附属植物園園長を務める。東京大学理学部教授。理学博士。
『滅びゆく植物を救う科学』(下園文雄氏との共著、1989年発行、研成社)は、地球上で1株だけとなったムニンノボタンを、自生地、小笠原に復元する経緯を中心に、同地の絶滅危惧種について書かれた本である。
その他著書に『植物とつきあう本』(研成社)、『日本絶滅危惧植物』(海鳴社)などがある。
1991年10月号掲載
いま有効利用できるのは25万〜30万種のうち400種だけ
──ところで先生、数多くの種が絶滅するというのは、素人考えでも心情的にも寂しい感じがします。けれど、生物というのは、これまでの地球の歴史の中でも見られたように、種の絶滅と誕生をくり返しているわけですよね。確かに、これが最後の1株だと言われると、人間、もうたまらない気持ちになるのはわかるのですが、ある部分、自然界の流れ、あるいは運命みたいなものなのではないかな、という考え方もできるのではと思うのですが・・・。
岩槻 理屈をつければ、いろいろなことが言えると思います。しかし、人を殺してはいけない、戦争をしてはいけない、人類というものを滅亡させてはいけないのと同じように、大げさな言い方をすれば生命への畏敬とでもいいましょうか、そういう意味で、やはりひとつの種を絶滅に追いやるようなことは決してあってはいけない、しかも人間の都合でそういうことがあっては絶対にいけないと思うのです。
生物が多様であって初めてひとつの植生が円満に維持されている。どこかをつぶしたり、たたいたりするとすると、そこだけでなく全体の平衡、バランスが崩れてしまいます。
──そうすると、一部の絶滅と思われることも、すべての絶滅へのスタートボタンみたいなものなんですね。
岩槻 そういうことですね。それからもっと切実な問題としては、植物が25万種、30万種もあるうち、われわれがいま有効に利用しているのはわずか400種くらいしかないということです。
つまり、稲、小麦、トウモロコシ、じゃがいもなど、われわれが食べたり、飼料にしたりするものが、それだけの種類しかなく、しかもFAO(食料農業機関)の統計で言うと、今世紀末までに60%の食糧増産がなければ、来世紀は飢えに苦しむ世紀になるそうです。
──人口が倍になってしまうからですか。
岩槻 人口も2025年で100億人になりますし、食糧の多様化もどんどん進みますから。
実際にアフリカとか中央アジアに行けば、戦争などが原因ということも、もちろんあるのですが、平常状態としてそういう飢えが忍び寄りつつある地域も、もうすでにあるわけです。
1995年3月東京大学退官、立教大学理学部教授に。99年2月、著書『生命系』を岩波書店から発行。IUCN(International Union for Conservation of Nature and Natural Resources=国際自然保護連合)の種保存委員会運営委員も務めている。
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