こだわりアカデミー

こだわりアカデミー

本対談記事は、アットホーム(株)が全国の加盟不動産会社に向け発行している機関紙「at home time」に毎号掲載の同名コーナーの中から抜粋して公開しています。宇宙科学から遺伝子学、生物学、哲学、心理学、歴史学、文学、果ては環境問題 etc.まで、さまざまな学術分野の第一人者が語る最先端トピックや研究裏話あれこれ・・・。お忙しい毎日とは思いますが、たまにはお仕事・勉学を離れ、この「こだわりアカデミー」にお立ち寄り下さい。インタビュアーはアットホーム社長・松村文衞。1990年から毎月1回のペースでインタビューを続けています。
聞き手:アットホーム株式会社 代表取締役 松村文衞
MENU閉じる

人間の都合でひとつの種を絶滅に追いやるようなことは 絶対あってはいけないと思うのです。

滅びゆく日本の植物

東京大学理学部教授 附属植物園長

岩槻 邦男 氏

いわつき くにお

岩槻 邦男

1934年(昭和9年)兵庫県生まれ。57年、京都大学理学部植物学科を卒業し、同大学院を修了。植物系統分類学を専攻し、東アジア・東南アジアに生育するシダ植物を対象に研究をすすめる。83年−89年及び91年より東京大学附属植物園園長を務める。東京大学理学部教授。理学博士。
『滅びゆく植物を救う科学』(下園文雄氏との共著、1989年発行、研成社)は、地球上で1株だけとなったムニンノボタンを、自生地、小笠原に復元する経緯を中心に、同地の絶滅危惧種について書かれた本である。
その他著書に『植物とつきあう本』(研成社)、『日本絶滅危惧植物』(海鳴社)などがある。

1991年10月号掲載


日本では現在900種の植物が絶滅の危機に

──先生は、植物系統分類学がご専門と伺いましたが、植物というのは、地球上に何種類くらいあるんですか。

岩槻 普通狭い意味では、コケ、シダ、種子植物のことを植物と言いますが、その狭い意味の植物ですと、25万とか、30万種類と考えてもらえばいいと思います。

──生命が生まれて三十数億年といわれていますが・・・。

岩槻 いま申し上げました陸上の緑色の植物だけでいいますと、これは4億年の歴史です。4億年前に、それまで水の中で暮らしていた藻類などが陸上に上がったものです。

──長い歴史の中では何度か絶滅の危機もあったようですが、現状でも絶滅に瀕している植物がかなり多いそうですね。

岩槻 ええ。これまで地球上には3回、生物の種の絶滅の時代がありましたが、今度はその第4回目と言われます。ただ、いままでの3回と違うところは、今回は人間という、生物のうちのただ1種があまりにも巨大化したために起こっている絶滅の時代であるということです。

──いままでのものは宇宙的な規模とか、あるいは地球的な進化の過程の中での、ある意味では前向きなものであったのが、今回の絶滅はかなり人為的というか、人工的な危機だということですね。

岩槻 そう言えますね。しかし、見方によっては、これも地球の進化の一過程としてとらえることもできます。生物の一員である人間が進化して、あまりにも高等になり過ぎ、自分自身を制御することができなくなって地球全体を滅ぼしてしまうというような、そういうものの先ぶれだという言い方もできますね。

──25万種の中で、いま絶滅の恐れありという種類はどのくらいあるのでしょうか。

岩槻 数年前に日本で、シダと種子植物五千数百種について調査したところ、何とそのうちの900種までがこのまま放置しておくと危ないという結果になりました。6種に1種の割合ですね。

──そんなに高い数字なんですか。信じられないなあ。

岩槻 問題はそこなんです。元来、日本は中国やアメリカなど大陸の国々に比べ、緯度の割に黒潮暖流のお陰で温暖で多湿であるという、気候の特性があり、植物にとっては非常に条件がいいのです。しかも地形が極めて複雑になっていて、山あり川あり谷ありですから、多様な植物が生活する場所としても非常に恵まれています。そのお陰で五千数百種もの植物がこの狭い国土に生息することができるわけです。これは割合からいうと非常に高いんです。

ですから全体としては緑は維持されているように見えるけれども、知らぬ間にその緑の内容がだんだんと変貌しているんですよ。

──原因は何ですか。

岩槻 その理由は、大きくは、三つあります。

一つは開発の問題。二つ目は売買のための採取。これは日本は他の国よりも激しいということです。そして残る一つは地球全体の、黒い雨や、酸性雨、それに温暖化の問題、オゾン層の破壊などといわれる環境の変貌に伴って、生活域がなくなる、という問題です。

──開発については、不動産業界にも関連してくることですね。具体的にはどんな問題があるのですか。

岩槻 森林の伐採がいちばん表面に立つ問題ですが、そのほかいまの開発に直接関係することとして、海洋島(オーシャニック・アイランド)と湿地帯の危機という問題が表面化しています。世界的な規模で環境保全を図る組織としてIUCN(国際自然保護連合)という機構がありますが、その中の植物の研究グループが、さしあたり緊急な問題として、この二つにターゲットを絞ろうと言っているんです。

海洋島というのは、例えば日本でいうと沖縄とか小笠原などが典型的で、島ごとに植物が非常に特殊化しており、その島だけの固有の植物というものが結構あるわけです。そして、島という、限られた範囲の中だけですから、その環境の平衡が崩れるのは、非常に簡単なことなんです。

──もともと環境が孤立しているから、貴重であり、かつ脆いということですね。湿地帯についてはどうですか。

岩槻 湿地に生息する植物というのは、島の植物と同じで湿地でしか暮らせません。そして湿地というのも、やはり島と同じように限られた場所しかないわけです。

しかし、最近までは安価で放置されていた湿地が、地価の上昇に伴って有効活用されるようになってきました。そのため、そういうところの植物が、どんどん絶滅に追いやられているというのが現実です。


いま有効利用できるのは25万〜30万種のうち400種だけ

──ところで先生、数多くの種が絶滅するというのは、素人考えでも心情的にも寂しい感じがします。けれど、生物というのは、これまでの地球の歴史の中でも見られたように、種の絶滅と誕生をくり返しているわけですよね。確かに、これが最後の1株だと言われると、人間、もうたまらない気持ちになるのはわかるのですが、ある部分、自然界の流れ、あるいは運命みたいなものなのではないかな、という考え方もできるのではと思うのですが・・・。

岩槻 理屈をつければ、いろいろなことが言えると思います。しかし、人を殺してはいけない、戦争をしてはいけない、人類というものを滅亡させてはいけないのと同じように、大げさな言い方をすれば生命への畏敬とでもいいましょうか、そういう意味で、やはりひとつの種を絶滅に追いやるようなことは決してあってはいけない、しかも人間の都合でそういうことがあっては絶対にいけないと思うのです。

生物が多様であって初めてひとつの植生が円満に維持されている。どこかをつぶしたり、たたいたりするとすると、そこだけでなく全体の平衡、バランスが崩れてしまいます。

──そうすると、一部の絶滅と思われることも、すべての絶滅へのスタートボタンみたいなものなんですね。

岩槻 そういうことですね。それからもっと切実な問題としては、植物が25万種、30万種もあるうち、われわれがいま有効に利用しているのはわずか400種くらいしかないということです。

つまり、稲、小麦、トウモロコシ、じゃがいもなど、われわれが食べたり、飼料にしたりするものが、それだけの種類しかなく、しかもFAO(食料農業機関)の統計で言うと、今世紀末までに60%の食糧増産がなければ、来世紀は飢えに苦しむ世紀になるそうです。

──人口が倍になってしまうからですか。

岩槻 人口も2025年で100億人になりますし、食糧の多様化もどんどん進みますから。

実際にアフリカとか中央アジアに行けば、戦争などが原因ということも、もちろんあるのですが、平常状態としてそういう飢えが忍び寄りつつある地域も、もうすでにあるわけです。


遺伝子の組み換えで将来役立つ植物ができるかも

──救いはありますか・・・。

岩槻 幸いにというか、生物学のテクニックがどんどん進んでいまして、400種以外のどのような植物の遺伝子でも、将来役に立つかもしれないということです。

──バイオテクノロジーとか遺伝子の組み換え、と言われるものですね。

岩槻 ええ。特に遺伝子組み換えとか、細胞融合というものです。

これまで日本では農水省が非常に力を入れており、筑波に遺伝子資源の保全の施設をつくっています。そこで対象になるのは、現に栽培されている植物と、それにごく近縁の植物だけで、遺伝子資源としては、それくらいのものしか現在は役に立ちません。

ところがバイオテクノロジーが発達してきたために、潜在的に役に立つかもしれない遺伝子資源というものが出てきたわけです。

──新しい可能性を持っているということですね。

岩槻 特に熱帯に生えている生産性の高い植物、例えば、ドリアンとかマンゴなどの低木に稲の粒を飢えつけたりすると、自身の成長と同時に稲も・・・。

──ものすごいスピードで増えていくわけですか。

岩槻 60%の食糧増産は何でもないことです。今は全く夢の段階ですが、けれども可能性としてはそういうことが見えてきているわけですね。

しかし問題なのは、そういうふうに非常にいい夢が描かれるという時に、ひょっとすると次の世紀に役立つ遺伝子資源になるかもしれない植物が、どこかでひっそりと絶滅の危機に追いやられているかもしれないということです。その基礎的な研究さえ、残念ながらまだできていません。

──とりあえず可能性を信じて、原生種というか、野にある種類をそのまま保全していく必要があるというわけですね。

岩槻 来世紀といっても、もう10年を切ってしまったわけですから、そんなにのんびりしてはいられないのです。何が本当に重要で有効かという、生物の多様性に関する基礎的な研究を、全力を挙げてやらなければいけない時期が来ています。

それからもう一方では、おっしゃるように現にどんどんなくなりつつある植物に対する手当を緊急にやっていかないといけない。

しかもその手当たるや、いちばん理想的な状態は自然界に保全するということなんです。

──そのままの状態で保全するというのは簡単なようで、実は難しいと思うんですが、どうすればいいのでしょうか。

岩槻 一つは、特定の保全地域のようなものを設定するということです。それからもっと緊急避難的には、植物園のような施設の中へ危ないものを逃避させることです。

まず生かしておく。死んでしまえばおしまいですからね。もう一回つくり直すには40億年かかりますから。(笑)


万葉の原点に戻って植物と接していくことも大切

──先生のご著書で、ムニンノボタンを小笠原に復元する話を読ませていただきましたが、実際「残す」ためにわれわれはどういうふうに植物と接していけばいいのか教えてください。

岩槻 もともと日本人というのは、「君がため 春の野にいでて若菜つむ」のころから、自然と接触して、植物を自分で採ってきて自分の庭で栽培するという、非常にいい特性を持っていたと思います。

それがだんだん、ドライブの帰りに気軽に買ってきて枯らしてしまっても平気になってしまった。だから万葉の原点まで戻って、みんなが野へ出て植物と接していけば、またそれなりにつながりができてくるでしょうし、現代なりの自然との接し方、野草との接し方があると思います。

──われわれは恵まれ過ぎていて、野草などは採り放題みたいなところがありました。もっと「君がため・・・」の頃の自然や植物とのふれあいのように、やさしさをもって接していきたいですね。

よいお話をありがとうございました。


近況報告

1995年3月東京大学退官、立教大学理学部教授に。99年2月、著書『生命系』を岩波書店から発行。IUCN(International Union for Conservation of Nature and Natural Resources=国際自然保護連合)の種保存委員会運営委員も務めている。


サイト内検索

  

不動産総合情報サイト「アットホーム」 『明日への扉〜あすとび〜』アットホームオリジナル 動画コンテンツ