こだわりアカデミー
絵師の意図を探っていく…。 ここに絵巻のおもしろさがあります。
絵巻で中世が見えてくる
歴史学者 東京大学文学部教授
五味 文彦 氏
ごみ ふみひこ
1946年山梨県生れ。68年東京大学文学部国史学科卒業。70年同大学大学院修士過程修了。お茶の水女子大学助教授を経て、東京大学文学部助教授、のちに現職へ。文学博士。専攻分野は日本中世史。絵画を含むさまざまな史料を多面的な分析をし、中世社会の様子や文化の再現に精力的に研究を進めている。91年には著書『中世のことばと絵』でサントリー学芸賞(芸術・文学部門)、中村星湖文学賞を受賞。著書に『院政期社会の研究』(84年、山川出版社)、『平家物語、史と説話』(87年、平凡社)、『吾妻鏡の方法』(90年、吉川弘文館)、『中世のことばと絵』(90年、中央公論社)、『武士と文士の中世史』(92年、東京大学出版会)、『絵巻で読む中世』(94年、筑摩書房)、『徒然草の歴史学』(97年、朝日新聞社)他多数。
1997年9月号掲載
絵巻のおかげで鎌倉末期そのままの姿の春日大社
──改めて先生にお伺いしたいのですが、先生にとって絵巻物のおもしろさというのはどんな点ですか。
五味 そうですね。やはり絵師の意図を探っていくというところでしょうか。
今日、この対談の前に授業で「春日権現権記絵(かすがごんげんげんきえ)」(鎌倉末期に成立)という奈良の春日大社に奉納された絵巻についてしゃべってきたんです。これは非常に精巧で、一つひとつがきっちりと描かれているものなんですよ。当代のトップクラスの人間に頼まれて奉納したものですから、妙な描き方なんかできなかったのでしょう。神社は60年に1度ぐらいの周期で全く新しいものにつくり替えられますが、きっちり描かれたおかげで、春日大社は今も鎌倉末期そのままの姿なんです。
──素晴らしい役目を担っているんですね。
五味 そうなんです。でもそうやってきっちり描くものであれば、屋根なども上から下までちゃんと描くのが普通でしょう。でも中には雲を途中に入れているのもある。
あまり深く考えなければ、ああ、もう描きたくなかったんだなと思うかもしれませんが、なぜその場面にだけ雲を入れているのか。それを突き詰めていくと、屋根だけを見てもらいたかった、ということが考えられます。
──なるほど、視点が散漫にならないようにさせるわけですね。
五味 そう描けばどうしても屋根を見てしまうでしょう。春日大社の屋根は春日造りという技法なんですが、ほかの神社とは違うということを強調させるためじゃないか、という解釈ができます。
ほかにもまだ違う意味が込められているんじゃないか、そういうふうにさまざまな可能性を考えていくんです。そうしていくと、ある日、また違った絵巻を見ている時に「あっ、これはそうだったのか」という裏付けが取れることもある。
──はまっていったら大変ですね。
五味 ホントに大変です(笑)。でもやっていくと楽しいですよ。趣味がそのまま研究になっていいね、と周りから言われますけど。
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