こだわりアカデミー
全国の墓地を巡って集めた日本人の苗字は約30万。 苗字の歴史を辿っていけば、遠い祖先の歴史も分るんです。
苗字を知ればルーツが分る
文学博士 オリエンタル大学名誉教授
丹羽 基二 氏
にわ もとじ
にわ もとじ 1919年、栃木県生れ。44年、國學院大学国文科卒業。文学博士。「日本伝統美保存会」会長、「日本家系図学会」会長、「地名を守る会」代表。柳田國男、折口信夫らに師事し、高校教師の傍ら苗字調査を続けたが、80年に退職。それを機に本格的な活動に入り、全国の100万基の墓を巡った苗字研究家。近著に、『佐藤さんの本』『鈴木さんの本』など「日本の苗字シリーズ」(2005年、浩気社)のほか、『日本人の常識 地名と苗字の謎』(04年、幻冬舎)、『難読珍読 苗字の地図帳』(03年、講談社)、『日本人の苗字 三〇万姓の調査から見えたこと』(02年、光文社新書)、 『姓氏・家系・家紋の調べ方』(01年、新人物往来社)等々。苗字研究以外にも、『天葬の国チベット』(1997年、芙蓉書房出版)、『お墓のはなし』(82年、世界聖典刊行協会)など、多数。
2005年9月号掲載
苗字の種類は世界一苗字は30万、家紋は2万
──先生が苗字や家紋を収集されたご功績は大変なものだと伺っております。
また、先生のご著書を拝読すると、苗字の由縁を遡行することで、自分のルーツが徐々に明らかになっていくような気がいたしまして、まるで推理小説を読んでいるような興奮を覚えました。
こういったものを編纂されるには、あらゆる知識が必要かと思うのですが、そもそもこの道に入られたきっかけは?
丹羽 子どもの頃から、自分の苗字である「丹羽」が、なぜ「ニワ」と読むのか、不思議に思ったんです。「タンバ」と読む人もいて、そうでない人もいる。周囲にも「四十八願」さんという変った苗字の人もいたりして、なぜそう読ませるのか、どうしてその苗字になったのか、誰に聞いても釈然としませんでした。そういった素朴な疑問がきっかけです。
丹羽基二氏調べ。苗字は地名姓、氏名姓、建造物姓、信仰姓、物象姓、職名など、由来はさまざまであるが、多くは地名に関係する。ちなみに第一位である佐藤さんの「佐」は藤原秀郷の居住地、下野国佐野庄(栃木県佐野市)を示し、藤は藤原姓の故地、大和国高市郡藤原里を表すという。姓氏の型に「氏名(うじな)」とあるのは「藤」が藤原氏の氏名であるため。また、「職名」とあるのは秀郷の後裔公清が「左衛門尉」という役職についており、佐藤氏はここから発祥という説もあるため |
実際、どのように調査を進めたのかというと、とにかく全国各地のお墓を朝から夕方まで見て歩きました。不謹慎なようですが、お墓にはちゃんと苗字と名前が刻まれているので、資料の正確さでは随一ですから…(笑)。
そうやっている間に、墓石に刻まれている家紋も苗字と密接に関係していることを発見しました。祖先のルーツを辿る場合は苗字と家紋をセットで考えると、比較的ルーツが判明しやすいんですよ。また、墓場ばかり巡っている間に仏足石や墓場そのものも面白い存在だなあと思ったりして、苗字を軸にさまざまなことへ興味が広がっていきました。
──それにしても、ご著書も150冊くらいあって、先生の知的探究心というか、そのご成果というか、とにかくすごいですね。
丹羽 初めからこんなに深みに入ろうとは自分で思っていたわけではないんですよ。苗字を調べているうちに、地名についてもいろいろと調べて知るようになり、発見があったり…。それをまとめているうちに、このようになりました。
『日本人の苗字 三〇万姓の調査から見えたこと』(光文社新書) |
※丹羽基二先生は、2006年8月7日に永眠されました。生前のご厚意に感謝するとともに、慎んでご冥福をお祈り申し上げます(編集部)
サイト内検索