こだわりアカデミー
「匿顔社会」の今こそ 顔の持つ本来の意味を問い直さなければならないと 思います。
モナリザに「表情」をつける
工学博士・日本顔学会理事 東京大学工学部教授・日本顔学会理事
原島 博 氏
はらしま ひろし
1945年東京生れ。68年東京大学工学部電子工学科卒業。73年同大学大学院工学研究科電気工学専攻博士課程修了。 この間同大学にて専任講師、70年工学部附属総合試験所助教授を経て現在に至る。テレビジョン学会編集長。工学博士。 また84年には米国スタンフォード大学客員研究員として渡米。第17回電子通信学会業績賞、第25回市村学術賞功績賞な どの受賞経歴を持つ。顔学会の今後の活動について、3年後には「顔の世界」と題し、それまでの研究成果を一般の人に も分かるような大会を開催したい、とのこと。「国立科学博物館でやった『人体の世界』が47万人集めたなら、『顔の 世界』は50万人ぐらい集めたい」と意気盛ん。主な著書に『画像情報圧縮』(91年、オーム社)、共著に『仮想現実学 への序曲』(96年、共立出版)、『人の顔を変えたのは何か』(96年、河出書房新社−写真下−)などがある。
1997年3月号掲載
平均の顔から見える集団の共通の属性
──では、先生のご専門の分野では、どのような顔の研究をされているんでしょうか。
原島 いくつかあるんですが、最初はモナリザの顔にいろんな表情をつけることから始めました。
心理学では人間の顔の基本的な動きは44通りあるという説があるので、それに基づいて動かしてみました。最初は眉の内側を上げたり外側を上げたりしてみたのですが、一向に顔の印象が変らない。よくよく見たらモナリザには眉毛がないことにその時気づいたんです(笑)。そんなこともありましたが、モナリザに映像として表情をつけたということで、世界中で有名になりました。
次に顔の印象は一体どこからくるのだろうか、ということをやりました。人と話す時、自分の気に入った顔で話したい、相手にいい印象を持ってもらいたいと思うでしょう。その気に入った顔をどうやってつくったらいいか、表情に限らず、容貌についても考えてみようと思いました。
そこで、気に入った顔、その魅力はその人の個性からくるであろうから、その個性がどこから生まれるのかを探るために、個性を打ち消した平均の顔をつくってみたのです。
まずうちの修士の学生が同級生の顔を写真に撮りまして、22名分集めました。そして、もちろん本人の了解をとった上ですが、これらを使って東大大学院生の平均の顔をつくりましたら、これが結構美男子系の顔になりました。
──平均をとればとるほど整った顔になるわけですか。
原島 そういうことです。そうしたら、別の大学では、あるいは別の職業では、と当然思いますよね。そこで、いろいろな機会があって銀行員やプロレスラーの平均顔もつくりました。この両者を並べてどちらが銀行員でどちらがプロレスラーかと質問したら、ほとんど全員が同じ答えを言う。両者とも何の操作も加えず、それぞれ10人程の顔でつくっただけなんですが、はっきりと違いが出て、われわれが想像する典型的な顔が現れたわけです。
10人それぞれの顔にはちゃんと個性があるのに、平均をとると個性が打ち消しあってその集団に共通の属性が浮き彫りになってくるんです。
──やはり、あるひとつの環境、職業に置かれると、それに顔がだんだん合っていくんでしょうね。
原島 また最近ではある科学雑誌の企画で、顔学会の発起人でもある国立科学博物館の馬場先生と一緒に「未来の日本人の顔はこうなる」というのをやりました。馬場先生が頭蓋骨の形を予想し、私の研究室でその肉付けを行い、100年後の日本人の顔をシミュレーションしてみたんですが、先のとがった逆円すい形のコーンの上にアイスクリームが乗っかったような形になりました。あごは極端に細くなり、顔の幅は狭く、逆に頭は大きい。これは食生活の変化によるものだそうです。
原人から未来人まで「顔」の不思議に迫る『人の顔を変えたのは何か』(河出書房新社) |
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