こだわりアカデミー
人間が複雑な計算式から導き出した答えを、 『飛ぶ生物』達はよく解いているな、と感心します(笑)。
トンボから宇宙ロケットまで「空を飛ぶ」を科学する
東京大学名誉教授
東 昭 氏
あずま あきら

1927年神奈川県生れ。53年東京大学工学部応用数学科卒業。工学博士。大学卒業後、川崎航空機工業�蝓文宗�川崎重工�蝓砲貌�社。59年マサチューセッツ工科大学客員研究員を経て、64年東京大学助教授に就任。84年にメリーランド大学客員教授、87年に航空・電子等技術審議会委員を務める。88年から東京大学名誉教授。ヘリコプターやロケットなどの設計を手掛ける傍ら、生物の運動を力学的に解明。著書に「生物・その素晴らしい動き」(86年、共立出版)、「航空工学」(89年、裳華房)、「航空を科学する」(95年、酣燈社)、「生物の動きの事典」(97年、朝倉書店)など多数。
2008年6月号掲載
トンボやツバメへの憧れから 飛行機の設計者へ
――先生は航空工学の分野において、大変な功績をたてられました。さらに、生物の飛翔の研究でも世界的に有名だと伺っております。そこで本日は、『空を飛ぶ』ことについてお聞かせください。
そもそも先生が「飛ぶ」ということに興味を持たれたきっかけは?
東 私は子どもの頃、川崎市の多摩川の河原近くに住んでいて、トンボを捕るのに夢中になっており、特にギンヤンマのあの飛び方に憧れていたんです。それと、ツバメ。あのように飛んでみたいと、ずっと夢に描いていました。
――飛ぶ生物への憧れが、先生のすばらしい功績の原動力になったのでしょうね。実際、先生ご自身は空を飛ばれた経験はあるのですか。
東 中学校の時に滑空部に入部して、練習用グライダーに乗っていました。パイロットを目指したこともあったのですが、近眼のため落とされてしまい・・・。
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| 1952年、長野県諏訪市霧ケ峰において行なわれた、戦後第一回目の学連滑空訓練に参加する東氏〈写真提供:東 昭氏〉 |
それならば飛行機の「設計」に携わろうと思って、大学卒業後、現在の川崎重工(株)に就職したのです。
――飛行機の設計に携わっていた先生が、その後、生物の飛翔について研究を始めたのはなぜですか。
東 東京大学にいた時、われわれのグループはヘリコプターの回転翼に働く空気力を計算する「ローカル・モメンタム・セオリー(局所運動量理論)」という方式を考え出しました。
その理論が、ヘリコプターの回転翼だけでなく、魚の扇ぐ力であるとか、鳥の羽ばたく力の計算にも応用できると気付いたことが、それまでの生物の飛翔の研究に拍車を掛けました。
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| 東氏が現在の川崎重工(株)在職中に開発に関与した、戦後初の国産全金属機「KAL-1」2号機。写真後方が東氏〈写真提供:東 昭氏〉 |
生物の飛翔のメカニズムはとても合理的
――具体的には、どのような生物についてご研究されたのですか。
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