こだわりアカデミー

こだわりアカデミー

本対談記事は、アットホーム(株)が全国の加盟不動産会社に向け発行している機関紙「at home time」に毎号掲載の同名コーナーの中から抜粋して公開しています。宇宙科学から遺伝子学、生物学、哲学、心理学、歴史学、文学、果ては環境問題 etc.まで、さまざまな学術分野の第一人者が語る最先端トピックや研究裏話あれこれ・・・。お忙しい毎日とは思いますが、たまにはお仕事・勉学を離れ、この「こだわりアカデミー」にお立ち寄り下さい。インタビュアーはアットホーム社長・松村文衞。1990年から毎月1回のペースでインタビューを続けています。
聞き手:アットホーム株式会社 代表取締役 松村文衞
MENU閉じる

帰化動物は、好き勝手に日本にやって来て 問題を起こしている訳ではないんです。

帰化動物はなぜ増える?

神奈川県立生命の星・地球博物館前学芸部長

中村 一恵 氏

なかむら かずえ

中村 一恵

1940年、栃木県生れ。64年、東京水産大学増殖学科卒業。65年より神奈川県立博物館学芸員を経て、95年より神奈川県立生命の星・地球博物館勤務。同年、同館企画普及課長、98年より同館学芸部長。2000年、定年退職。現在、同館非常勤学芸員。著書に『スズメもモンシロチョウも外国からやって来た−帰化動物と日本の自然』(90年、PHP研究所)、『帰化動物のはなし』(94年、技報堂出版)他。

2001年11月号掲載


農業の伝播で、固定化された生物相が多様化!

──ところで生物というのは、そんなに簡単に移入し、定着するものなんですか?

中村 人の手がまったく加えられていない場合、生態系のベースである森は、長い時間を掛けて安定したバランスを保った状態となります。これを「極相」といいます。日本の場合は、照葉樹林がこの状態にあたり、極相における生態系というのは、多様性のない固定化されたものになるのです。

──森の住人たちががっちりとスクラムを組み、新顔はそう簡単には入り込めないという状態ですね。

中村 はい。ですから帰化動物の出現には、何らかの方法で人間により新しい生物が持ち込まれ、さらに安定した極相状態の自然が壊され、新しい生物が入り込みやすい状況がつくられることが条件となります。しかし、条件が揃ったからといって、そう簡単に定着できるわけではない。さまざまな現象が頻繁に繰り返され、徐々に定着していくのです。

──なるほど。連れてくるのも人間、撹乱を起こすのも人間というわけですね。

子供達に大人気のアメリカザリガニ
子供達に大人気のアメリカザリガニ

そうすると日本に初めて帰化動物が出現したのは、農業を始めるために自然をいじり始めた弥生時代ということですか?

中村 ネズミやイヌなどは、縄文時代あたりに日本にやってきたようです。

ですがおっしゃる通り、稲作を含む農耕文化の成立が、日本の生物相にとって大きな転換期となったことは確かですね。農業を始めることで、日本の自然環境が大きく変り多様化しました。そのため、それまでその地域に生息していなかった生物にとっても住みやすい土壌ができたんです。

──その時は、帰化動物問題なんて起こらなかったのでしょうか?

中村 自然破壊といっても、農業をするための土壌づくり程度です。また、非常に長い時間を掛けて、その環境下で定着できる範囲内のものだけが帰化動物となったので、その生物の社会はそれなりに調和のとれた状態だったともいえます。つい100年ちょっと前までは…。

"


近著紹介
『帰化動物のはなし』(技報堂出版)
前へ     1 / 2 / 3 / 4     次へ

サイト内検索

  

不動産総合情報サイト「アットホーム」 『明日への扉〜あすとび〜』アットホームオリジナル 動画コンテンツ