こだわりアカデミー
托卵について研究していると 動物の進化が確認できるんです。
カッコウとオナガの闘い−托卵に見る進化
信州大学教育学部教授
中村 浩志 氏
なかむら ひろし
1947年長野県生れ。信州大学教育学部卒業。京都大学大学院博士課程修了。信州大学教育学部助手、助教授を経て、昨年3月教授に就任。理学博士。今まで、カワラヒワ、ブッポウソウ、オオジシギなどさまざまな鳥の生態を研究している。カッコウが日本にいるのは2か月半ということで、調査も短期決戦、カッコウが渡ってくると体重も次第に減ってくるとか。今年7月にアリューシャン列島の調査隊に加わり1か月間滞在、9月にはスペインで開催された国際行動学会に出席、第二回目の托卵鳥の国際会議を開くなど、多忙な毎日を送っている。カッコウとオナガについての研究は「アニマ」(平凡社、92年6月号)に掲載されている。
1993年11月号掲載
托卵された鳥も次第に対抗手段を・・・
──進化の現場という話では、次にどうなるんでしょうか。
中村 昔からカッコウに托卵される鳥は、カッコウが巣に近づいたら猛烈に攻撃するとか、カッコウが自分の巣に卵を産み込んだら、自分の卵と区別してカッコウの卵を放り出してしまうとか、対抗手段を持っているんです。ところが、オナガはこれまで托卵された経験がありませんから、一方的に被害をこうむってしまう。地域によっては托卵が始まって5年から10年で、オナガの巣の8割がカッコウに托卵されているわけです。
──当然オナガは減ってしまいますね。
中村 巣に産み込まれたカッコウの卵は、宿主であるオナガの卵よりも1日か2日前に孵化して、巣の中にある卵や雛を背中にかついで全部巣の外に放り出してしまいます。ですからそのままにしておくと、オナガは自分の子供を残すチャンスが全くなくなってしまう。実際、以前に比べて5分の1とか、ひどい所では10分の1に減ってしまっています。
──そのまま放っておくとどうなってしまうんですか。
中村 放っておけばオナガは絶滅してしまうんですが、調べてみたら、托卵され始めて10年ぐらいたつと、オナガのほうも次第に対抗手段を確立していることが分かったんです。
まず、カッコウの剥製をオナガの巣の前に置いて、オナガがどの程度攻撃するか実験してみると、托卵が始まって10年以内の地域ではほとんど剥製に対して攻撃しませんが、托卵歴の長い地域ほど攻撃性が強いことが分かりました。
──オナガはだいたいどのくらい生きるんですか。
中村 平均して2年、長くて5年くらいです。
──すると、もう完全に世代交代していて、個体の学習というよりは、遺伝的なものと考えられるのでしょうか。
中村 両方だと思います。カッコウは托卵する時に、巣の中の卵を1個くわえてそのあと素早く自分の卵を1個産み込むんですが、群れで生活しているオナガは当然そういうところを見ていますから、個体の学習というだけでなく、オナガ社会の文化として定着していくことになります。また、攻撃性の強い個体ほど托卵を避けることができますから、遺伝的にも選別されていくことになります。
カッコウの研究でおもしろいのは、オナガが、攻撃性という対抗手段だけでなく、卵識別能力を非常に短い間に獲得してきた点です。
小さめの茶色の卵がカッコウの卵 (千曲川にて、オナガに托卵) |
カッコウの卵は雌によって少しずつ模様などが違っていて大きな変異があるんですが、オナガは最初どんなカッコウの卵も全部受け入れていたんです。ところが10年を経過した頃から、自分の卵とカッコウの卵を区別して放り出すオナガが出てきました。そこで、どういうカッコウの卵が放り出されるのかを調べてみましたら、小型だったり、オナガの卵にはない綿模様のたくさんある卵ほど放り出されている。つまり、自分の卵に似ている卵は受け入れ、似ていない卵は受け入れていないんです。
オナガは卵を識別できないと自分の子孫を残せませんし、逆にカッコウはオナガに受け入れてもらえる卵を産むことでしか子孫を残せない。ですから、このように自然選択が強く働くようになると、カッコウの卵は、今はオナガの卵に似ていなくても、10年、20年、あるいは50年という短い間に、次第に似てくるのではないかと思います。
──私たちが現実に見ている中で、こんな変化が起こっているなんてとてもおもしろいですね。
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