こだわりアカデミー

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本対談記事は、アットホーム(株)が全国の加盟不動産会社に向け発行している機関紙「at home time」に毎号掲載の同名コーナーの中から抜粋して公開しています。宇宙科学から遺伝子学、生物学、哲学、心理学、歴史学、文学、果ては環境問題 etc.まで、さまざまな学術分野の第一人者が語る最先端トピックや研究裏話あれこれ・・・。お忙しい毎日とは思いますが、たまにはお仕事・勉学を離れ、この「こだわりアカデミー」にお立ち寄り下さい。インタビュアーはアットホーム社長・松村文衞。1990年から毎月1回のペースでインタビューを続けています。
聞き手:アットホーム株式会社 代表取締役 松村文衞
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太陽の活動は、地球の気候変動だけでなく、 カーナビや無線などにも影響しているのです。

カーナビや無線などにも影響している「太陽の活動」

国立天文台・太陽天体プラズマ研究系教授

常田 佐久 氏

つねた さく

常田 佐久

1954年東京都生れ。東京大学理学部天文学科卒業後、83年東京大学大学院理学系研究科博士過程修了、理学博士。日本学術振興会研究員(宇宙科学研究所)、東京大学東京天文台助手、東京大学理学部天文学教育研究センター助手・助教授を経て、95年より現職。現在はひので科学プロジェクト長、先端技術センター長を務める。95年「X線・白色光観測による太陽フレア・コロナの研究」で井上学術賞、2009年「飛翔体観測装置による太陽の研究」で日本天文学会・林忠四郎賞を受賞。太陽研究の第一人者として、日本の3つの太陽観測衛星(「ひのとり」「ようこう」「ひので」)すべてに携わり、太陽物理学における最重要課題の1つである「コロナ加熱問題」に突破口を開いている。

2011年12月号掲載


──先生は、太陽研究の第一人者として、これまでの日本の3つの太陽観測衛星「ひのとり」「ようこう」「ひので(SOLAR─B)〔ソーラー・ビー〕」を牽引なさってきたと伺っております。
「太陽」は、あまりに当り前にあるものですから、普段は改めて考えることがありませんが、あえていうと「日食」「黒点」といった言葉が浮かんできます。しかし、今回の対談を機に少し勉強させていただき、太陽は日々、ダイナミックに変化していることに驚きました。また、われわれの生活に少なからず影響を与えているようですが、具体的にどういうものなのでしょうか?
常田 まず長期的には、地球の気候変動に大きく関連していることが分ってきました。また、日常的には、カーナビや長距離無線の乱れ、送電線への影響からくる停電、さらには宇宙飛行士の被曝などを引き起こしていることが分っています。

──地球の気候変動には、どのように関わっているのですか?
常田 太陽の黒点の数が増減していることはご存知ですか?
──はい。確か、黒点の数が多い時は「フレア」という大きな炎が上がったりして、太陽全体が明るくなると聞いたことがあります。
常田 黒点の数が多い時(極大期)と少ない時(極小期)には周期があり、長年の観測から、11〜13年周期で変動していることが分っているのですが、さらに最近の研究結果から、もっと長い周期の変動があることも明らかになってきました。そして、今まであった十数回の氷河期と、太陽活動の変動がぴったり一致しているのです。
──ということは、地球にはこれからもそうした氷河期とか温暖期があるということですか?

 


常田 そういうことになります。
──話はちょっとそれますが、11〜13年周期というと、景気循環や作物の豊作不作などの周期と太陽の活動がリンクしている、という話を聞いたことがあります。
常田 そういう説があるのは事実です。でも、世の中には、無理をして合せようとすればそうなることもあるし、偶然ということもある。いずれにしても、今のところは科学的な根拠がありませんから、私の立場ではコメントするのは難しいですね(笑)。

(写真上)「ひので」可視光望遠鏡の完成記念集合写真(2005年4月27日)。(写真下)「ひので」打上げの瞬間(06年9月23日午前6時36分:日本標準時)〈写真提供:国立天文台〉/JAXA〉


──先程、無線障害や停電、被曝という話が出ましたが、それについて詳しくお聞かせいただけますか?
常田 最近の観測により、太陽の磁気の大爆発がこうした現象の原因となっていると考えられるようになってきました。
さっきおっしゃった「フレア」と呼ばれるものですが、高さは数十万・を超え、その勢いでプラズマ(粒子)が太陽の引力も突き抜けて宇宙に放出されます。その粒子がちょうど地球に向かってきた時、直接あるいは間接的に作用して、無線障害や停電、被爆が引き起こされるのです。
──なるほど。そうした現象の発生は、観測によって予測できるようになってきているようですね。


常田 幸いにして、フレアは光線として観測されます。ご存知のように、太陽から地球までの光の到達時間は約8分。それに比べてプラズマ(粒子)は、はるかに遅い300分の1以下のスピードであるため、フレア発生から数日後に地球に到達することが予測できます。そして、その間に予報を出すことが可能になりました。
──地震発生から津波予報を出すのと同じようなものですね。
常田 おっしゃる通りです。
ただ、地震の予知が難しいように、地球に向かってくるフレアの発生を予知するのも難しいものなんです。

(写真左上)観測する光の波長を変えると、太陽の表面(光球)と、それより約1,000km上空の彩層を観察することができる。画像中心の黒い部分が黒点。(写真右上)光球ではおとなしい表情をしていたのが、彩層では黒点の周囲で激しく爆発が起こり、物質が吹き上げられていることが分る〈写真提供:国立天文台/JAXA〉

 

 
   

  (写真左上)「ひので」可視光望遠鏡で見た太陽フレア。(写真右上)「ひので」X線望遠鏡による太陽の表情。X線で見る太陽は常に変化しており、活動する太陽の姿を垣間見ることができる〈写真提供:国立天文台/JAXA〉(写真上)「ようこう」軟X線望遠鏡が世界で初めて捉えた太陽コロナの周期変動。打上げ直後(1991年:左下)から活動極小期(95年:奥の暗い太陽)を過ぎ、再び活動期(99年右下)になるまで〈写真提供:JAXA〉

日本が主導権を握る、世界共同プロジェクト「ひので」

──ところで、火星探査をはじめ、他にも宇宙の観測はい ろいろと進められており、それぞれ有意義だとは思いますが、この太陽観測は私達の生活に身近な、最も実利的なものだといえますね。そして、「ひので」プロ ジェクトは、日本が中心となって、世界各国の協力体制で行なわれていると聞きましたが。
常田 そうです。「ひので」は、日本が210億円、アメリカが70億円、ヨーロッパが20億円を投じた世界共同のプロジェクトで、もちろんリーダーシップは日本が握っています。「ひので」の功績により、日本への期待が高まっているのです。
──日本主導のプロジェクトとは! 元気が出ますね。

常田 ありがとうございます。
ちなみに、2006年に「ひので」を打ち上げた時からのデータは、現在、国立天文台・JAXAとNASA、ヨーロッパにある「欧州ひのでデータセンター」で公開しており、インターネットでも閲覧できるようになっています。そのデータを用いて多くの研究者が論文を書くようになってきており、現在では、すでに約500という論文が発表されています。1位のアメリカ、2位の日本、3位のイギリスをはじめ、韓国・インド・中国の研究者による論文数も伸びてきました。
──「ひので」により得られたデータをもとに、世界中で研究が進められているということですね。データがさらに蓄積されていけば、太陽研究はますます進歩していくことでしょう。

世界22か国による、「ひので」打上げから5年間にわたる論文数を示したグラフ〈写真提供:国立天文台/JAXA〉

常田 そうですね。そのためにも、実は「ひので」プロジェクトの次の段階として、10年後に「SOLAR─C(ソーラー・シー)」という太陽観測衛星を打ち上げる計画を進めています。


──さらに精度の高い観測が行なわれ、研究の飛躍的な進展が期待されますね。「SOLAR─C」はどのようなテーマで打ち上げられるのでしょう。
常田 いろいろとテーマの候補はあるのですが、1基の衛星が「万能」という訳にはいきませんから、何をテーマに観測するか、何ができるかについて、現在、世界の研究者一同で意見を交わし、照準を合せているところです。いずれにしても、日本が主導で行なうこのプロジェクトは「装置の開発」「観測」を一環で進めてまいります。
──太陽は、古代より世界各地で崇められ、われわれ人間にとって大切な存在とされてきましたが、今回改めて、いかに太陽が重要であるかを知り、畏敬の念を抱かざるを得ません。その意味でも、先生方の太陽観測に注ぐ情熱が理解できるような気がします。
太陽の謎の解明に向け、今後ますますのご活躍を期待しております。本日はありがとうございました。


近況報告

常田佐久先生は、2018年4月に国立天文台台長に就任されました。


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