こだわりアカデミー

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本対談記事は、アットホーム(株)が全国の加盟不動産会社に向け発行している機関紙「at home time」に毎号掲載の同名コーナーの中から抜粋して公開しています。宇宙科学から遺伝子学、生物学、哲学、心理学、歴史学、文学、果ては環境問題 etc.まで、さまざまな学術分野の第一人者が語る最先端トピックや研究裏話あれこれ・・・。お忙しい毎日とは思いますが、たまにはお仕事・勉学を離れ、この「こだわりアカデミー」にお立ち寄り下さい。インタビュアーはアットホーム社長・松村文衞。1990年から毎月1回のペースでインタビューを続けています。
聞き手:アットホーム株式会社 代表取締役 松村文衞
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宇宙からの視点で物事を考えられれば 従来とは違う地球観・人間観が見えてきます。

地球誕生の謎に迫る

東京大学大学院新領域創成科学研究科教授

松井 孝典 氏

まつい たかふみ

松井 孝典

1946年、静岡県生れ。東京大学理学部地球物理学科卒業後、米国航空宇宙局(NASA)の月惑星科学研究所招聘研究員。東京大学理学部助手、助教授を経て現職。85年、マサチューセッツ工科大学招聘科学者。NHK特集「地球大紀行」では企画から参加し、分りやすい解説で好評を得る。86年、イギリスの科学雑誌「ネーチャー」に海の誕生を解明した「水惑星の理論」を発表、世界の学者の注目を集める。87年、日本気象学会堀内基金奨励賞を受賞。主な著書に『地球進化論』(88年、岩波書店)、『地球倫理へ』(94年、岩波書店)、『再現! 巨大隕石衝突』(99年、岩波書店)など多数。

2003年12月号掲載


地球システムの一つ「人間圏」。フロー範囲内の生活で長く維持へ

──ところで、「われわれ現生人類とは何か」という議論が、これまであらゆる学問で行なわれてきたわけですが、先生が考えられた新しい地球誕生説がスタンダードになると、世の中の地球観、人間観に影響を及ぼすのではないでしょうか?

松井 いいえ、そんなことはありません。地球創生が分ったからといって、人間の考え方はそう簡単には変りませんからね。人々は、宇宙から見た地球や人間を理解した上で、物事を考えたりはしません。

現代の人間が持っているのは、近視眼的にしか世の中を見られない地球観であり、人間観です。しかし、それを一歩地球の外に出て、宇宙からの視点で考えられれば、地上にいるときとは違う考え方が見えてくるのは確かだと思います。

現代という時代は、宇宙や地球、生命の歴史を、科学として語れるわけで、それを別の言葉でいい換えれば、自然という宇宙の歴史を記録した古文書を、ある程度読み解くことができるということです。私の研究とはその歴史の紐を解く作業になります。

──なるほど。宇宙からの視点は、私達に広い地球観を与えてくれることにもなるわけですね。

さて、それでは次に、現代の地球についてもお話を伺いたいと思います。先生の著書「宇宙人としての生き方」の中では、「人間圏」という言葉が使われていますが、これはどういったものなのでしょうか?

松井 われわれ人間は、地球というシステムの中に人間圏を作って生きています。人類は、狩猟採集という生き方をしている間は、あらゆる生命と同様に生物圏に属していました。しかし、農耕牧畜という生き方を選択したことで、地球システム全体の流れを変えることとなり、それは生物圏を飛び出して、人間圏という新しい構成要素を作り出すことに相当したのです。人間圏は、これまで続いてきた地球の秩序とは、全く異なる秩序を持ち込みました。

──人間圏ができたことで、地球上にいろいろな問題が起きたわけですね?

松井 そうです。人間圏は、地球システム内の物質エネルギーを利用することで維持されています。人間圏が誕生して数千年の間は、地球システムの駆動力の範囲内で生活するフロー依存型の時代が続きました。

しかし現代の人間圏は、原子力、石油、石炭、天然ガスといった駆動力を人間圏の内部に持つストック型であり、地球上で自在に物を動かすことができます。つまり、地球全体の物質やエネルギーの流れを変えてしまい、さらにシステムの構成要素までも変えてしまっているのです。

これでは地球上のものやエネルギーの流れが、われわれの欲望によって決まってしまいます。私達はもっと地球固有のフローの範囲内で生きていくことを考えなければいけないのです。

──フローの範囲内での生活とは、具体的にはどういった生活になるのですか?

松井 分りやすい例を挙げれば、江戸時代の生活です。江戸時代の人間圏では、降りそそぐ雨や太陽の光など、自然エネルギーを利用して生活していました。これにより、約3,000万−3,500万人が生きられる人間圏を維持していたわけです。こうした時代には、人間圏の大きさが変らないため、地球システムと人間圏のバランスがよく、すべての流れは地球が決めていたのです。

──われわれは一見豊かに暮らしているように見えますが、実は地球エネルギーを食いつぶしながら、ある意味これが豊かさだと、誤った思い込みをして生活しているわけなのですね。

松井 そうですね。現代人は脳の内部に共同幻想を作って、それがあたかも真実だと思い込んで、いろいろなことを行なっているのです。

20世紀の人間圏は100年で4倍の大きさに増えました。このペースで増えれば地球システムのバランスが崩れて、未来が大変なことになることは、お分りになると思います。

地球はどのような星か
知求ダイヤグラム2(イラスト提供:(株)スタジオアール)。地球を構成する物質圏を、「人間圏」、「生物圏」、「地球」、と分けて示す。それぞれがいつ 誕生したかは時間軸上に示される。地球システムの構成要素は、「海」、「生物圏」と次々に増えてきた。現代は「人間圏」が誕生した時代


近著紹介
『宇宙人としての生き方』(岩波新書)
近況報告

※松井孝典先生は、2023年3月22日にご永眠されました。生前のご厚意に感謝するとともに、慎んでご冥福をお祈り申し上げます(編集部)

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