こだわりアカデミー
うっかりミスなどの「ヒューマンエラー」が、 大惨事を引き起こす時代になっているのです。
大惨事をまねく「ヒューマンエラー」の防止策
立教大学現代心理学部教授
芳賀 繁 氏
はが しげる

1953年北海道生れ。77年京都大学大学院文学研究科心理学専攻修士課程修了。日本国有鉄道(現JR)・鉄道労働科学研究所、�嚇監餐躪腟蚕儻Φ羹蠅覆匹魴个董�98年立教大学文学部心理学科助教授、2002年同教授、06年より現職。博士(文学)。忘れ物や勘違いなど日常の些細なミスから、交通事故や原発事故などを起こす原因となったエラーまで分析・研究している。大学での教育・研究の他、安全研究推進委員会(JR西日本)、安全アドバイザー(日本航空、京王電鉄)なども務める。著書は、『絵でみる失敗のしくみ』(日本能率協会マネジメントセンター)、『失敗のメカニズム−忘れ物から巨大事故まで−』(角川ソフィア文庫)、『ヒューマンエラーは裁けるか』(訳書・東京大学出版会)など。
2011年3月号掲載
システムの巨大化、複雑化により、「ヒューマンエラー」に注目が
──先生のご著書『ミスをしない人間はいない ヒューマン・エラーの研究』『失敗のメカニズム—忘れ物から巨大事故まで—』などを、大変興味深く拝読させていただきました。
ところで、日本で「ヒューマンエラー」という言葉がクローズアップされ始めたのは、先生のご著書がきっかけだと伺っています。
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| 「注意」と「不注意」に関する実験の一つ。視覚的な課題を行なっている時に無関係な音声刺激が流れると、視覚課題に対する注意力が落ちることを脳波で検証した<写真提供:芳賀 繁氏> |
芳賀 いや、安全問題の専門家の間ではもっと前から知られていました。もともとはアメリカで生れた言葉なんです。1979年の「スリー・マイル島原発事故」に始まり、86年に発生したスペースシャトル「チャレンジャー号」の爆発など、大事故が続発しました。それら事故の分析報告において、人間のうっかりミスや判断ミスが事故の原因として指摘され、「ヒューマンエラー」という言葉が浸透していったのです。
──そういえば同じ頃、日本でも化学プラント災害が頻発したり、航空業界でもパイロットや管制官のミスにより大惨事につながった事故が発生していましたね。
芳賀 そうですね。化学プラントやジャンボ機といった巨大で複雑なシステムにおいては、オペレーターや保守作業員のちょっとした判断ミスや操作ミスが、大きな事故へとつながってしまうのです。
──ということは、昔は小さな事故で済んでいたかもしれないのに、機械が巨大化、複雑化するにつれ、些細なミスが大惨事に至ってしまう、そういう時代になってきたと?
芳賀 おっしゃる通りです。
例えば、ひと昔前であれば、馬に乗った人は一馬力、四頭立て馬車に乗った人は四馬力をコントロールするだけでよかった。ところが、機械が進歩し、現在では500人の乗員・乗客を乗せたジェット旅客機を2人のパイロットが操縦しなければならないし、1500人の乗客を乗せた新幹線をたった1人の運転士が走行させなければなりません。
つまり、1人の人間がコントロールするエネルギーの量が昔に比べて大きくなったということです。そのため、ボタンの押し間違いや思い違いが、大惨事を引き起こす可能性を増大させたのです。
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事故再発防止のための、「仕組みづくり」が重要
──なるほど・・・。機械そのものが巨大なパワーを持ってきたために、1人の人間の、かつてはとるに足りない小さな失敗とみなされていた行為に、注目が集まるようになってきたともいえますね。われわれも日常生活において、ついうっかりボタンを押し間違えるなんてことがありますが、それが事故につながる可能性もあるということですね。何とも恐ろしい話です。
では先生、ちょっとした判断ミスやうっかりミスをなくすには、一体どうしたらいいのでしょうか。
芳賀 難しい問題ですね・・・。
厳しい訓練を受け、トレーニングを積んできたベテランのパイロットだって、人間ですから、絶対にミスをしないという保証はありません。ならば、事故が起こった時、エラーの発生要因や、被害が拡大したプロセスなどをとことん調査・分析して、同じような事故を繰り返さないための「仕組みづくり」を整えていくことが大切だと、私は考えています。
──確かにそうですね。
しかし、日本では重大な事故を起こした人間をスケープゴートに仕立て上げ、罪に問うことが少なくありません。例えば、2001年に起こった駿河湾上空のニアミス事故では、管制官が便名を言い間違えたことなどがきっかけで、乗員乗客100人が重軽傷を負いました。その後、管制官2人が有罪となり、失職したと聞いています。
芳賀 そうなんです。
ただ、日本のように、個人に対する刑事責任ばかりを追及していると、事故の背景にあるさまざまな要因に目が向かなくなる恐れがあります。逆にアメリカなどでは、個人に対する刑事責任を問わないことで、当事者からの証言を得やすくし、事故原因の徹底的究明と再発を防止するための仕組みづくりができています。アメリカのように日本でも、エラーをした当事者が一緒になって、原因の究明、そして今後ミスが起きにくくするにはどうしたらいいのかを、社会全体で考えていくことが重要だと思います。
──おっしゃる通りで、犯人探しをしたりミスをした人を責めても何の解決にもなりません。それよりも、失敗の原因と背景にある要因を究明し、事故防止のための対策を立てていくことが大切なんですね。
芳賀 はい。その対策も、人間だけでなく、システム全体を視野に入れて考えなくてはなりません。ヒューマンエラーとは、機械を操作する人間とシステムとの関わりによって起こるものですから。
例えば、押し間違いを防ぐため、ボタンを分りやすいデザインに変更したり、切迫した状況下でも冷静に判断できる教育、あるいは訓練方法を検討するといったことが考えられます。そうやって、人的、設備的措置を繰り返していくことで、事故の芽が一つひとつ摘み取られていくのです。
──ただシステムを充実させればいいというわけではなく、人間の心理や心の動きにまで深く入り込んで対策を立て、システムと人間の関係を最適化していくことが、事故防止につながるんですね。
認知心理学をエラー防止に活かす方法とは?
──ところで、先生は大学を卒業後、旧国鉄・鉄道労働科学研究所の研究員を務められたという、少々変った経歴をお持ちですね。大学では心理学を専攻されていたと伺っていますが、国鉄ではどんなご研究をなさっていたのですか?
芳賀 認知心理学の「注意」の研究です。
その当時、国鉄では、「注意」の失敗によって止まるべき駅を通過するというエラーが頻発していました。なぜ停車駅で止まることができなかったのか、その原因を心理学の面から探り、エラー防止につなげたいと考えたのです。
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| 踏切事故の分析と、自動車ドライバーに対するアンケート調査の結果に基づいて、1989年に試作された新型踏切警報機。踏切マークと警報灯の視認性を高めて、ドライバーのエラー防止を図った(中央が芳賀氏)〈写真提供:芳賀 繁氏〉 |
余談になりますが、入所した1980年頃は、心理学の中でも「認知心理学」に注目が集まるようになっていて、「注意」の研究は先端の分野でしたから(笑)。
──なるほど。学問領域の先端にいながら、国鉄のニーズにも応えられ、さらに給料までいただけるというのは、まさに『一石三鳥』でしたね(笑)。他には、どんなご研究を?
芳賀 踏切事故の研究です。
事故は、自動車のドライバーの不注意によるものが多かったため、まずはドライバーにアンケート調査を実施しました。併せて踏切事故の事例を分析したところ、窓を閉めてカーステレオを聞いているために踏切の警報音が聞こえないとか、看板や交通標識がたくさん立っているので初めて通る人は警報機に気付かない、などが原因だと分ったのです。
そこで、踏切の上の目立つ位置に警報機を付けたり、踏切のデザインを変更したり、踏切警標のクロスマークも遠くから見えるようにするなど、提案、試作を繰り返しました。その結果、ドライバーのヒューマンエラーによる事故は、かなり減ったと自負しています。
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| 人間の情報処理段階に対応する3種類のエラー。「入力エラー」には見間違い、聞き違いを防ぐような情報表示の改良を、「媒介エラー」には教育・訓練による対策を、「出力エラー」には操作器の人間工学的改良を、という提案が可能となる<資料提供:芳賀 繁氏> |
──それはすばらしい。非常に意義のある研究に携わっておられたのですね。
では、今後の抱負をお聞かせいただけますか?
芳賀 現在、私は消費者庁が設置した「事故調査機関のあり方検討会」のメンバーの一員でして・・・。
例えば航空、鉄道、医療事故などには既存の事故調査機関がありますが、エレベータ、ジェットコースター、ガス湯沸かし器といった事故に対応できる調査機関はありません。同検討会は、そうした生活空間で起こるさまざまな事故に対応できる機関の権限や機能などについて議論するものです。厳正、中立、かつ権威のある専門性の高い機関を創設し、必要に応じてフレキシブルに事故調査ができる体制を整えていきたいと考えています。
──壮大なプロジェクトですね。ご苦労されることも多いかと思いますが、同じような事故の再発防止、ひいては安全な社会の実現に向け、ご活躍を期待しております。
本日はありがとうございました。
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| 『絵でみる失敗のしくみ』(日本能率マネジメントセンター) |
芳賀 繁先生は2018年3月末をもって、立教大学を退職されました。
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