こだわりアカデミー

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本対談記事は、アットホーム(株)が全国の加盟不動産会社に向け発行している機関紙「at home time」に毎号掲載の同名コーナーの中から抜粋して公開しています。宇宙科学から遺伝子学、生物学、哲学、心理学、歴史学、文学、果ては環境問題 etc.まで、さまざまな学術分野の第一人者が語る最先端トピックや研究裏話あれこれ・・・。お忙しい毎日とは思いますが、たまにはお仕事・勉学を離れ、この「こだわりアカデミー」にお立ち寄り下さい。インタビュアーはアットホーム社長・松村文衞。1990年から毎月1回のペースでインタビューを続けています。
聞き手:アットホーム株式会社 代表取締役 松村文衞
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「時間とは?」「空間とは?」という 根本的な問いの解明に、古代から現代まで、 哲学者・物理学者は取り組んできたんです。

伸びたり縮んだりする?! 時間と空間の謎

京都大学名誉教授

内井 惣七 氏

うちい そうしち

内井 惣七

1943年香川県高松市生れ。65年京都大学工学部精密工学科卒業、67年同大文学部哲学科卒業、68〜71年ミシガン大学大学院に留学、ミシガン大学 Ph.D.取得。1979年大阪市立大学文学部講師、81年同大学文学部助教授等を経て、90年京都大学文学部哲学科(倫理学)教授、93年同大文学部科学哲学科学史科新設により配置替え、2006年退職。著書に『アインシュタインの思考をたどる──時空の哲学入門』、『推理と論理──シャーロック・ホームズとルイス・キャロル』(ミネルヴァ書房)、『科学哲学入門--科学の方法・科学の目的』(世界思想社)など。なお、近刊に、『ダーウィンの思想』(岩波新書)。

2009年7月号掲載


最大級の謎に挑んだ、アリストテレス、ニュートン、アインシュタイン


──先生のご著書『空間の謎、時間の謎』を拝読しました。


私が本屋で先生のご著書を思わず手にとったように、“時間とは何だろう”“空間とは何だろう”という疑問は、根本的に誰もが興味を持っていることのように思います。


本日は、先生のご専門の、科学を考察の対象として哲学するという「科学哲学」の視点から、先人達が時間や空間について、どのように考えていたか、伺いたいと思います。


内井 「時間」や「空間」は、昔から最大級の謎とされてきました。どちらも、私達の毎日の生活の大前提のようなものですが、さて、改めて考えてみると、よく分らない。手で触われないものですし、そもそも「時間」を定義しようとしても、大変困難です。


そのため、古代のアリストテレス、近代のニュートン、そして現代のアインシュタインに至るまで、哲学者や物理学者はこの問題の解明に、長い間取り組んできました。


──アリストテレスは時間についても考察していたんですか。


内井 ええ。


アリストテレスは古代ギリシャの哲学者。その業績から「万学の祖」とも呼ばれていまして、その存在論・時間論、その他、諸考察は西洋の自然科学・哲学に多大な影響を与えています。


──時間について、アリストテレスはどのように考えたのでしょうか?


内井 時間は、物事が運動により前と後で変化することによって認知できるとしました。つまり、時間は運動そのものではないが、運動で変化が生じたところには時間があり、時間は運動や変化と不可分だと考えました(図1)。

 

図1

アリストテレスは、時間は運動により物事が変化することにより認識できるとした。例えば、火が着いたろうそくAは、長さが変化することから時間が経過していることが認識できるが、火が着いていないろうそくBは時間を認識できない
アリストテレスは、時間は運動により物事が変化することにより認識できるとした。例えば、火が着いたろうそくAは、長さが変化することから時間が経過していることが認識できるが、火が着いていないろうそくBは時間を認識できない


──つまり、時間は運動の尺度であると・・・。


内井 その通りです。


アリストテレスのこうした考えはその後、キリスト教世界に取り込まれたこともあり、ニュートンの登場による大きなパラダイム(ある時代に共通する概念やものの見方)の変換があるまで、長くスタンダードな考えとされてきました。


──ニュートンは万有引力の発見者で、ニュートン力学の生みの親として有名です。ニュートンの登場で何が大きく変りましたか?


内井 ニュートンは主著『プリンキピア』のなかで「絶対時間」「絶対空間」という概念を提唱しました。


──まずは絶対時間についてご説明願えますか?



内井 絶対的な時間とは、「それ自体で、その本性によって、外界のいかなるものとも関係なく一様に流れる」としています。


「一様に流れる」とは、世界の異なる場所においても、世界の歴史のどの時点においても、単位時間の長さが変らずに時間が経過するということです。


──それでは絶対空間とは?


内井 絶対空間とは、「その本性において、外界のいかなるものとも関係なく常に同じままで不動」のものであり、無限に広がるものだと。


──実に分りやすい考えですね。


内井 通常、私達の身の回りの常識的な速度の足し算、引き算は、絶対空間と絶対時間を認めることによって成り立ちます(図2)。

 

図2

 

絶対時間にもとづいた速度

しかし、19世紀に入って、天文学や物理学の観測技術が向上し、ニュートンの力学と電気磁気の理論とを組み合せようとすると、うまくいかないことが分ってきたのです。


──例えば?


内井 当時、電磁波(光)は秒速30万km、地球の公転速度は秒速30kmであることが分っていました。

ニュートン力学に則れば、地球の光の速度は、地球の公転と同じ方向と逆の方向とでは、秒速60_の差が出るはずです。そこで、当時の物理学者は、それを証明する実験を行ないました(図3)。

 

図3

当時のニュートン力学では、絶対空間である宇宙には、エーテルという物質が充満していて、静止しているエーテルのなかを地球が運動しており、エーテルは、地球に届く光や電磁波を媒介していると考えられていた。
そのため、地球が秒速30kmで公転運動するということは、地球にエーテルの風が秒速30kmで吹くため、エーテルが媒質となっている光速は地球の公転と 同じ方向と逆とでは異なると考えられていた。そこで、マイケルソンとモーリーは地球の公転運動によるエーテルの風を観測するため、上図の装置を開発し、実 験を行なったが、光の速度は変化しなかった。
アインシュタインの光速度一定の原理によれば、こうした実験結果は当然のものとなって説明を要しない。そして、光速度一定の原理を満たすことは、空間と時 間が絶対的であっては不可能だから、空間と時間が観測者に相対的とならざるを得ない。その後行なわれた多くの実験で、この相対性理論の予測が確認されたの で、ニュートン的な絶対空間と絶対時間の考えも、ニュートン力学そのものも、維持できなくなった。  

 

 

ところが、どんなに実験を繰り返しても、地球における光の速度は変らなかったのです。この結果に多くの学者が頭を悩ませましたが、それを解決したのがアインシュタインでした。

アインシュタインは、互いに等速運動しているどんな観測者に対しても光の速度は一定であるという「光速度一定の原理」と、どの観測者に対しても自然法則は同じだという「相対性原理」を軸とする特殊相対性理論を発表しました。これにより、空間と時間は観測者に相対的だという結論が出るのです。

──つまり、それまで絶対的と考えられていた時間と空間が、実は伸びたり縮んだりするという…。ニュートンの考えが否定されますね。

内井 ええ、これは科学界を大きく変えた理論でした。

この理論により、静止している人から動いているものを見ると、時間が遅れていること(図4)、運動する物体は縮んでいることなどが示されました。さらに後年アインシュタインが発表した「一般相対性理論」で、天体の重力によって回りの空間が歪むといった宇宙の時空構造が解き明かされました。

 

 

図4

電車の床に置いた光源の光が、天井に設置した鏡に反射する様子を見ると、観測者が電車内の光源の横にいれば、光はまっすぐ上に進み、反射してすぐ床に戻っ てくるように見えるが、電車外の静止している観測者から見ると、電車が動いているため、光は斜め上に進み、斜め下に反射する(光が進む距離が長くなり、光 速度はどの観測者にとっても一定だから、光の往復時間が長くなる)。つまり、静止している人が動いているものを見ると、時間のペースが遅れる、と観察され る

 

──空間や時間を扱う相対性理論はとても難解と考えられていますが、実際にカーナビゲーションシステムなどに利用されているGPS衛星の時計は、2つの相対性理論を用いて時間の進み具合を調整していると聞いたことがあります。身近なところでも活かされているんですね。

内井 地球から遠く離れて重力が小さくなると時間が進み、高速で運動すると時間が遅れるので、相対性理論に基づいて時間の補正をしないと1日で何秒かの誤差が生じてしまうということです。

天才は突然変異で生れるものではない


──さて、空間と時間について、アリストテレス、ニュートン、アインシュタインと、さまざまな見解があったことを、今、先生から伺いました。

それにしてもそれぞれを比較してみると、大きな違いがあります。どれも画期的な理論に基づいており、その後の科学史を大きく変えていますね。また、それぞれの理論を提唱した科学者は皆、天才型というか・・・。

内井 ご紹介した3人は確かに天才型というか、預言者型だと思います。3人とも大胆な理論を展開し、おっしゃる通り科学史を大きく変えました。

ただ、そうした学者なり理論なりは、突然変異のようにいきなり登場したわけではない、と私は思います。やはり、それまでの他の科学者の実験や理論の積み重ねといった、環境が揃ってのことだと・・・。

──確かにそうかもしれませんね。

ちなみに、天才といわれる3人に共通することは何かありますか?


 

内井 私はあると思います。それは、興味のあることに熱中するという姿勢です。

──「好きこそ物の上手なれ」ですか。

内井 まさにその通り。

日本にも、そんな預言者型の科学者が、もっと登場するといいなあと思っているんですよ。

──私もそう願います。

ところで先生、今、何か熱中されていることはありますか?

内井 実は、2009年がダーウィン生誕200年ということで、ダーウィンの足跡を調べることに熱中しました。ちょうど1冊の本を書き終えたところです。

ダーウィンは、ビーグル号航海中に、南米各地、ガラパゴスなどで、自腹を(父親の小切手を)切って諸種の調査を行ないました。その経験がものをいい、進化論が生れるわけです。彼の熱中ぶりには圧倒されますね。

──それはまた興味深い内容になりそうですね。ぜひ、また拝読したいと思います。

本日はどうもありがとうございました。


近著紹介
『空間の謎・時間の謎』(中公新書)

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