こだわりアカデミー
幼い頃の体験は、「原風景」となって 後の人生に大きな影響をもたらします。
若さは年齢ではない。脳を活性化させるには?
京都大学名誉教授
大島 清 氏
おおしま きよし
おおしま きよし 1927年、広島県生れ。57年、東京大学医学部卒業、東京大学産婦人科入局。64年、アメリカ・ワシントン州立大学に留学。71年、京都大学霊長類研究所助教授、80年、同教授。90年、京都大学教授を退官、愛知工業大学教授。97年、同客員教授、2006年、同退官。現在は自然と触れ合う塾「(有)サロン・ド・ゴリラ」を主宰する。大脳生理学を専門分野としており、脳に関する実用的な研究を行なっている。著書は『自分の中の男脳・女脳をこう生かそう』(成美文庫)、『触れることが脳を育む、人を育む』(求龍堂)、『脳を豊かに育てる食脳学』(芽ばえ社)、『脳年齢が若くなる生き方』(新講社)ほか170冊以上。
2007年2月号掲載
産婦人科として胎児の脳に関心を・・・
──最近では、「脳を鍛える」ゲームや書籍が話題となっていますが、先生は40年以上も前から、「脳」をテーマにした研究をされていらっしゃるそうですね。
今でこそ関心の高い分野ですが、当時はなぜ研究を始められたのですか?
大島 私はもともと産婦人科の医師でした。胎児の脳が、いかに発達していくのかなど、その当時から深い関心を持っていたのです。
その後、本格的な脳研究を行なうため、アメリカのワシントン州立大学に留学。帰国後、霊長類研究所の助教授となり、ヒトに一番近いといわれる「サル」の脳研究をするようになりました。
──「脳」をテーマに、幅広い分野の研究にも取り組まれているようですね。
大島 これまでの研究は、ホルモンと脳の関係、男女の脳の違い、金魚・シャケ・カエルなど生物の脳の働き、胎児や幼児の教育についてなど、さまざまです。
──では改めまして、私達人間の脳の仕組みについてご説明願えますか。
大島 人間の脳は、3つの層に分れていて、外側は、五感や運動能力などの機能を持ち、真ん中は、記憶ややる気、好き嫌いなど、感情と深い関わりがあります。生命の基本的な機能である、呼吸や体温などは、一番内側の層になります。
(上)人間の脳は、「大脳新皮質」「大脳辺縁系」「脳幹」の3層に分かれている。「大脳新皮質」は、五感や運動、言語など、大脳辺縁系」は人間の感情と深い関わりを持つ。「脳幹」は、呼吸や体温、心拍調整など、生命の基本的な機能をつかさどっている。 |
──こうした機能によって、私達は人間らしさを保ち、生を営んでいるのですね。
大島 脳の構造について、さまざまな角度から研究されるようになったのは比較的最近のこと。脳について知られていないことはまだまだ数多く、知れば知るほど、複雑で高次な機能を持つことに驚くほかはありません。
──人間の可能性について明らかにしていくのは、とても興味深い研究ですね。
「脳年齢」とは心の若さ。歩くことも効果的
──先生の著書にも出てくる「脳年齢」ですが、これはどういったものなのですか?
大島 私は、若さとは必ずしも年齢のことを意味しないと考えています。年齢的に若くても、覇気のない若者もいますし、一方で、熟年になってもいろいろなことに好奇心を持ち、毎日いきいきと過ごす方もいらっしゃいます。
脳年齢は実際の年齢とは関係なく、鍛えれば鍛えた分だけ若くいられるのです。
──つまり気持ちの若さ、というわけですね。
先生は、脳年齢の若さを保つために、歩くことを推奨されていらっしゃいますが。
大島 ええ、歩くことは、若さを保つ上でとても有効です。山や海など、自然と触れながら歩くとより効果的。季節を感じ、心に懐かしさや、やすらぎを与えることは、脳にはとても良く、私も毎日歩く実践者の一人です。
自然のリズムに身を任せることで、脳は静かな心を取り戻すことができる。多忙な日々の中に、ゆったりとした時間を取ることは、脳にとても良い (写真提供:大島清氏) |
──なぜ歩くことが脳に良いのですか?
大島 脳というのは筋肉を動かす神経の集まりです。体を動かすことで、脳は刺激を受け、快感物質「ベータ・エンドルフィン」で満たされます。
また、脳に刺激を与えるためには、大きな筋肉を動かすことが効率良く、下肢の筋肉を大きく動かすウォーキングは、脳を覚醒させるのにぴったりというわけです。
──歩くことが健康面はもちろんのこと、脳にとってもいい刺激になるとは、一石二鳥。
大島 歩くとき、脳は「体全体のバランスはとれているか」「接地面は安全か」「勾配はどうなっているか」「気温の変化に対する準備はどうか」など瞬時に判断し、筋肉へ指令を出します。
さらに、目で見、手を振ってバランスをとり、皮膚で空気の温度を感じ、花の香りを嗅ぐなど、五感をフルに使っているのです。
(左)料理をすることも、脳にとても良い刺激となる。何を作るかイメージし(大脳新皮質)、食欲中枢(視床下部)を刺激し、どのくらい食べたいか考え(大脳辺縁系)、食材を切って体を動かす(小脳)など、自然と脳をフル回転させてくれる (右)信州野尻に建てたログハウスでは、自然と触れ合う塾「(有)サロン・ド・ゴリラ」を主宰<写真提供:大島 清氏> |
──無意識のうちに脳のネットワークは、複雑で活発な動きをする。この膨大な情報のやりとりがそのまま、脳を活性化させるというわけですね。
大島 その通り。姿勢を正し、しっかりと足を踏み締めて歩く。そうすることで、興奮や不快感を鎮める作用のある、脳内物質「セロトニン」が増え、爽快感が増します。
ウツウツとした気分は、セロトニンの欠乏によって引き起こされることもあるので、気分が晴れないときは、ぜひ歩くことをお勧めします。
──そういえば、私も考えに詰まると、気分転換に席を立ち、歩き回ることがあります。すると不思議なもので、机の前では全く思いつかなかったアイデアが浮かんでくることがあります。
大島 歴史的な偉人達も、散歩をしながら考えをめぐらせた、という話は有名ですね。
9歳頃までの体験は頭や体に強く残る
──そういえば、最近では「ウツ」や「キレる脳」などが問題となっていますが、脳年齢と関係があるのでしょうか?
大島 どちらかというと、生れてから9歳頃までの記憶「原風景」による影響が大きいようです。
──脳が発達しているときの体験、ということですか?
大島 そうですね。母親に抱かれて体温を感じ、心臓の鼓動や子守歌を聴きながら育った子どもは、自然と脳の配線を育てています。
──情報を全身で受け止めて、脳が活性化しているのですね。
大島 原風景を形作っている成長期に感動したことは、大人になっても、もう一度体験したいと思い、それが人生の目標になることが多い。
どんなにいい素質を持って生れてきても、この時期に受けたいびつなストレスは、脳に深い傷跡を残し、人間はさまざまな歪みを持つことになります。
──すると、幼児期の子を持つ親達は、自然に触れさせるとか、子どもにいろいろな体験をさせて、できるだけ良い原風景を作っていけるようにしていかなくてはいけませんね。
大島 その通りです。温かい料理と一家団らん、ドロ遊び、外で飛び回るなど、幼い頃の経験は、頭だけでなく体にも残ります。
──大人になったときの人間性の上でも重要なことなんですね。
大島 テレビやゲームという仮想の世界だけで、人と群れるのを避け、自分で感じることなく、汗を流すこともなく、受け身であっては、原風景そのものが育ちません。
原風景があれば、人はたとえ老いても、記憶を蘇らせ、脳を活性化させることができるんですよ。
1969年には、シャケが川の匂いを感じ、生まれた川へ戻ってくるという研究論文が、世界で最も権威ある学術雑誌の一つ「サイエンス」に掲載された <写真提供:大島 清氏> |
──人の声に反応しない認知症の方が、童謡を聴いて涙を浮かべた、という話を聞いたことがありますが、それも原風景によるものなのでしょうか?
大島 歌が刺激となり、無心に遊んでいた、幼児期の自分を思い出したのでしょう。
このように、脳を活性化させることは、生きる上でも深い関わりがあり、とても重要なのです。
──私も脳年齢を若く保ち、楽しく人生を送りたいと思います。
本日はありがとうございました。
『脳年齢が若くなる生き方』(新講社) |
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