こだわりアカデミー

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本対談記事は、アットホーム(株)が全国の加盟不動産会社に向け発行している機関紙「at home time」に毎号掲載の同名コーナーの中から抜粋して公開しています。宇宙科学から遺伝子学、生物学、哲学、心理学、歴史学、文学、果ては環境問題 etc.まで、さまざまな学術分野の第一人者が語る最先端トピックや研究裏話あれこれ・・・。お忙しい毎日とは思いますが、たまにはお仕事・勉学を離れ、この「こだわりアカデミー」にお立ち寄り下さい。インタビュアーはアットホーム社長・松村文衞。1990年から毎月1回のペースでインタビューを続けています。
聞き手:アットホーム株式会社 代表取締役 松村文衞
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病気から免れるために働く免疫システム。 私達の体は、未知の病原体にも対応できる能力があります。

特殊なリンパ球「NKT細胞」でガンに挑む

独立行政法人理化学研究所横浜研究所センター長

谷口 克 氏

たにぐち まさる

谷口 克

たにぐち まさる 1940年、新潟県生れ。67年、千葉大学医学部医学科卒業後、74年、千葉大学大学院医学研究科病理専攻博士課程修了。千葉大学助手、教授、医学部部長を経て現職。83年に皮膚癌の超早期診断法の開発を発表。97年には癌を防ぐ働きを持つNKT細胞を活性化させる物質を発見。日本免疫学会会長も務めるなど、数々の業績を持つ。著書に『免疫の闘い』(87年、読売新聞社)、『標準免疫学』(2002年、医学書院)、『新・免疫の不思議』(04年、岩波書店)、『谷口教授の免疫ポイント講座』(04年、医薬ジャーナル社)など多数。

2004年8月号掲載


免疫は脳に次ぐ高度なシステム

──先生は免疫について専門に研究されており、これまでに、癌をも抑制する働きを持つリンパ球「NKT細胞」の発見を始め、さまざまな功績を残していらっしゃいます。

本日は、いろいろなお話を伺っていきたいと思いますが、まず始めに、免疫の仕組みについて、一体どういったものなのか、教えていただけますか?

谷口 免疫とは、一言でいえば、病気から免れるために働く、体のシステムのことです。

血液中にある、白血球や赤血球、リンパ球などが連携して、自己細胞と外からの異物とを区別し、異物を攻撃する。さらに、1度覚えた情報を蓄え、次の侵入に備えているのです。

──異物というと、生物が出す毒や、細菌、ウィルスの侵入などいろいろありますが、身近なところでいえば、風邪をひいたときに、1週間程度で自然と治るのも、免疫の働きによるものなんですね? 

谷口 その通りです。

異物が侵入すると、攻撃を行なう物質が作られますが、人間の体内には、あらゆる異物の侵入に対応できる準備がされています。これを「抗体」といい、これに対して、異物を「抗原」というわけです。

ハブに咬まれたときに行なう血清や、風疹、BCGなどのワクチンを注射する予防接種は、体内に弱い抗原を入れて抗体を作らせる、免疫システムを利用した治療法です。

──なるほど。私達の体には、「抗体を作る」という、すばらしい治癒力が備わっているのですね。

だいたい、どのくらいの抗体を作ることができるのですか? 

谷口 1兆種類以上の抗体を作る能力があるといわれています。 

コンピュータグラフィックで表した、自己と非自己を認識するための細胞表面蛋白「MHC分子」と、人間の体の構成素「ペプチド」の結合図。赤:MHC分子、青:ペプチド <写真提供:谷口 克氏>
コンピュータグラフィックで表した、自己と非自己を認識するための細胞表面蛋白「MHC分子」と、人間の体の構成素「ペプチド」の結合図。赤:MHC分子、青:ペプチド <写真提供:谷口 克氏>

──そんなに膨大な数を作れるとは驚異的です。

人間の体は、親からもらう遺伝子によって作られていますが、抗体も親から受け継いでいるのでしょうか? 

谷口 いいえ、実は、免疫の抗体遺伝子だけは、自力で作ります。

人間は、遺伝子の断片を親からもらい、その断片を集めて1つの抗体を作っています。ランダムな組み替えを行なうことで、さまざまな抗体遺伝子を持ったリンパ球ができるのですが、そもそもこの作業には規則性がないため、結果、無限に近い数の抗体を作ることが可能になります。

もっというと、私達の体は、地球に存在していない病原体に対しても、すでに対応できる能力があるともいえるのです。これは、生命にとって、ものすごいアドバンテージです。


癌を抑制する「NKT細胞」

──ところで、免疫は大きく分けて、「自然免疫系」と「獲得免疫系」の2種類あると聞いたのですが、これはどういった特徴を持っているのですか?

谷口 自然免疫系は、生れつき備わっている免疫で、初期に発動し、直接ウィルスなどの異物を撃退します。

獲得免疫系は、先程の抗体に代表される免疫のことで、自然免疫系で撃退しきれない場合に動き出し、作戦を練ってウィルスなどを撃破する働きをします。同時にその情報を記憶し、再侵入のときに備えるのです。

両方の免疫系が、状況に応じて連携して働くことで、私達の体は健康を保っていられるわけです。

──先生が発見されたNKT細胞とは、「自然免疫系」と「獲得免疫系」のどちらに当てはまるのですか? 

谷口 両方に関係します。

免疫システムは、両方の免疫系がないと機能しないことが、最近の研究で判明しました。NKT細胞は、両者をつなぎ合せる、橋渡し役をしています。

NKT細胞は、他のリンパ球に比べ非常に少なく、体内に0.01%しか存在しません。その上、両方の性質を持っていたために、これまでなかなか発見されませんでした。 

──ということは、発見されるまでの道のりは、さぞや大変だったと思います。しかし、それだけ大きな発見だったわけですね。 

▲(上)免疫細胞が癌細胞を攻撃している様子。小さい粒がリンパ球、長細いものが癌細胞。<br>▲(下)自滅プログラムが発動し、細胞分裂が起こり、癌細胞が破壊された様子<写真提供:谷口 克氏>
▲(上)免疫細胞が癌細胞を攻撃している様子。小さい粒がリンパ球、長細いものが癌細胞。
▲(下)自滅プログラムが発動し、細胞分裂が起こり、癌細胞が破壊された様子<写真提供:谷口 克氏>

谷口 そうですね。少ない数でも、そこに「存在するもの」というのは、大抵何か重要な役目を果たしています。

NKT細胞は、他にもリンパ球を活性化させたり、自らの体を過剰攻撃する「自己免疫病」を抑制する働きもしていますし、さらにもう1つ、重要な働きとして、癌を防ぐ効果もあると分ったのです。 

──医学界でも注目が集まっているそうですね。 

谷口 はい。現在は、NKT細胞を主役とした、新しい治療法の開発研究に取り組んでいます。

これまでのマウス実験では、NKT細胞を人工的に除去した場合、癌の発生率が高くなることが分っていました。

──癌治療において、かなりの効果が期待できそうですか? 

谷口 うーん、まだ希望が見えてきた、といったところでしょうか。

今後は、NKT細胞をどのように増やし活性化するか、また、それをどのように癌治療に応用するかが研究テーマです。 

──現在はどの程度まで研究が進んでいるのですか? 

谷口 肺癌の患者を対象に、臨床試験を行なっているところです。安全面での臨床試験は確認できており、今は次のステップである、治療効果についての臨床試験を行なっている段階です。

実際に、肋膜に転移があり余命半年とされた患者に、NKT細胞による治療を施したところ、1年半近く経過しても、病状が悪化していない、という事例もみられました。 

──それはすごい。今後の研究が楽しみですね。 

谷口 そうですね。NKT細胞を活性化させる特殊な物質も発見できたので、見通しは立ってきたといえそうです。


今後の研究について

──お話を伺っていると、免疫は生命にとって、とても重要である一方、複雑なものだということが分りました。今後ますます興味深いテーマになりそうですね。

それにしても、先生はなぜ、免疫の研究を始められるようになったのですか?

谷口 学生の頃は、内科医を目指して、心臓病の勉強をしていました。

しかしある時、当時日本にはまだ3例しかない、重い免疫系の癌患者を診察したことがきっかけで、病気の原因を発見する過程、免疫システムの奥深さを知り、この世界に強い関心を持ったのです。

──患者との出会いが、先生の人生を変えたわけですね。

先生にとって、免疫研究の、魅力は何ですか?

谷口 そうですね。まず、目に見えないものを、いかに見えるようにするか、というのが前提で、人間の体内にある何億分の1ミリグラムの物質を特定し、その物質にどんな役割があるのかを探っていくわけです。試行錯誤の末、何かを発見できたときなどに感じるやりがいや面白さが、魅力になっているのだと思います。

──NKT細胞の他に、現在研究されているテーマは?

谷口 アレルギーワクチンの研究についても取り組んでいます。

これは、花粉アレルギーの患者に対して、スギ花粉の抗原と結合させたワクチンを注射し、アレルギーを予防しようという研究です。

──国民の30%がアレルギー疾患といわれていますから、ぜひ成功させていただきたいですね。

谷口 そうですね。現代人は、抗菌・消臭剤などが身近になり、細菌にあまり感染しなくなりました。

細菌感染がなくなったことで、私達の体はきれいになりましたが、反対にアレルギーにかかりやすい体質になってしまったのです。

つまり、アレルギー治療をするには、人為的に細菌感染の状態を作り出し、感染防御に必要な細胞を増やすと、逆にアレルギーを起こす免疫系が抑制されることが分ってきましたので、今はそのアレルギーワクチンをボランティアの人などに注射し、反応をみているところです。

──ますますのご活躍期待しております。

本日はありがとうございました。


近著紹介
『新・免疫の不思議』(岩波書店)

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