こだわりアカデミー

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本対談記事は、アットホーム(株)が全国の加盟不動産会社に向け発行している機関紙「at home time」に毎号掲載の同名コーナーの中から抜粋して公開しています。宇宙科学から遺伝子学、生物学、哲学、心理学、歴史学、文学、果ては環境問題 etc.まで、さまざまな学術分野の第一人者が語る最先端トピックや研究裏話あれこれ・・・。お忙しい毎日とは思いますが、たまにはお仕事・勉学を離れ、この「こだわりアカデミー」にお立ち寄り下さい。インタビュアーはアットホーム社長・松村文衞。1990年から毎月1回のペースでインタビューを続けています。
聞き手:アットホーム株式会社 代表取締役 松村文衞
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記憶力は使えばいくらでも伸ばせます。 訓練で完璧な記憶法を身につけた人もいます。

記憶のしくみ

京都大学霊長類研究所所長

久保田 競 氏

くぼた きそう

久保田 競

1932年、大阪生れ。57年、東京大学医学部卒業。64年、同大学院博士課程修了。64年より東京大学医学部脳研究施設で講師。67年、京都大学霊長類研究所助教授。73年、同教授。現在、同研究所所長。医学博士。サルの前頭葉の働きの研究、サルが前頭葉を使って手を動かす時の神経細胞の働きを記録解析し、71年に発表。以後、前頭前野や他の連合野の働きの研究が盛んになった。一般向けの主な著書として、『手と脳』(紀伊国屋書店)、『ランニングと脳』(朝倉書店)、『脳の手帖』(講談社ブルーバックス)、『あなたを変える!「脳力」開発術』(PHP研究所)などがある。

1994年4月号掲載


前頭連合野をうまく利用できる人が頭のいい人

──最近、脳に対する関心が非常に高まっています。脳の役割、仕事というのはものすごくたくさんあって、とても数えあげることなんてできませんが、よくわれわれが言う「頭を使う」ということが、一番身近というか、一般的な脳の働きになるのではないかと思います。まず、このあたりの仕組みからお話しいただけますか。

久保田 脳の中にはまず外からの情報を受け取るところがあります。次にそれを認識するところ、さらにそれをもとに考えたり行動を起こしていくところと、大きく3つくらいに分かれるんです。つまり機能面で言えば、入力、途中処理、出力の3段階ということになります。

まず、外から入ってきた「情報」は「感覚野」に伝えられ、外の世界の見たもの、聞いたもの、触れたものが何であるかが分かります。その感覚情報は「感覚連合野」に伝えられ、認知されて、初めて真の情報になります。

感覚連合野には、見たものの形や、それがどこにあるかを記憶している場所をはじめ、聞いたもの、手で触ったものを記憶する場所等があり、それらの感覚ごとに処理されているわけです。

そしてそれらの情報が脳の前の方にある「前頭連合野」という部分に集まってきて、考える、判断する、推理する、創造するといった「頭を使う」活動、すなわち人間ならではの活動をすることになるわけです。

さらにそこから手や足を動かす、声を出す、というような外の世界に向けての活動につながっていくのです。

──人間の人間たる所以は、その前頭連合野ですね。

久保田 ええ、人間の前頭連合野は他の動物に比べてものすごく発達していて、脳の3分の1くらいを占めています。ちなみにサルは15%くらいです。ネコなんかは本当にネコの額くらい、1.5%ですよ(笑)。

──そうすると「頭のいい人」というのは、前頭連合野の優れている人ということになるんでしょうか。

久保田 そうですね。本来は、何か問題が起こったとき、自分の持っているさまざまな情報を駆使して、うまく解決できる人、うまく行動できる人が頭のいい人だと思うんです。すなわち、前頭連合野を適切に活用できる人、よく使える人ということです。

しかし実際には、昔から、記憶力の優れた人、特にいろんな知識を持っている人を「あの人は頭がいい」と言うような傾向がありますね。また、今の学校教育や受験勉強においても、詰め込み型で、物覚えがいい人が成績が良くなる仕組みになっていますから、記憶力の優れた人が頭がいい人と評価されがちです。


人間の記憶力は無限

──その記憶力についてですが、私自身も含めて、物覚えが悪いとか、物忘れが激しいといったことで、心配している人は多いようです。顔は覚えているけどその人の名前を思い出せないといったことはよくありますし、「年をとると、物忘れがひどくなる」とも言われますが、この「記憶」について少しお話をお聞かせください。

久保田 まず「記憶する」とはどういうことかというと、経験したものが脳の中に残っているという状態です。ではどんな形で残っているかと言いますと、まず人間の脳は「神経細胞(ニューロン)」からできており、各神経細胞からは突起が長く伸びていて先端が枝分かれし別の神経細胞とつながっているという構造になっています。記憶は、この神経細胞と神経細胞の継ぎ目に残されています。この継ぎ目を「シナプス」と言います。例えば、誰かの顔を見て、その人が誰それさんだと分かるときには、顔や目や鼻の形、色、大きさをはじめとするさまざまな特徴、名前等、その人に関して自分が持っている情報に関わる神経細胞のシナプスすべてが働いているということです。

──どのくらいの量の記憶ができるんですか。

久保田 神経細胞の数はそんなに多くないんですが、一つの細胞で一つのことを覚えるというわけではありません。1個の細胞に平均1万個くらいのシナプス形成が可能ですから、その気になれば無限に記憶ができます。

──では、一度覚えたことはずっと消えないでいるんですか。

久保田 シナプスは使わないと減っていくんです。つまり絶えず使っていないとダメということです。一度覚えたことは繰り返して思い出していないとだんだん忘れていきます。脳はそういうふうになっているんです。


80歳以上の5人に1人がアルツハイマー病に

──使えば使うほどいいというわけですね。年をとると忘れっぽくなると言われる点はどうですか。先生の著書『あなたを変える!「脳力」開発術』には、何歳になっても覚えられる人は覚えられるとありましたが、年齢と記憶力とは関係ないんでしょうか。

久保田 そこのところはまだ十分解明できていないんですが、まず、年をとると神経細胞が死んでいきますから、当然シナプスも減少していくということ、もう一つは、神経細胞は生きていても、使わなくなるためにそこに付随しているシナプスが減少していく、といった両方の理由で思い出せなくなるということが考えられます。

しかし本来、生きている限りは、使えばシナプスはできるのですから、年をとっても使うということが大事です。忘れたくないことは何度も繰り返して思い出すようにするといいですね。記憶力は使えばいくらでも伸ばせる、そう考えたらいいと思います。

──あきらめることはないんですね。

ところで、アルツハイマー病というのは、これに関連していますか。

久保田 アルツハイマー病は、脳の中で変な物質が作られるようになり、それによって脳の神経細胞が死んでいくという病気です。しかも脳の中の特に高次な認識・記憶をしているところ、つまり複雑なものを覚えているところから、どんどん犯されていきます。例えば、言語とか思考、成人してから覚えたようなことなどがまずやられます。

──単純なことは覚えているんですね。

久保田 ええ。赤ん坊の頃覚えた手や足を動かしたりするような単純な動作は最後まで残るんです。

──これは誰でもがなるんじゃなくて、あくまでも病気なんですね。

久保田 そうです。でも、80歳になったら5分の1の人はそうなりますから、大変な病気です。

一方、先程お話しした、年とともに起こる物忘れ等は、脳の中ではアルツハイマー病と同じような変化が起こっているわけで、症状は軽いアルツハイマー病状態ですが、病気ではない。これは正常な人の加齢変化で、誰にでも起こってくるものです。

──こちらの方は、訓練によってカバーできるというわけですね。


生れた時の人間の脳は誰でもだいたい同じ

──先天的に記憶力の優れた人とか、特殊な記憶力を持った人というのはいるんでしょうか。

久保田 先天的とか生れつきということはないです。生れた時の人間の脳はだいたい誰でも同じような状態なんです。個人差とか、遺伝的な優劣があるわけではありません。

極端に記憶力が優れていた人の例で、ロシア人のシェーという人がいます。

彼は一度聞いたことは全部記憶できました。彼は、何かを聞くと頭の中でそれに応じて色や形が見えてくる、という共感覚を持っていました。共感覚とは、見ることと聞くことが同時に働く感覚です。それで、何かを聞いて頭に色が浮かぶと、その色を順番に自分の知っているものに当てはめて覚えていったんです。彼の場合は自分の生れた村の景色を思い浮かべて、道順に沿って一つひとつの風景に一つひとつの色を当てはめていったようです。だから、ある風景を取り出せばそこに当てはめた色が見え、その色が出てくれば、最初に聞いたことが思い出せるというわけです。いくらでも覚えられるし、またどんな取り出し方もできました。そしてまったく間違わなかったんです。

──記憶の構造が普通の人と違っていたわけですか。

久保田 共感覚という現象だけが、異常に強かったと言えます。それで頭に浮かんだ色を、知っている景色や図形等に置いていくといくらでも覚えられるということに気付き、自分自身で工夫して学習していったようです。

──最初からできたわけではないんですね。

久保田 ええ。訓練の成果と思われます。彼の生れた村にはそういう人が何人もいたという報告もあり、小さいときに誰かに教えられたのかも知れません。

──誰でも訓練すればそんなふうにできるようになるんでしょうか。

サルにも記憶力のいいサル、悪いサルがいる(愛知県犬山市の京都大学霊長類研究所で)
サルにも記憶力のいいサル、悪いサルがいる
(愛知県犬山市の京都大学霊長類研究所で)

久保田 そう思います。共感覚は難しいかも知れませんが、聞いたものを順番にどこかに置いていくという訓練をすれば、簡単に覚えられるようになります。ただし、小さいときからじゃないとダメかもしれませんが・・・(笑)。

──今日は大変ためになるお話が伺えました。先生は今、脳の中での「記憶」の仕組みやその発達等をご研究中とのことですが、われわれにとっても非常に関心のある切実なテーマでもありますので、ぜひすばらしい功績をあげていただけるよう期待しています。 どうもあありがとうございました。


近況報告

現在は日本福祉大学教授。近著に「脳を探検する」(98年、講談社)がある。


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