こだわりアカデミー

こだわりアカデミー

本対談記事は、アットホーム(株)が全国の加盟不動産会社に向け発行している機関紙「at home time」に毎号掲載の同名コーナーの中から抜粋して公開しています。宇宙科学から遺伝子学、生物学、哲学、心理学、歴史学、文学、果ては環境問題 etc.まで、さまざまな学術分野の第一人者が語る最先端トピックや研究裏話あれこれ・・・。お忙しい毎日とは思いますが、たまにはお仕事・勉学を離れ、この「こだわりアカデミー」にお立ち寄り下さい。インタビュアーはアットホーム社長・松村文衞。1990年から毎月1回のペースでインタビューを続けています。
聞き手:アットホーム株式会社 代表取締役 松村文衞
MENU閉じる

現在の日本語の元となった「和漢混淆文」を研究。 日本や日本文化をもっと知りたいと思っています。

きっかけはアニメ。日本の文化をもっと知りたい!

元ヴェネツィア大学契約教授

ヴァレリオ・ルイジ ・アルベリッツィ 氏

う``ぁれりおるいじ あるべりっつぃ  

ヴァレリオ・ルイジ ・アルベリッツィ

1973年イタリア・ミラノ生れ。92年ミラノ工科大学電気工学部入学、93年ヴェネツィア大学東アジア学科日本学研究科に転学、96年京都国際外国語センターに留学、97年日本政府奨学金留学生として静岡大学に留学、99年ヴェネツィア大学卒業。2004年ヴェネツィア大学大学院東アジア学科日本学研究科にて博士号取得。ヴェネツィア大学との交換研究員として、早稲田大学、慶應大学、東京大学等に留学。その後、ヴェネツィア大学、ボローニャ大学の契約教授として、古典・現代日本語、日本文学、日本語史、日本語言語学等の講義を行なう。12年4月より早稲田大学オープン教育センター准教授に就任。

2008年3月号掲載


日本語学習のきっかけは、日本のアニメ?!


──先生はイタリア人でありながら、日本語学がご専門であり、母国のヴェネツィア大学やボローニャ大学では「日本語史」や「古典日本語」について講義を行なっていたと伺っております。
古文や漢文というと、日本人である私達でも、難しい分野だと感じてしまうのですが…。そもそもなぜ日本に興味を持たれたのでしょう?


アルベリッツィ きっかけは、幼い頃の体験が影響しているのかもしれません。
私は1970年代生れなのですが、この世代のイタリアの子どもはみな、日本のアニメを見て育ちました。

 

ヴァレリオ氏が生れたミラノの街にある「ドゥオーモ(ミラノ大聖堂)」〈写真提供:ヴァレリオ・ルイジ・アルベリッツィ氏〉ヴァレリオ氏が生れたミラノの街にある「ドゥオーモ(ミラノ大聖堂)」<写真提供:ヴァレリオ・ルイジ・アルベリッツィ氏>

──日本への興味はアニメがきっかけだったと。


アルベリッツィ アニメを見ていると、毎回必ず出てくる日本語の文字があって、その意味が何なのか、子ども達はみんな知りたがっていました。
一話ごとに最後に出てくる三つの文字と、シリーズの終わりに出てくる一つの文字なのですが・・・。


──それはなんですか?


アルベリッツィ 「つづく」と「完」です(笑)。


──笑)なるほど。確かに出てきますね。


アルベリッツィ 今まで見たことのない文字で、一体どんな意味だろうと、ずっと気になっていました。
今でも日本に関して、友達によく聞かれる質問は、「アニメの終わりに出てくる文字の意味は?」なんですよ(笑)。


──それでは、本格的に日本語を勉強されるようになったのは?


 

アルベリッツィ 決め手となったのは、大学に入り、光源氏の世界観にハマったことですね。有名なイギリスの東洋学者のアーサー・ウェイリー訳「源氏物語」に感動して、本格的に日本文学の勉強に取り組むようになりました。

大学時代に初めて京都にホームステイに来たときの様子。その後、静岡大学に留学し、日本語学について本格的な研究を行なう
大学時代に初めて京都にホームステイに来たときの様子。その後、静岡大学に留学し、日本語学について本格的な研究を行なう<写真提供:ヴァレリオ・ルイジ・アルベリッツィ氏>

──どんなところに、興味を持たれたのですか。

アルベリッツィ 物語に映し出されている、平安時代の社会についてです。非常に興味が湧いて、もっと知りたいと思うようになりました。
しかし、当時は日本語が話せず、イタリアには日本の古典に関する資料も多くはありませんでした。インターネットもない時代でしたので、自分が知りたい情報を必死で集めて勉強しましたね。

日本の神社の前での記念写真
日本の神社の前での記念写真<写真提供:ヴァレリオ・ルイジ・アルベリッツィ氏>

 

──他にも、好きな日本文学作品はありますか。

アルベリッツィ 「将門記」や「太平記」などの軍記物が好きです。

──軍記物は、歴史上の合戦を題材としており、物語描写や幻想的な日記の世界とはまた異なり、独特の世界観がありますよね。

アルベリッツィ ええ。登場人物は、どちらが正しいのか悪いのかを考えるのではなく、ただただ自分の信念を貫くために戦っている。真っすぐで正直な生き方は、伝統的な武士のイメージと近くていいなぁと思います。

空海の「秘藏寶鑰(ひぞうほうやく)」冒頭の一枚(東京大学国語研究室蔵)。ヴァレリオ氏の博士論文のテーマだった<写真提供:ヴァレリオ・ルイジ・アルベリッツィ氏>
空海の「秘藏寶鑰(ひぞうほうやく)」冒頭の一枚(東京大学国語研究室蔵)。ヴァレリオ氏の博士論文のテーマだった<写真提供:ヴァレリオ・ルイジ・アルベリッツィ氏>

 


 

軍記物語は、近代日本語へ通じるカギ


──先生の研究テーマである「日本語学」とは、具体的にはどのようなものですか?

アルベリッツィ 私は日本語の特徴を、体系的に分析することや、言語学研究の歴史的な背景について、興味を持っています。
中でも「和漢混淆文」の文体の成立と発展過程について分析することは、大きな研究テーマとなっています。

──「和漢混淆文」とは、漢字と和文がミックスした文章ですよね。

アルベリッツィ その通りです。
万葉仮名を崩して生れた平仮名による和文と、漢文の書き下しである漢文訓読文体とが合流して生れた、現在の日本語の元となる文体です。
これにより、日本人は、漢字を含みながらも和文特有の自在な表現力を持つ文章を生み出すことができるようになったのです。

ヴェネツィアで行なわれた「第31回伊日研究学会」の模様
ヴェネツィアで行なわれた「第31回伊日研究学会」の模様<写真提供:ヴァレリオ・ルイジ・アルベリッツィ氏>

 

──和漢混淆文が使われるようになったのは、いつ頃からでしょう。

アルベリッツィ 平安時代後期に生れ、初期の作品としては「今昔物語」、その後の代表的な作品としては、「徒然草」「平家物語」などが挙げられます。
実は、和漢混淆文が使われている作品の多くは、私が好きな平安中期から中世末期までの軍記物が中心です。
ですから、「将門記」「陸奥話記」「保元・平治・平家物語」などの軍記物に焦点を絞り、文体の比較、度合いなどを研究しているのです。

──軍記物が登場する時代は、「和」と「漢」の融合による、文学作品の成熟期でもあったわけですね。

アルベリッツィ 漢文を日本語として読み下すこの文体の特徴は、当時の日本社会における「和」「漢」の両文脈の文化的な背景の成立に、大きく貢献したと思われます。しかし、その過程についてはまだ解明されていません。

──外国人研究者でこの種の研究をする方は大変珍しいですよね。古典日本語・日本文学の研究に大きな刺激を与えるものとなりそうです。

アルベリッツィ ありがとうございます。研究が実現すれば、欧米と日本との、新しい研究による交流のきっかけになるかもしれません。

東京大学国語研究室で模擬授業を行なったときの様子
東京大学国語研究室で模擬授業を行なったときの様子<写真提供:ヴァレリオ・ルイジ・アルベリッツィ氏>

 


 

夢は「平家物語」や「将門記」の翻訳


──よく国の文化については、異文化の人の方が興味が湧きやすいといいますが、それにしても先生がこれだけ、日本語や日本の歴史についてお詳しいというのは、嬉しいのと同時に驚きました。
一方、日本人として自国のことをあまりにも知らな過ぎるのではないかと恥ずかしくも思います。

アルベリッツィ 私は、日本という国を、そして日本語や日本文化を尊敬・尊重していて、少しでも近付きたいと思い、勉強していくうちに詳しくなっていただけです。
私もよく日本の方々から、イタリアについて、「これはいつの時代のものですか?」「何のために作られたのですか?」など、次から次へと質問されます。すると、それは普段気にも留めなかったことや、全然気付かなかったことだったりする。
そんな時、自分の国を、どんなに自分が知らないのか、未熟さを痛感させられることがあります。

──身近なことは当り前すぎて、案外気にしないものですね。そういえば私にもそんな経験はあります。

アルベリッツィ 私が日本に詳しくなったのも、異文化だからこそ、なんでしょうね。

──最後に、先生の今後の活動について教えてください。

アルベリッツィ ある出版社から、「平家物語」のイタリア語への翻訳を頼まれています。ただ物語には、鎧や兜、武器の名称など、外国語で表現するのが難しい言葉がたくさん出てきます。
尊敬・尊重してやまないからこそ、恐れ多く、簡単に引き受けられる仕事ではないと思い、今は断っています。しかし、いつかは「平家物語」や「将門記」など翻訳したいというのが、私の夢です。

──ぜひ、日本文学の面白さを、イタリアの方にも味わっていただきたいと思います。期待しております。
本日はありがとうございました。



サイト内検索

  

不動産総合情報サイト「アットホーム」 『明日への扉〜あすとび〜』アットホームオリジナル 動画コンテンツ