こだわりアカデミー

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本対談記事は、アットホーム(株)が全国の加盟不動産会社に向け発行している機関紙「at home time」に毎号掲載の同名コーナーの中から抜粋して公開しています。宇宙科学から遺伝子学、生物学、哲学、心理学、歴史学、文学、果ては環境問題 etc.まで、さまざまな学術分野の第一人者が語る最先端トピックや研究裏話あれこれ・・・。お忙しい毎日とは思いますが、たまにはお仕事・勉学を離れ、この「こだわりアカデミー」にお立ち寄り下さい。インタビュアーはアットホーム社長・松村文衞。1990年から毎月1回のペースでインタビューを続けています。
聞き手:アットホーム株式会社 代表取締役 松村文衞
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農業国からIT先進国へ このパワーが新しい国家像を生み出すかもしれません。

柔軟性の高いインドが21世紀の社会モデルに?

追手門学院大学 国際教養学部長

重松 伸司 氏

しげまつ しんじ

重松 伸司

1942年、大阪府生れ。66年、京都大学文学部史学科東洋史学卒業、71年、京都大学文学研究科東洋史学修士課程修了。ケンブリッジ大学南アジア研究センター客員研究員、名古屋大学国際開発研究科教授などを経て、07年、現職に。京都大学文学博士。専門分野は南アジア史学、南アジア−東南アジア交流史。著書に『ムガル帝国誌/ヴィジャヤナガル王国誌』(84年、岩波書店)、『カーストの民、ヒンドゥーの習俗と儀礼』(88年、平凡社)、『マドラス物語、海道のインド文化誌』(93年、中央公論社)、『インドを知るための50章』(03年、編著、明石書店)など。

2007年11月号掲載


 

古来からの技術力がインドの底力に


──それにしても、これだけの急成長ができたのは、経済や国家政策の転換だけによるのではなく、もともと発展する土壌があったからなのではないでしょうか?


重松
 確かに、インド人は古来より、優れた能力、技術力を持っていました。


例えば「0(ゼロ)」の概念は、インド人により紀元前に展開されたといわれており、現在世界中で用いられているアラビア数字や分数も、インド人の発明によるものです。


──インド人は現在でも、コンピュータ技術や二桁×二桁の暗算などの計算、情報処理に強く、また、抽象的・論理的な思考も得意といわれていますね。


重松 歴史をたどってみても、ご存知だと思いますが、インダス文明の水力利用技術や古代・中世の石造建築技術、天文学など、21世紀の精密技術の基本となる要素をすでに利用していました。


──なるほど。発展の底力は、古来からの技術力にあったわけですね。

 

ヒンズー

異質なものでも飲み込んでしまうインドの柔軟性


──それにしても、インドはこれからもこのまま発展を続けていくのでしょうか?


というのも、元来、国の発展というのは、農業社会から、工業・商業化が起こり、情報社会へと成長していきますよね。インドの場合はITによって、いきなり情報社会へ飛び越えてしまった気がします。


重松 そうですね。インドの場合、ITという全く新しいジャンルから急成長した、世界でも初めてのケース。段階を経ない成長というのは、どこか不安定な気がしますね。


──30年後には、人口は14億人を突破し、中国を抜いて世界一になるそうですね。
これだけ規模が大きいと、今後の国家運営はとても難しくなるのでは…?


重松 確かにそういう懸念もあります。しかし、現在、インドの人口約11億人の半数以上が25歳以下の若年層であることを考えますと、彼らにきちんとした教育さえ与えることができれば、世界に類を見ない膨大な労働力を創出できるともいえますね。


また、IT・グローバル化の恩恵を受けているのはほんの一握りで、国民の7割は農民であることから、技術や資本、人が集まる豊かな都市部とは対照的に、農村部は人が減り、経済格差が起こることも心配されていますが、私はそうした問題も、インド独自の柔軟性によって、順化していくのではないかと考えています。

 


──「柔軟性」といいますと?


重松 インドには、異質なものでも取り込んでしまう独特の包摂力があるんです。


数多くの民族が存在し、言語も公用語だけで十数種類もある。宗教においても、ヒンドゥー教は、多神教で、唯一絶対神も絶対的な教理もない。


インドでは、そのような矛盾し対立するような、さまざまな要素が並存し、それらが緩やかに連結されています。


──それらを一つにまとめようとしないところが、インドの包容力ともいえますね。

 

インドは信仰の熱い国であり、住民の多くはヒンドゥー教徒。現在でも、身分上の位置と職能を規定した「カースト制度」が残存するが、IT関連産業などは、カーストの影響を受けない〈写真提供:重松伸司氏〉 (画像はイメージ)
インドは信仰の熱い国であり、住民の多くはヒンドゥー教徒。現在でも、身分上の位置と職能を規定した「カースト制度」が残存するが、IT関連産業などは、カーストの影響を受けない〈写真提供:重松伸司氏〉(画像はイメージ)


重松 ええ。決して統一はされていない。アジアで唯一クーデターのなかった民主主義国家としても存在しているのです。


欧米などの先進国の歴史を振り返ってみても、合理化を推し進めた果てにあるのは、戦争です。
既存の民主主義の限界が見えてきている今、インドの国のあり方というのは、非常にユニークだと思うのです。ひょっとすると、21世紀の社会のモデルになるのかもしれません。


──私も同感です。インドには、新しい文化や異なる考え方など、異質なもの、絶対矛盾を包含するような思想なり文化が、今後生れてくる可能性がありますね。


経済成長とともに、さまざまな課題も見えてくるでしょうが、この国の持つ潜在能力に、これからも期待していきたいと思います。


本日はありがとうございました。

 

IT先進国として、世界からその成長が注目される一方、国民の7割は農民〈写真提供:重松伸司氏〉
IT先進国として、世界からその成長が注目される一方、国民の7割は農民〈写真提供:重松伸司氏〉


近著紹介
『マラッカ海峡物語』(集英社新書)
近況報告

※重松伸司先生は、2013年3月に追手門学院大学 国際教養学部長を退職されました(編集部)
※2019年3月に、重松先生の新たな著書『マラッカ海峡物語』(集英社新書)が発刊されました

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