こだわりアカデミー

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本対談記事は、アットホーム(株)が全国の加盟不動産会社に向け発行している機関紙「at home time」に毎号掲載の同名コーナーの中から抜粋して公開しています。宇宙科学から遺伝子学、生物学、哲学、心理学、歴史学、文学、果ては環境問題 etc.まで、さまざまな学術分野の第一人者が語る最先端トピックや研究裏話あれこれ・・・。お忙しい毎日とは思いますが、たまにはお仕事・勉学を離れ、この「こだわりアカデミー」にお立ち寄り下さい。インタビュアーはアットホーム社長・松村文衞。1990年から毎月1回のペースでインタビューを続けています。
聞き手:アットホーム株式会社 代表取締役 松村文衞
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花火の光、色、音を 科学的に解析。 技術の発展や安全性向上に貢献

世界で唯一。大学に花火研究室が!

足利工業大学大学院煙火学専修教授

丁 大玉 氏

Dayu Ding

丁 大玉

1958年生まれ、中国出身。91年南京理工大学研究科博士課程エネルギー物質専修修了、工学博士。同大学の講師を経て95年法政大学工学部の外国人客員研究員に就任。97年日本工機(株)研究開発部に入社。2005年足利工業大学助教授、07年准教授、11年より教授(現職)に就任。

2017年8月号掲載


コンピューター計算を駆使。 伝統的技術がさらに飛躍

──夏は花火大会のシーズンです。先生は花火の研究者として有名ですが、先生のおられる「煙火学専修」研究室は通称「花火大学院」と呼ばれ、日本で唯一の花火に特化した研究室だそうですね。

丁 はい、おそらく世界でも唯一だと思います。

──花火の研究とは、具体的にどんなことをされるのですか?

 花火とは火薬の爆発・燃焼による光や色、音などの現象を観賞用に転用したものです。花火大学院では、花火の発光や発色、爆発音について、コンピューターの計算技術を駆使して解析しています。また、鑑賞時の安全性を高めるために、高性能の計測機器を用いて、打ち上げ花火が空中でどう運動しているのかを調べたり、どれくらい離れた所から見れば良いかという「安全距離」の計測・研究なども行っています。

──花火の色や光は花火師といわれる職人さんたちが経験や個人の技量でつくり出していると思っていましたが…。

 おっしゃる通り現在の花火技術は、まだまだ花火師が受け継ぐ伝統的技術という側面が強いのですが、私たちの研究が今後の花火技術の発展に貢献できればと、もともと私の専門分野でもある爆発力学の展開の一つとして花火を工学的に研究しています。

日本の花火は、二重三重に花を咲かせるように球状に開いて、どの角度から見ても美しく見えるのが大きな特長の一つ〈写真提供:丁大玉氏〉

──大学院ではどういう学生さんが学んでいるのですか?


 実家が花火屋という人や、将来、花火師になりたいという人です。現在は、ある花火会社の社長さんが、当研究室で花火用にアレンジした高性能計測機器の仕組みや測定方法を勉強に来ています。同様の装置を自分の会社に導入して、より良い花火づくりや安全面の強化に役立てたいようです。

──伝統的でありながらも、新しい技術を取り入れる動きも出てきているということですね。

 はい。われわれも研究した成果は火薬学会誌や国際花火シンポジウムなどで発表して知識の普及に努めているのですが、最近では花火師に向けた講演の話などもいただくようになりました。徐々に科学的な理論に興味を持ってくれる花火師が増えてきたと感じています。

花火実験の様子。コンピューターの計算技術を駆使して燃焼・爆発・花火の発光と発色、打ち上げ花火玉の運動など複雑な現象を解析する
〈写真提供:丁大玉氏〉

花火の色は 混ぜる金属化合物で変わる

──発光や発色現象を解析されていると伺いましたが、花火の色はどうやって出しているのですか?

丁 花火玉の中に仕込む「星」と呼ばれる光や色を出すための火薬に、銅(青)やナトリウム(黄)、ストロンチウム(赤)、バリウム(緑)といった金属化合物を混ぜて、その金属特有の色の炎を出します。

金属化合物の炎色反応の例。星の火薬に銅(青)やナトリウム(黄)、ストロンチウム(赤)といった金属化合物を混ぜて、その金属特有の色の炎を出す〈写真提供:丁大玉氏〉

──混ぜる金属化合物によって色が変わるのですね。そういった技術はどこで生まれたのですか?


 花火はもともと7世紀頃に中国で発明された黒色火薬がベースとなっているのですが、当時はオレンジ1色だった花火に色をつける技術は、その黒色火薬がシルクロードを通じて伝わったヨーロッパで、炎をより鮮やかにするために新しい化学物質が用いられるようになったのが始まりとされています。

──それが日本に伝わった?

 はい。日本では、花火そのものは鉄砲伝来とともに伝わったといわれていますが、明治時代にマッチに使う塩素酸カリウムなどさまざまな化学物質が輸入されるようになり、花火師たちがヨーロッパをまねて、多様な色をつくり始めたようです。マグネシウムやアルミニウムなどの金属も用いられるようになりました。

──最近では本当にいろいろな色や形の花火を目にするようになりましたが、今ではどんな色でも出せるのですか?

 花火の色は、赤・黄・青・緑をベースに、花火師が経験をもとに試作を繰り返しながらつくり出してきたのですが、最近ではピンクなどの中間色もできるようになりました。しかし、例えば緑のように出しやすい色がある一方で、濃い青のように難しい色もあり、どんな色でも簡単につくれるというわけではありません。時間や手間もそれだけかかります。そこで花火大学院では、「ある色をつくるのに、どの物質をどのくらいの量混ぜればいいか」という実験を行い、その分析結果を元に配合比を計算できるプログラムを作成しています。現在では、ある程度狙った色を出せる段階まで完成しています。

──それはすごいですね。花火師さんの効率も拡大に上りますし、見る側としてもより彩りのきれいな花火に期待ができそうです。


「星」のつくり方・並べ方で 花火の表現がますます多様に

丁 ただ、色がたくさんあれば美しいというものでもありません。日本の花火は、星のつくり方や並べ方を工夫することで、色の表現にも変化を持たせています。

──ほう。それはどのような?

 欧米の花火は、柳状に垂れるような形で開花するタイプが多く、そのタイプの星は、火薬をプレスしてつくる円柱形です。これは大量生産しやすいのですが、それだけに色や形がどうしても単調になってしまいます。
これに対し、日本の花火は、上空で大きく球状(同心円状)に開花させるために、星も球状になっています。この星は、手作業で小さい芯を回転させながら表面に粉のような火薬を付着させるという工程を繰り返してつくります。この火薬に金属化合物を混ぜて色を出すのですが、この作業時に複数種類の火薬を使い分けることで、星の燃焼中に色を変化させるなどの表現バリエーションを生み出しました。

──なるほど、日本の花火は、色を出すだけではなく、どう見せるかという花火の展開の仕方にもこだわっているのですね。

 


花火の打ち上げには専用の打ち上げ用の筒を使う。花火玉の下に打ち上げ用火薬が入っており、それに点火することで、花火の導火線にも火がつき打ち上げられる仕組み〈写真提供:丁大玉氏〉

日本の代表的な打ち上げ花火である「八重芯」花火玉(右)とその構造模型(左)。内側に同心円状に並んでいる「星」は、一番外側の大きな星が「親星」、さらにその内側にあるやや小さな星が「芯星」という。上空で開花したとき、外側の親星と内側に2重ある芯星を合わせた3重の輪が見える。星の間の割り薬は、花火玉を破裂させ、星を点火・放出する役割を持つ。なお「八重」は数が多いという意〈写真提供:丁大玉氏〉

 はい。最近では、さらに新しい方法も登場しています。花火玉の中に同心円状に並ぶ星(上記画像参照)は、従来は同じ色のものでしたが、今では、複数色を用いることで、打ち上げ時に、時間の経過につれてまるで波のように色が変化していくタイプのものもつくられるようになりました。

──それはぜひ見てみたいですね。そうやってさまざまな工夫を凝らすことで、日本の花火技術は独自の発展を遂げてきたのですね。日本の花火は、外国の花火と比べて、独特の美しさがあり、まさに夜空に咲く大輪の花という表現がぴったりです。先生方のご研究が、そのより一層の発展を手助けしていく。今後、伝統技術と科学の融合で、日本の花火がどのように発展していくのか、非常に楽しみです。
本日はどうもありがとうございました。 



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