こだわりアカデミー

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本対談記事は、アットホーム(株)が全国の加盟不動産会社に向け発行している機関紙「at home time」に毎号掲載の同名コーナーの中から抜粋して公開しています。宇宙科学から遺伝子学、生物学、哲学、心理学、歴史学、文学、果ては環境問題 etc.まで、さまざまな学術分野の第一人者が語る最先端トピックや研究裏話あれこれ・・・。お忙しい毎日とは思いますが、たまにはお仕事・勉学を離れ、この「こだわりアカデミー」にお立ち寄り下さい。インタビュアーはアットホーム社長・松村文衞。1990年から毎月1回のペースでインタビューを続けています。
聞き手:アットホーム株式会社 代表取締役 松村文衞
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千葉に研究施設を設立。 資源輸出のみならず、独自のヨウ素製品開発へ

「ヨウ素」は日本が誇る唯一の輸出資源

千葉大学大学院理学研究院教授

荒井 孝義 氏

あらい たかよし

荒井 孝義

1968年生まれ、92年3月北海道大学薬学部卒業、94年3月東京大学大学院薬学系研究科修士課程修了、95年3月東京大学大学院薬学系研究科博士課程を中退し助手に着任、97年10月大阪大学産業科学研究所助手、(2001年1月〜02年3月米国ハーバード大学Schreiber研究室<日本学術振興会海外特別研究員>)、07年4月千葉大学理学部化学科助教授、10年4月千葉大学大学院理学研究科(現・理学研究院)教授に就任。

2017年6月号掲載


世界シェア2位の輸出規模。その大半が千葉県に!

──先生は有機合成化学がご専門で、来年千葉大でスタートするヨウ素に特化した研究施設「千葉ヨウ素資源イノベーションセンター(*)」のプロジェクトリーダーを務めておられるそうですね。今日はその「ヨウ素」を中心に、お話をお伺いできればと思います。今回、初めて知ってとても驚いたのですが、ヨウ素は唯一、日本が輸出できる元素資源だとか…。

荒井 はい。最近よく耳にするメタンハイドレートや海底鉱物資源など、日本には他にも資源がないわけではないのですが、コスト面を考慮すれば、現時点で経済として成り立つ資源はヨウ素以外にはありません。

──とても貴重な資源なのですね。輸出規模はどれくらいですか?

荒井 現在、世界で第2位、約28%のシェアがあります。そのうちの大半は千葉県で採れるもので、おおよそ世界のヨウ素資源の5分の1は千葉産ということになります。

ヨウ素結晶。ヨウ素は常温では固体として存在する。強酸で気化しやすい性質のため、取扱いには注意する必要がある。ヨードチンキのようなにおいがする
〈写真提供:荒井孝義氏〉

 
──ほう、それはすごい。なぜ千葉でそれほど多く採れるのでしょうか?


荒井 千葉にはメタンガスが出る日本最大の水溶性の天然ガス田があり、ヨウ素はその副産物でもあります。ガスは地下水(塩水)に溶け込んでおり、ヨウ素も同様の状態で含まれているのですが、この地下水に特に多くのヨウ素が含まれていることが判明し、資源として注目されるようになったのです。

──なぜ千葉のガス田で特に含有量が多いのですか?

荒井 ヨウ素はもともと海藻や海洋生物の体内に濃縮されているものです。千葉のガス田のあたりは太平洋プレート、フィリピン海プレートといった2つの地層がぶつかりあう所で、生物の死骸などが堆積しやすく、それがガス田になったものと考えられます。

造影剤、ディスプレイなどの原料に。製品は全て外国から輸入

──そもそもヨウ素というのは何に利用されているのでしょうか? 私などはヨウ素といえば、ヨードチンキやうがい薬をイメージする程度です。 

ヨウ素はその殺菌作用からうがい薬などにも用いられている
(写真はイメージ)

荒井 確かにヨウ素は殺菌作用が強いので、古くからそうした消毒・殺菌薬に用いられてきました。しかし、2000年代以降は、液晶ディスプレイや工業用触媒、農業関連製品など、用途の幅が拡大しています。中でも現在、一番多く用いられているのはレントゲンやCTスキャンの際に使われる造影剤です。ヨウ素はX線の吸収が大きく画像のコントラストがきれいに出るのです。世界のヨウ素資源の約3分の1が、ヨーロッパやアメリカで造影剤に加工されています。

──一番多いのが造影剤とは意外です。日本ではつくっていないのでしょうか?

荒井 残念ながら、開発が出遅れたことで、造影剤に限らずうがい薬なども全て外国から輸入しています。

──原料が豊富に採れるのに、外国から製品を買っているとは、なんだか損をしているような…。

荒井 おっしゃる通りです。試算によると、ヨウ素は、原料では1tあたり300万円で輸出、それを元につくられた製品を1tあたり2億円で輸入していることになり、つまり日本では原料を安価に輸出して、実に65倍以上もの値段で製品を買っているわけです。

──65倍! それはもったいない。


ヨウ素は古くから消毒・殺菌薬に用いられてきたが、近年は用途の幅が拡大。中でも現在は、レントゲンやCTスキャンの造影剤に一番多く用いられている(写真はイメージ)

荒井 はい。まさにそれが、来年「千葉ヨウ素資源イノベーションセンター」を設立する理由でもあります。日本という国は、これまで石油などの資源を安価で輸入して、高付加価値な製品を製造・輸出することで経済発展を遂げてきました。ところが、唯一の資源ともいえるヨウ素が、まさに逆の道をたどっている…。ヨウ素はこの20年で世界の需要が3倍に増加するほどの注目の資源であるにも関わらず、です。センター設立を契機に、なんとかこの状況を打破したいと考えています。

─具体的には?

荒井 千葉大ではすでに20年、ヨウ素を研究してきた土台があり、千葉にはヨウ素関連企業も集積しています。これらを結び付けて産学連携で研究・開発できる製造拠点をつくり、より経済効果の高いヨウ素の活用方法を考えていきます。センターには、一企業では購入が難しい高度な大型分析装置なども各種備える計画で、ヨウ素の研究・開発は今後大きく前進すると思われます。

──近い将来、日本製の造影剤ができる可能性もありますね。

荒井 ええ。ただ、従来品と同等のレベルでは勝負できませんから、日本オリジナルとなるような、別の強みを持つ造影剤が目標です。例えば、現在の製品より副作用の少ない、安価な造影剤などです。そのほかにも、同じく医療分野でいうと、特定のがんの患部周辺にだけ集積する薬剤の開発も予定しています。
また、次世代の太陽電池と言われるペロブスカイト太陽電池の研究も行います。ペロブスカイト太陽電池では、その結晶構造中にヨウ化鉛が含まれているのですが現在普及している太陽電池より安価に製造でき、塗料のように壁などに塗布して使うことができるようになるため、今、大変注目されています。

ヨウ素の機能を用いる有機反応の開発研究の様子(写真提供:荒井孝義氏)

──すでにさまざまな製品の開発を計画されているのですね。実用化はいつごろを目途に?


荒井 5年後がひとつの目安です。それまでに計画のいくつかを製品化できればと考えています

──実用化されればさらにヨウ素の需要も高まり、大きな経済効果が期待できますね。

抽出効率・リサイクル率を高め、供給量をアップ!

荒井 一方で、今後は、そうした需要増を見据えたヨウ素資源の供給の手法も重要なカギとなってきます。それもセンター設立目的の一つです。

──といいますと?

荒井 このガス田のヨウ素を含んだ地下水には採取寿命があり、現時点で約600年とされています。また、ヨウ素採取のために地下水をくみ上げることで、地盤沈下が起こる可能性があり、需要の増加に応じてくみ上げ量を増やすという訳にもいきません。そこでセンターでは、地下水からの抽出率を高め、使用済みヨウ素のリサイクル率を上げることで、ヨウ素供給量の増加に取り組みます。

──現在の抽出率はどのくらいなのですか?

荒井 90%程度です。たかだか残り10%ですが、これを95%、97%と上げていくことで、かなりの増産につながる見込みです。リサイクル率についても、千葉県と協力して、回収率を現在の30%以下から50%以上にすることを目指しています。

──研究・開発と合わせて、ヨウ素の供給量も増やすという両輪で研究に臨まれるわけですね。センター設立により、今後のヨウ素活用の可能性が飛躍的に高まりそうです。ぜひ、千葉発信で、日本が注目されるようなヨウ素製品が登場することを期待しております。
本日はどうもありがとうございました。



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