こだわりアカデミー

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本対談記事は、アットホーム(株)が全国の加盟不動産会社に向け発行している機関紙「at home time」に毎号掲載の同名コーナーの中から抜粋して公開しています。宇宙科学から遺伝子学、生物学、哲学、心理学、歴史学、文学、果ては環境問題 etc.まで、さまざまな学術分野の第一人者が語る最先端トピックや研究裏話あれこれ・・・。お忙しい毎日とは思いますが、たまにはお仕事・勉学を離れ、この「こだわりアカデミー」にお立ち寄り下さい。インタビュアーはアットホーム社長・松村文衞。1990年から毎月1回のペースでインタビューを続けています。
聞き手:アットホーム株式会社 代表取締役 松村文衞
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人間の皮膚をモデルに、有線でも無線でもない 新しい情報通信技術を開発しています。

人工皮膚で通信が可能に?二次元通信の可能性

東京大学大学院情報理工学系研究科 システム情報学専攻准教授

篠田 裕之 氏

しのだ ひろゆき

篠田 裕之

しのだ ひろゆき 1965年、神奈川県生れ。88年、東京大学工学部物理工学科卒業、90年、同大大学院計数工学専修修了、95年、博士(工学)。90年、同大助手、95年、東京農工大講師、97年、同大助教授、99年、カリフォルニア州立大学バークレー校客員研究員などを経て、2000年より現職。情報処理や情報伝達機構に触覚を組み込むことによってセンサやインターフェイスデバイスの能力を拡大する研究に従事、具体的には、触覚素子を応用した人工皮膚や、人間の皮膚に本物らしい触感を人工的に生じさせる触覚ディスプレイなどのほか、人間の皮膚を観察する情報入出力用センサなどを研究・開発。1999年、IEEE ICRA The Best Conference Paper Awardなど、多くの学会賞を受賞している。

2007年6月号掲載


人間の「触覚」に工学的にアプローチ

──先生は、皮膚の感覚をモデルにした、工学的な研究をされていると伺っております。皮膚というと、医学や化学、生物の分野なのでは…、と思うのですが。

篠田 もちろん私は工学系です。でも、人間の感覚に興味を持ったんです。

人間の感覚といえば、目はカメラが、耳は集音マイクなど、それぞれ代用する道具は既にあります。しかし、触覚を代用できるものはまだありません。人間の触感、つまり皮膚が得る情報の仕組みは、今でも解明されていないことが多く、言葉にできない面白さがあるんです。ちなみに、ロボットを研究している学者には、人間の感覚に興味がある人が多いようです。

二次元通信シートイメージ。柔軟な布などに多数のセンサを集積し、高速で通信することを可能にする「二次元通信」は幅広い分野に

二次元通信シートイメージ。柔軟な布などに多数のセンサを集積し、高速で通信することを可能にする「二次元通信は幅広い分野に"通信革命"をもたらす可能性がある<画像提供:篠田裕之氏>

 

 

 

──確かに、面白いテーマですね。人間の皮膚は、温度や圧力はもとより「ざらざら」や「ぬめぬめ」など、素材感やテクスチャー(手触り)といったものまで、いろんな情報を得ることができますよね。

篠田 そうなんです。人間の皮膚には、刺激を感じるセンサが点在していて、それらがさまざまな情報をやりとりしています。どのような信号がやりとりされているか、最近の研究で大体の仕組みは理解できるようになってきましたが、人間の触覚にはまだまだ分らないことが沢山あります。

言葉にしにくいのですが、例えば一人がペンを持って、もう一人がそのペンを引き抜こうとすると、もともとペンを手にしていた人は、ちょうど引き抜かれないくらいの力でもって、ペンを掴みます。触覚で判断し、こういった力加減を変えることができるのは人間ならではなんです。

──それだけ精巧にできているということですね。

篠田 はい。しかしその一方で、目をつむっている人の腕などに少し離れた2点の刺激を与えると、正確な2点間の距離が分らない、また、2点あることすら分らない場合もあります。

人間の触感は高度なのに、曖昧。刺激を感じるセンサの機構自体はあまり複雑ではなさそうなんですが、ネットワークすることで、複雑な情報処理をしているようなんです。


人工皮膚の研究を二次元通信に応用

──ところで、人工皮膚の研究はどのような分野に応用されているのでしょうか?

篠田 人工皮膚の研究は、柔軟な素材の中にセンサを埋め込みネットワークさせる、いわばやわらかいものに回路をつくる技術です。そのため、通信技術に応用できると考えています。

──通信技術…。それは意外ですね。

篠田 はい。「一次元通信」や「三次元通信」ではない、「二次元通信」を可能にする通信素材です。

──通信技術で一次元といえば、光ファイバーなどの有線、三次元は赤外線などの無線がありますね。二次元通信は面で通信するということですか?


二次元通信シート上に置かれた照明や扇風機といった機器が稼働している様子。動源は二次元通信シート内部から各機器に供給されるため、配線が要らない
二次元通信シート上に置かれた照明や扇風機といった機器が稼働している様子。動源は二次元通信シート内部から各機器に供給されるため、配線が要らない
二次元通信は、周辺機器が多く、情報セキュリティが求められるコンピュータや、商品管理やマーケットデータ収集が必要な小売店舗などでの活用が期待される
二次元通信は、周辺機器が多く、情報セキュリティが求められるコンピュータや、商品管理やマーケットデータ収集が必要な小売店舗などでの活用が期待される<画像提供:篠田裕之氏>

篠田 はい、そうです。

例えば一次元通信は、2つの機器間での通信では合理的な形態なのですが、通信機器が増大すると配線作業が煩雑になるほか、配線や実装がコストの大半を占め、割高になります。また、三次元通信は1対多数の機器間の情報通信ではメリットがあり、配線の問題は解消されるのですが、情報を空中に伝播するため、情報漏洩の危険があります。また、電磁波による外部機器や人体への影響といった懸念もあるんです。二次元通信は、こうしたこれまでの通信技術の問題点を解決する手法としても注目を集めています。

──ちなみに、どういった構造になっているのでしょうか?

篠田 シートの表面や内部に電磁エネルギーを局在させる方法がいくつか考えられているのですが、基本的には情報を通信するマイクロ波をシート内に閉じ込め、そこに結合するノード(ネットワークに接続された通信機器などを指す。本来は「結び目」の意)が通信と電力取得を行なう方法を採っています。

──人間の皮膚が内部で情報伝達しているように、シート内で情報をやりとりさせるということですね。


LAN、情報家電等々、二次元通信の活用法はさまざま

──さて、二次元通信はどのように応用できるのですか?

篠田 LANや情報家電、コンピュータ周辺機器の接続など、多様な分野での利用が想定できます。

例えば、壁紙や床材、卓上のマットなどに通信シートを応用すれば、通信ケーブルを引き回す必要のないネットワーク環境が構築できます。

机の上にこの二次元通信シートを置いておけば、同じシート上に置かれたコンピュータや周辺機器がつながりますし、シート上にただ置けばいいわけですから、機器が増えても新たに配線する必要がありません。ちなみに同様のことが無線でもできますが、無線機器にはバッテリーが必要で、暗号化によって情報セキュリティを確保しています。その点、二次元通信では信号が漏れるという心配もなく、より強固なセキュリティシステムが可能です。これは、電波を出してはいけない病院内などでのネットワーク使用でも重宝します。

また、小売店などでは、二次元通信シートを陳列棚に置くことで、店頭で客が手に取った商品やその回数・時間などから商品の動向が分り、盗難防止やリアルタイムでの棚卸などの物品管理ができるという仕組みも可能になるのです。

さらに、最近の車は高機能化が進み、100箇所以上にセンサが付いていますが、それぞれのセンサは配線により稼動しています。しかし二次元通信シートを内装材などに組み込めば、車内スペースの効率化や重量の軽減だけでなく、コストの削減にもつながると思っています。

──車の内装材として埋め込むような通信媒体となると、伸縮可能なやわらかな素材でなければ実現できませんね。

篠田 はい。二次元通信とは、もともと触覚素子など多数のセンサを導電性繊維のニットなどの上に結合していくために開発された技術です。布地などに硬い部品を固定してしまうと、そのことによって布が硬くなってしまいますし、引っ張ったら壊れてしまいます。そのため、これまでの回路は硬い基板かせいぜい曲げられるフィルム上などでなければ構築できませんでした。

二次元通信では素子と通信層が近付くだけでよく、通信基板の決まった位置に固定する必要がありません。そのためにやわらかい素材の中にも回路をつくることができるのです。

(左)2層の誘電層で誘電体をはさんだ二次元通信シートの基本構造。これにより、マイクロ波を伝搬させることが可能に。(右)柔軟な二次元通信シートを皮膚に密着させることで、高密度な筋電パターンを検出。携帯電話や小型情報機器への情報入力インターフェイスやスポーツ、作業などのスキルの記録や伝達、遠隔操作システム、ゲームなどへの情報入力端末、義足など人間の動作をサポートする機器を操作する際の入力デバイスなど、さまざまな応用例が考えられる

(左)2層の誘電層で誘電体をはさんだ二次元通信シートの基本構造。これにより、マイクロ波を伝搬させることが可能に。

(右)柔軟な二次元通信シートを皮膚に密着させることで、高密度な筋電パターンを検出。携帯電話や小型情報機器への情報入力インターフェイスやスポーツ、作業などのスキルの記録や伝達、遠隔操作システム、ゲームなどへの情報入力端末、義足など人間の動作をサポートする機器を操作する際の入力デバイスなど、さまざまな応用例が考えられる

このような二次元通信ですが、そもそもはマイクロ波の回路設計が簡単にできるようになったことや、微小チップなどが開発されるなど、総合的なテクノロジーが進展した結果、私どもの取り組みが可能になったんです。

──なるほど、人工皮膚や触感の研究は、だからこそ実現可能になったんですね。

篠田 そうなんです。

触覚技術のマーケットがどれくらいあるかはまったく未知ですが、「研究室は一つのベンチャー企業である」をモットーに活動を続けていきたいと思っています。

──先生が基礎的、原理的な研究成果にとどまらず、実用技術の開発をも目標に活動されている姿勢は大変すばらしいと思います。

今後とも応援しています。本日はありがとうございました。

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