こだわりアカデミー

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本対談記事は、アットホーム(株)が全国の加盟不動産会社に向け発行している機関紙「at home time」に毎号掲載の同名コーナーの中から抜粋して公開しています。宇宙科学から遺伝子学、生物学、哲学、心理学、歴史学、文学、果ては環境問題 etc.まで、さまざまな学術分野の第一人者が語る最先端トピックや研究裏話あれこれ・・・。お忙しい毎日とは思いますが、たまにはお仕事・勉学を離れ、この「こだわりアカデミー」にお立ち寄り下さい。インタビュアーはアットホーム社長・松村文衞。1990年から毎月1回のペースでインタビューを続けています。
聞き手:アットホーム株式会社 代表取締役 松村文衞
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人間が作り出したモノから 人間の心の移り変りを読み解く、 それが「進化考古学」です。

人間の心の変化が分る進化考古学

岡山大学大学院社会文化科学研究科教授

松木 武彦 氏

まつぎ たけひこ

松木 武彦

1961年愛媛県生れ。専門は日本考古学。大阪大学大学院文学研究科博士課程修了。モノの分析を通してヒトの心の現象と進化を解明し、科学としての歴史学の再構築を目指している。研究テーマは、弥生〜古墳時代の日本列島史と吉備地域史の考古学的調査研究、戦争と平和の考古学的研究、進化・認知科学を用いた考古学理論の再構築、日本列島およびブリテン島先史社会の比較考古学的研究。日本考古学協会、考古学研究会、大阪歴史科学協議会などに所属。著書は、『進化考古学の大冒険』(新潮社)、『列島創世記』(全集・日本の歴史1)(小学館)、『日本列島の戦争と初期国家形成』(東京大学出版会)、『人はなぜ戦うのか−考古学からみた戦争−』(講談社)など多数。

2010年7月号掲載


例えていうなら考古学は「鑑識」、進化考古学は「プロファイリング」

──先生は、「進化考古学」がご専門と伺っております。「進化考古学」とは耳慣れない言葉ですが、いわゆる「考古学」とはどう違うのですか?

松木 考古学というのは、人類が残した遺跡や遺物を発掘調査し、そこでどんな出来事があったのかを物理的に推理・解釈することで、年代測定や歴史の裏付けを行なうものです。
一方、進化考古学は簡単にいうと「人の心の問題」を扱うもので、時代ごとに変化する人工物から人の心がどう変っていったのか、そのモノや人の社会的な役割や意味は何だったのかを探るものです。警察の捜査に例えると、今までの考古学は「鑑識」、進化考古学は「プロファイリング」といえます。

──人工物から当時の人の心の動きを読む・・・。確かに、これまでの考古学にはないユニークな視点で、非常にエキサイティングです。
ところで、先生はなぜこうしたことにご興味を持たれたのでしょうか。

松木 私は子供の頃、算数は大の苦手だったのですが、理科は大好きで。それでいて歴史好きだったので、大学は文学部に進み、国史学の研究室に入りました。最初はみんなに合せて文系の考古学をやっていたのですが、そのうちに理科好きの自分がムクムクと現れてきまして(笑)。自然科学の領域からのアプローチで、人間社会の歩みのメカニズムを論じ直すことができるのではないか、と考え始めるようになったのがきっかけです。

──確か先生は、ロンドン留学の際に現在の研究の礎を築かれたとか。


 

松木 はい。進化考古学のメッカであるロンドン大学に留学して進化の基礎理論を学んだ際に、身体と同じように人間の心も生物学的な進化の産物であると考えるようになりました。さらに研究を進めていくと、巨大モニュメント、美、宗教などの成立ちには、必ず人の気持ちが関わっているということが明確になり、文字や国家・民族形成、戦争といったテーマも、人間の心の変化が作り出したモノであると捉えるようになったのです。

武器の形と分布から、弥生時代の戦乱の単位と範囲を推定する。戦いのあった場所ごとに武器の形が似ているのが特徴(資料提供:松木武彦氏)
武器の形と分布から、弥生時代の戦乱の単位と範囲を推定する。戦いのあった場所ごとに武器の形が似ているのが特徴(資料提供:松木武彦氏)

 

「血」のつながりから「知」の共有へ国家・民族の成立ちを探る


──先生のご著書「進化考古学の大冒険」を拝読させていただいたところ、実に幅広い範囲にわたって研究を進められていることが分りました。中でも特に、国家や民族の成立ちに人の心がどう関わっていたのか、といったテーマについて、進化考古学をベースにおおまかな流れを伺いたいと思います。

われわれホモ・サピエンス(原生人)が誕生したのは、約20万年前のことだそうですが、現在あるような国家や民族といった集団の意識、アイデンティティはいつ頃から現れてきたのでしょうか。

松木 人類もはじめは、今のチンパンジーのような少数の血縁集団で暮らしていました。それが、知識を共有するさらに大きな集団に変っていったのは、縄文時代に「定住」と「農耕」という生活様式が確立したことが前提となった可能性が高いと思われます。

──といいますと?

松木 狩猟と採集を生業として、転々と移り住んでいた時代には、身の周りにたくさんの道具を置くことに制約がありました。持ち運べるものは限られ、恒久的な住まいを持つことができなかったのです。

ところが、農耕生活が始まり定住する社会になると、住まいが作られ道具も一気に増えました。また、墓地なども発達し、それらは自分達と祖先をつなぐ記念物として入念に管理され、後世に継がれることになります。そうした人工物を、血縁を超えたたくさんの人々が共有することで「知」を共有し、仲間意識も徐々に育まれ、民族としてまとまっていったのです。

──なるほど。人工物を共有することによって、「血」よりも「知」のまとまりに発展していくわけですね。
一方、耕地や領地の拡大競争、食糧の争奪といった「戦い」も、集団形成の要因の一つになったのでは?


 

松木 おっしゃる通りです。
定住と農耕の始まりは、集団同士の間に抗争を生み出しました。その戦いから身を守るため、集団がまとまったり、同盟を結んだりしてさらに大きくなっていったのです。そして、「われわれ」という意識を強め、結束をより固めるために、複雑に凝った儀礼の行為や、一目で印象に残る記念物、神話や歴史などを作り出して、共有知を強化していきました。

──象徴的な人工物として、例えば日本の場合は「古墳」などのモニュメントが挙げられますね。

松木 はい。大きなまとまりを保つためには、人々が心を寄せることのできる「何か」を具体的な形として示す必要がありました。もちろん、支配者が権力を誇示するために強制的に作らせたというケースもあったかもしれませんが、私はむしろ、周りの人々が求心的に集まって作ったのではないかと考えています。

「勝負砂(しょうぶざこ)古墳」(岡山県倉敷市真備町、古墳時代中期の前方後円墳)にて地層を調査する、岡山大学考古学研究室のメンバー。2001年から発掘調査を開始、第7次調査として、後円部の竪穴式石室の発掘を行なっている(写真提供:松木武彦氏)
「勝負砂(しょうぶざこ)古墳」(岡山県倉敷市真備町、古墳時代中期の前方後円墳)にて地層を調査する、岡山大学考古学研究室のメンバー。2001年から発掘調査を開始、第7次調査として、後円部の竪穴式石室の発掘を行なっている(写真提供:松木武彦氏)

確かに、圧倒的な武力で人々を一時的に掌握することはできるかもしれませんが、人間の気持ちはそう長く抑え続けられるものではありません。こうした求心性がどのように働いたのか、ということを一つの軸として、日本の国家の形成過程を考えていくと、当時にもフランチャイズの強みといったものがあって、人々の心の中で「大和の政権と結んでいたほうが何かと都合がいい」といった気持ちが働き、自然と人が集まってきていたのではないでしょうか。

──なるほど。しかし、一時期は隆盛だった古墳も、規模がだんだんと縮小され、400年程続いた古墳時代が終焉しますね。どうしてなんですか?


 

松木 一つは、世界宗教である仏教が日本に伝わり、寺院が建立されるようになったことが原因です。さらに二つ目の要因として、文字の出現がモニュメントの存在意義に大きな影響を与えたことが挙げられます。
文字ができたことにより、王や神などのルーツを固定化できるようになりました。同時に、モニュメントで権威を示さなくても、宗教そのものが権威の象徴になったのです。

──文字の出現と世界宗教の伝播により、モニュメントは大きく、印象深く作り上げる必要がなくなったということですね。それで、古墳はモニュメントとしての性格を失い、その性質は「墓」へと移り変っていったと・・・。

松木 はい。モニュメントの例に限らず、変化というのは突然に起こるものではなく、周辺環境や人々の心の動きなどいろいろな要素が絡まり合って、徐々に形を変えていくものなのです。

「戦争はなぜ起きるのか」を考古学的に解明する

──ところで、先生が今最も、力を入れておられるご研究は?

松木 20代に研究を始めた「戦争はなぜ起きるのか」というテーマです。戦争の根源は、雌をめぐる雄と雄との戦いから、兄弟ゲンカ、経済的な欠乏、宗教などさまざまですが、古代から現代に至るまで、戦争は常に世界のどこかで起こっています。日本でも、縄文時代の人骨を調べたところ、弥生時代に比べると圧倒的に少ないとはいえ、頭蓋骨陥没や防御創など、戦いの跡が見られる骨が多数存在することが分っています。
戦いの歴史が本格的に始まるのは弥生時代、つまり農耕の普及以降のことです。そうして現在に至るまでに、社会において戦争は「文化化」していったのです。

石斧の原産地を訪ね、北イングランドの山岳地帯を探索する様子(写真提供:松木武彦氏)
石斧の原産地を訪ね、北イングランドの山岳地帯を探索する様子(写真提供:松木武彦氏)

──複数の国家・民族・宗教が存在する以上、戦争は避けられないものなのでしょうか。

松木 残念ながら・・・。
戦争の文化は、これまでの人間の進化の道筋において根付いているものです。それを解きほぐしていくのは大変だと思うのですが、まずは戦争がどのように始まったのかを古代に遡って分析することで、戦争をなくすための第一歩が始まるのではないか、そう思って研究を続けているところです。

英国ウェールズの鉄器時代要塞には、石積みの城壁に小さな入口が付いている。ローマ軍の侵略に抵抗した歴史を持つ(写真提供:松木武彦氏)
英国ウェールズの鉄器時代要塞には、石積みの城壁に小さな入口が付いている。ローマ軍の侵略に抵抗した歴史を持つ(写真提供:松木武彦氏)

──考古学的視点から戦争を研究することで、人間の戦争に対する心境がより明確に分ってくれば、それを回避する道も見えてくるのでは、と期待しています。
本日はありがとうございました。

 


近著紹介
『進化考古学の大冒険』(新潮社)

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