いいおもちゃは、見る力や聞く力、コミュニケーション 能力などを、身に付けるための手助けをしてくれるんです。

いい「遊び」や「おもちゃ」で、生きる力を身に付ける

東京おもちゃ美術館館長

多田 千尋 氏

ただ ちひろ

1961年東京都生れ。明治大学法学部卒業後、プーシキン大学（ロシア）に留学。科学アカデミー就学前教育研究所、国立玩具博物館研究生として幼児教育・児童文化・おもちゃなどを研究。芸術教育研究所所長、早稲田大学講師、TBSラジオ子ども電話相談室回答者なども務める。また、同氏が理事長を務めるNPO法人日本グッド・トイ委員会で、「おもちゃコンサルタント」の養成に務めるほか、乳幼児教育・子ども文化、高齢者福祉・世代間交流についても研究・実践している。著書に『世界の玩具事典』（共著、岩崎美術社）、『グッド・トイで遊ぼう』（共著、黎明書房）、『おもちゃのフィールドノート』（中央法規出版）、『先生も子どももつくれる楽しいからくりおもちゃ』（共著、黎明書房）など多数。

2008年10月号掲載

子どもと大人が一緒に遊べる 「東京おもちゃ美術館」

──先生は古今東西のおもちゃ10万点を収蔵・展示する「東京おもちゃ美術館」の館長でいらっしゃいます。館内を拝見しましたが、ただおもちゃが展示されているだけではなく、入場者が実際におもちゃを手にとって遊べるような仕掛けが数多く設けられており、大勢の子どもや大人が一緒になって遊びに没頭している様子が大変印象的でした。

	世界各国のおもちゃ約10万点を所蔵する「東京おもちゃ美術館」。おもちゃにまつわる文化や歴史などを紹介しているほか、入場者が実際におもちゃで遊んだり、作ったりすることができる

多田　ありがとうございます。当美術館では、多世代の方に遊びを通じていろいろなものを感じ、コミュニケーションを図っていただきたいと考えていまして、おもちゃの文化や歴史についてご紹介するほかに、手にとって遊べる仕掛けをたくさん用意しています。

東京・中野で１９８４年に開館し、２００８年４月にここ東京・四谷に移ってきたのですが、移転後すでに３万５０００人もの方にご来場いただきました。正直、こんなに多くの方に来ていただけるとは思っていなかったので、私が一番驚いています（笑）。

──建物も、天井が高くて明るくて、気持ちがいい建物ですね。

多田　ええ、創立１００年の伝統があった旧四谷第四小学校を、廃校後、リノベーションしたものです。戦災を免れた歴史的な建物でもあるんですよ。

遊びは「発明の母」「創造の母」

──ところで、おもちゃというと、「そんなものはおもちゃだ」だとかいわれるように、ただ楽しむためだけの『なぐさみもの』とも捉えられがちです。しかし、先生のご著書を拝読しているうちに、私の深層心理にあったおもちゃへの畏敬の念がふっと浮かびあがってきました。というのも、おもちゃや、おもちゃを使用した遊びを通じて、得たものが非常に多かったからです。

多田　そうですね。当美術館の礎を築いた私の父（編集部注：多田信作氏）は美術教育の研究者だったのですが、「人間が最初に出会うアートはおもちゃだ」と、生前によく語っていましたし、私自身も遊びは発明の母であり、創造の母であると思っているんですよ。

──その通りだと思います。

遊びは、ただ生命を維持したり、種族を残すという意味では、一見必要なさそうに思えますが、生きていくためのトレーニングという意味もある。人間をはじめ、高等動物には「遊ぶ」という行動があることが知られていますが、人間は遊ぶ際に道具を使う。それがおもちゃですね。

多田　その通りです。

実際、南アフリカのカラハリ砂漠にいるサン族の社会では、子どもがおもちゃの弓矢でトカゲや小鳥を狙って遊んでいます。これはまさしく、狩人としてのトレーニングになるものです。

そろばんの玉約10万個が詰まった「播州そろばん」コーナー（写真上）。そろばんの玉が入った箱の中を、桟（さん）を持ってかき回すと、玉が軸に刺さる。実際のそろばん職人もこうして玉を詰めているのだとか

“一人遊び”が蔓延する現代、楽しみ方も受動的に

──ところで、最近はおもちゃや遊びのスタイルが随分変ってきたように思いますが・・・。