こだわりアカデミー

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本対談記事は、アットホーム(株)が全国の加盟不動産会社に向け発行している機関紙「at home time」に毎号掲載の同名コーナーの中から抜粋して公開しています。宇宙科学から遺伝子学、生物学、哲学、心理学、歴史学、文学、果ては環境問題 etc.まで、さまざまな学術分野の第一人者が語る最先端トピックや研究裏話あれこれ・・・。お忙しい毎日とは思いますが、たまにはお仕事・勉学を離れ、この「こだわりアカデミー」にお立ち寄り下さい。インタビュアーはアットホーム社長・松村文衞。1990年から毎月1回のペースでインタビューを続けています。
聞き手:アットホーム株式会社 代表取締役 松村文衞
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人間の心の闇が生む「妖怪」。 そこに日本人の民俗性を見ることができます。

妖怪から見る日本人の心

文化人類学者・民俗学者 国際日本文化研究センター教授

小松 和彦 氏

こまつ かずひこ

小松 和彦

こまつ かずひこ 1947年、東京都生れ。70年、埼玉大学教養学部教養学科卒業、76年、東京都立大学大学院社会研究科博士課程修了。信州大学助教授、大阪大学教授を経て、97年より現職。主な著書に『憑霊信仰論』(94年、講談社)、『異人論』(95年、筑摩書房)、『悪霊論』(97年、同)、『神々の精神史』(同年、講談社)、『京都魔界案内』(2002年、光文社)、『日本魔界案内』(同)、『神なき時代の民俗学』(同年、せりか書房)、『異界と日本人絵物語の想像力』(03年、角川選書)、編著に『日本妖怪大全』(同年、小学館)など多数。

2004年1月号掲載


妖怪は人間や文化を考えるための「装置」

──先生は妖怪学の第一人者としてご活躍されていらっしゃいます。本日は妖怪の魅力や妖怪をめぐるお話をいろいろとお伺いしたいと思っていますが、そもそも妖怪学とはどういうことを研究する学問なのでしょうか?

小松 文化人類学の切り口の一つです。文化人類学とは、その地域の生活習慣や家族のあり方、農具、お祭りなどから民俗の特性を研究するものですが、私は妖怪を切り口として、日本人の民俗性を見出そうと思ったのです。

──他にテーマはいくらでもあるのに、なぜ妖怪を選ばれたのですか?

小松 おそらく多くの方がそうだったと思いますが、子どもの頃から日本の妖怪話や、西洋のフランケンシュタイン、ドラキュラといったものが好きだったんです。それに、妖怪を切り口にした研究はまだ誰もやっていなかったので、これは面白いと。

最初は「妖怪なんか学問の対象にはならない」といわれたりもしましたが、お陰さまで今では「学」として立派に認知されるようになりました。

子どもの頃から妖怪話やフランケンシュタイン、ドラキュラが好きでした」(小松和彦氏)
子どもの頃から妖怪話やフランケンシュタイン、ドラキュラが好きでした」(小松和彦氏)

──宮崎駿監督の映画もそうですが、今、妖怪を描いた漫画や小説がとてもヒットしています。そういう方達は、先生のご著書に刺激を受けてヒット作品を生み出しているようですね。

小松 そういう方達を知的に刺激することも、ある意味、私の仕事かもしれません。こうした相乗効果もあって、妖怪や妖怪学への関心が高まっているんだと思います。

──妖怪ブームはまだまだ続きそうですね。

それにしても、どうして私達はこんなに妖怪に心惹かれるのでしょうか?子どもの頃はもちろんですが、大人になった今でも、妖怪話と聞くとなんとなく耳をそばだててしまいます。妖怪とは一体何者なんでしょうか?

小松 妖怪は、人間の心の闇、恐怖心から生れたものです。

例えば暗闇や背後など実際に目に見えないところ、社会に対する不安などが妖怪を生みます。過去の歴史をみても、戦国時代や幕末など、社会情勢が不安定になると必ず妖怪ブームが起こっています。今のブームの背景にも、同じことがいえるのではないでしょうか。

人間は、身近にある目に見えないもの、未知なるものへの恐怖心をそのままにしておくのは不安なので、それをコントロールするために名前を付けたり、形を与えたり、拝んだりすることで、自分を安心させるのです。

見えないものに対する不安は、いつの時代も変らないもの。妖怪は文化を探る上でとても大きな「装置」なんです。

こうして作り出される妖怪は、当然時代や地域、民俗、文化によって違ってきます。

──妖怪は世界中にいるのですか?

小松 いないところはまずないでしょうね。

しかし、やはりそれぞれの文化で特徴があって、例えばヨーロッパの妖怪はデビルやサタンをベースにした悪者です。ヨーロッパでは善と悪、神と悪がはっきり区別されているので、神ではない未知なるものは悪となってしまうのです。

それに対して日本の妖怪は、ご存知のとおり八百万(やおよろず)の神です。菅原道真のように怨霊も祀(まつ)ると神になって、私達を守ってくれる。必ずしも善悪で分けられない、両面性を持た、むしろ人間的な存在といえます。


時代とともに変る妖怪の姿

──妖怪は時代によっても違うとのことですが、日本ではどのように変遷してきたのですか?

小松 古くは自然や動物などに対しての畏敬の念から、そういうものをベースにした妖怪が誕生しました。例えば、鬼や天狗、河童がそうです。

──鬼といえば、源頼光が退治した「酒呑童子(しゅてんどうじ)」の話が有名ですよね。

小松 京都の大江山に住む酒呑童子を頭とする鬼の一党を、毒酒で退治する話ですね。酒呑童子は、病気や災厄をもたらすものを「鬼」として祓(はら)い落とすという陰陽道信仰をベースに生み出されたと考えられますが、もともとは土地神だったという説もあります。

──いずれにしろ、人間が制御できないものに対する畏敬の現れですね。

小松 それから時代が下がると、人工物(道具)から生れる妖怪が登場します。これは、人々が自然から離れ、文化(人工物)に囲まれた生活を送るようになり、人工物にも魂が宿ると考えられるようになったからです。

「付喪神絵巻(つくもがみえまき)」や「百鬼夜行絵巻(ひゃっきやぎょうえまき)」などのように、使い捨てにされることに怒った古道具たちが妖怪になってパレードをするという絵巻がたくさん描かれています(下絵参照)。

※『化物婚礼絵巻(ばけものこんれいえまき)』はこちら

—— それまでの鬼や天狗といった恐ろしい姿から、ちょっと愉快な姿になりましたね。

小松 この頃から、妖怪には物語性やスケールの大きさよりも、種類の多様性が求められるようになってくるんです。ある意味、妖怪の「キャラクター化」といえますね。

そして、社会がさらに成熟してくると、今度は人間関係が生活の重要な要素となり、四谷怪談のように人間の幽霊、妖怪が主流になります。

—— 妖怪の姿から、その時代の社会や文化、人々の心が見えてくるのですね。


1万6,000件の妖怪が集結!データベースを大公開

—— 昨年、各地に散らばっている妖怪や怪異を集めたデータベースをインターネット上で公開されましたが、大変な人気のようですね。私も拝見させていただきましたが、ものすごいボリュームで驚きました。

小松 約1万6,000件収録しています。ジャンル別に多いものから順番にいうと、キツネ、天狗、タヌキ、河童、大蛇、蛇、鬼…と続きますが、キツネだけでも1,546件、天狗が831件、タヌキが575件もあります。

『怪異・妖怪伝承データベース』。約1万6,000件の妖怪が収録されており、名前や地域から検索できる。
小松和彦氏監修(国際日本文化研究センターホームページ内)

本年度末には、さらに2000件追加する予定です。

──それだけ集めるのはご苦労されたのでは?

小松 伝承を中心に拾い集めたのですが、地域によって偏りがでないように気を遣いました。どの地域にどんな妖怪がどれだけいるか、数量から何が見えてくるかというのは民俗性を探る上で重要な要素ですから。

──妖怪一つひとつについての説明が簡潔にまとまっていて、何時間でも飽きずに見ていられるくらいでした(笑)。ただ、欲をいえば、それぞれの妖怪の姿形が分る絵画があるともっと面白いなあと…。

小松 私もそう思っていて、実はすでに準備を進めているところです。今は視覚がものすごく求められる時代ですからね。絵巻物などの絵画をデータベースに組み込んでいって、妖怪の持つあの雰囲気をより伝えられるものにしていきたいと思います。

多くの人に見てもらって、妖怪の面白さを再発見してもらえるとうれしいです。

──完成が待ち遠しいです。

本日は楽しいお話をありがとうございました。


近著紹介
『異界と日本人 絵物語の想像力』(角川選書)

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