こだわりアカデミー

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本対談記事は、アットホーム(株)が全国の加盟不動産会社に向け発行している機関紙「at home time」に毎号掲載の同名コーナーの中から抜粋して公開しています。宇宙科学から遺伝子学、生物学、哲学、心理学、歴史学、文学、果ては環境問題 etc.まで、さまざまな学術分野の第一人者が語る最先端トピックや研究裏話あれこれ・・・。お忙しい毎日とは思いますが、たまにはお仕事・勉学を離れ、この「こだわりアカデミー」にお立ち寄り下さい。インタビュアーはアットホーム社長・松村文衞。1990年から毎月1回のペースでインタビューを続けています。
聞き手:アットホーム株式会社 代表取締役 松村文衞
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インドネシアで出会った旅する売薬行商人・香具師(やし)。 その姿は、まさに「フーテンの寅さん」です。

インドネシアの寅さん−怪しい行商人の世界−

文学者(比較文化論) 桃山学院大学名誉教授

沖浦 和光 氏

おきうら かずてる

沖浦 和光

1927年大阪府生れ。53年東京大学文学部英文科卒業。61年に桃山学院大学講師となり、教授を経て、82年から学長を務め、現在は名誉教授。著書に 『竹の民俗誌』(91年、岩波書店)、『日本文化の源流を探る』(97年、解放出版社)、『瀬戸内の民俗誌』(98年、岩波書店)、『インドネシアの寅さん』(98年、岩波書店)ほか多数。

1999年7月号掲載


香具師の中には奇術を見せる芸達者も

これから得意の口上が始まるところ。マルク諸島のアンボン市にて
これから得意の口上が始まるところ。
マルク諸島のアンボン市にて

──ところでインドネシアには、どれくらいの数の香具師がいるんですか。

沖浦 だいたい3000人くらいいるといわれています。彼らはインドネシアの島々を旅しながら薬売りをします。「寅さん」がそうだったように、香具師の本領は歯切れよく口上をまくし立てる啖呵(たんか)にあり、この善し悪しが売り上げを左右します。この売り方を「啖呵売(たんかばい)」というんですが、実際に見ているとそのシャベクリに圧倒されますよ。

──ただ薬の効能を説明して回るのではなく、独特のパフォーマンスで通行人の関心を惹きつけるんですね。

沖浦 そうなんです。やり方としては、まずヘビや大トカゲ、ワニなどで人寄せをします。たいていはヘビを用いるんですが、例えば、素知らぬふりをして道にヘビを置いておき、香具師の仲間がそのヘビを踏み「ぎゃー」と叫ぶんです。すると「何事だ」と人が集まり始める。そこへ香具師がやってきて、世間話や世相の批判など取り混ぜて、あることないことをゆっくりとした口調で話し出すんです。始めは周りを取り囲む観客も少なく、物珍しさから集まってくる子供がほとんどでして、「あんまり上手でないな」と思って見ていると、徐々にピッチが上がってくる。そして、だんだん観客が増えてくると、得意の大道芸をやり始めるんです。少しずつ小出しにして、最後にクライマックスを持ってくる。

「エイヤ!!」と歯を抜くところ。スラウェシ島・トラジャ地方の山村の市場で
「エイヤ!!」と歯を抜くところ。
スラウェシ島・トラジャ地方の山村の市場で

──きちんと計算されていて、まるで舞台ですね。

沖浦 そうなんです。最後のクライマックスで薬の効能に入るんですが、その頃は観客もびっしり取り囲み、さらに啖呵に力が入ります。香具師も観客もテンションが最高潮に達した時、そこでサッと商品を売るんです。絶妙なタイミングです。でも本当に、「うまいなぁ」と感心させられる香具師は、3人に1人ぐらいの割合しかいませんね。

──「うまいなぁ」と思わされた香具師は、どんな感じでしたか。

沖浦 95年の夏にフローレス島で見たのですが、1本の細い木の上に大きな石をのせたり、火の燃えさかる紙を口に入れたりという奇術で、観客の心をつかんでいた香具師がいました。その芸はすごかったですね。さらに彼は薬の効能を示す場面で、つぶした電池を胃腸薬とともに飲み込んだり、手首をわざと火傷させ、塗り薬をつけて見せたりするんです。

沖浦氏がインドネシアの各地方え購入してきた薬(香具師が売っていた万能薬と精力剤)
沖浦氏がインドネシアの各地方で購入してきた薬
(香具師が売っていた万能薬と精力剤)

──もちろん、それらの薬は、医者が処方する薬ではない?

沖浦 そうです。蛇などの動物からとった膏や、植物のエキスなどの漢方薬系が原料のようです。その種類は、かつての日本と同じく、万能薬や精力剤が主流で、ほかに胃薬、育毛剤、はたまた惚れ薬なるものが売られています。

効き目としては、まんざらでもないようですね。彼らは1か所に3か月くらい滞在することもあるわけで、インチキであれば、あっという間にその噂は広がってしまいますから。かく言う私も、目が疲れていたので目薬を買って試したんですが、つけた瞬間目がくらくらして…(笑)、少し経つとすっきりしてきました。


近著紹介
沖浦氏の著書『インドネシアの寅さん』(岩波書店)
近況報告

※沖浦和光先生は、2015年7月8日にご永眠されました。生前のご厚意に感謝するとともに、慎んでご冥福をお祈り申し上げます(編集部)

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