こだわりアカデミー
クマの行動・繁殖を追跡調査。 冬眠・出産など 独自の生態が明らかに!
クマと出会ったらどうする?
北海道大学獣医学研究院教授
坪田 敏男 氏
つぼた としお

1961年大阪府出身。83年北海道大学獣医学部卒業、88年北海道大学大学院獣医学研究科博士課程修了。91〜93年イリノイ大学(アメリカ合衆国)にアメリカクロクマの冬眠・繁殖研究のため留学。95年岐阜大学農学部助教授。2003年同大学教授。04年同大学応用生物科学部教授。07年北海道大学大学院獣医学研究科(現在、研究院)教授。
2017年10月号掲載
人里に入り込むクマ。死んだふりは本当に有効?
──先生は野生動物医学・保全医学がご専門で、特にクマの生態に詳しいと伺っています。クマといえば、最近、人里に出没したというニュースを頻繁に見るようになりましたが…。
坪田 はい。エサを求めて人里へ入り込むクマが増えています。
──なぜ人間の住むエリアにエサを求めて立ち入るようになったのでしょうか?
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| サケを捕るヒグマ。ヒグマは現在、北海道に約5000頭生息している〈写真提供:坪田敏男氏〉 |
坪田 クマはドングリが大好物で、本来ならドングリのなるミズナラやコナラといった樹木さえあれば人里遠く離れた奥山で生きていけます。しかし、かつて、伐採によりそうした樹木が減少したため、栗や柿の実などの新たなエサを求めて、人口の減った山里の農村にやってくるようになったのです。クマは学習能力が高いので、エサがあると分かればどんどん人間の居住区に近づいてきます。
──今、日本全体で何頭くらいいるのでしょうか?
坪田 日本には、北海道に生息するヒグマと、本州と四国に生息するツキノワグマの2種がいますが、ヒグマは約5000頭、ツキノワグマは約3万頭いると見られています。
──けっこう生息しているのですね。最近は、人間がクマに襲われることも増えていますが、クマに出会ったらどうしたらいいのですか?
坪田 クマは基本的に憶病な動物で、身の危険を感じると反撃してきます。そのため、もし遭遇した場合は、距離を取ることが先決です。急いで逃げると動物の本能として追いかけてきますので、少しずつゆっくりと離れます。攻撃してきた場合でも、「ブラフチャージ」といって威嚇行動である場合が多いので、まずはあわてないことが重要になります。
──「死んだふり」とよく言いますが、実際に有効なのですか?
坪田 それで助かった人はいます。アメリカなどでは、基本的な対処法で「急所となる頭を隠して死んだふりをする」とされています。一方で、クマの眉間を攻撃するなど、戦って難を逃れる人も多いのですが…。
──なるべくなら出会いたくないものですね。
坪田 それが一番の対処法です。山の中を歩く際には声を出すとか、手をたたくとか、鈴を鳴らすなどして、人間の存在を知らせればクマの方から寄って来ることはありません。日本では山菜採りの最中に襲われるケースが一番多いのですが、夢中になって周囲が見えていないために知らないうちにクマに近づいていると考えられますので、常に周囲の気配を気にすることも必要です。臭いがしてこないか、威嚇の唸り声が聞こえないかに注意をし、また、クマの足跡やフンを見つけたらただちにその場から離れてください。私は約30年クマの調査をしていますが、これまで1度も危険な目に遭っていません。人間側が気を付けることでおおよその被害は防げるものです。
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| ツキノワグマの足跡(写真上)とフン(写真下)(約15cm)〈写真提供:坪田敏男氏〉 |
子孫を残せるのは限られたオス。メスは冬眠中に出産・子育て
──先生は今、どのような調査をされているのですか?
坪田 北海道の知床国立公園をフィールドに、ヒグマを捕獲して発信機をつけて放し、行動を追跡する生態調査を10年ほど続けています。
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| ヒグマを捕獲し、発信機をつけて放し行動を追跡する。左が坪田氏〈写真提供:坪田敏男氏〉 |
──何か興味深い発見などはありましたか?
坪田 オスの行動圏が、メスよりはるかに大きいことが分かりました。繁殖のために広範囲にメスを探しているようです。といっても、どのオスでも子どもをつくれるわけではありません。採取した遺伝子を分析してみると、限られたオスの子どもが多いことが分かりました。
──限られた、というとやはり強いオスですか?
坪田 はい。ヒグマの中でも400�垓瓩ぢ腓�なオスが遺伝子を残しているようです。
──より強い子孫を残すための法則が自然と成り立っているのですね。一方、メスは一度に何匹くらい子を産めるのですか?
坪田 ヒグマは1回に1〜3匹、一生のうちに5〜6回出産します。クマの出産は特長的で、実は冬眠中に出産するんです。
──冬眠中に?母グマは寝ていないのですか?
坪田 いえ、眠っているんです。母グマは、冬眠前にドングリなどを食べて、体重の30〜40%に相当する体脂肪を貯め込みます。そうすることで冬眠中に一切飲まず食わずでもミルクが出るようになり、眠っている間に出産して生まれた子グマは冬眠中の母グマのおっぱいを吸って5�堋�度の大きさまで育つのです。
──寝ながら出産、子育てするとは、面白い生態ですね。
坪田 はい。ですから受精卵の発育も、冬眠に合わせたサイクルになっているんです。クマは一般的に夏に交尾するのですが、交尾後から冬眠に入る11月あたりまでの約5カ月、子宮の中で受精卵(胚)の発育を止めているんです。そして冬眠に入ってから2カ月、胎児として成長しておなかの中から出てきます。
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| 冬眠中のアメリカクロクマ。約4カ月間、穴の中で飲まず食わずで過ごす〈写真提供:坪田敏男氏〉 |
──冬眠というシステムを実に効率よく利用していますね。
九州のクマは絶滅。行政と連携で保全・管理を
──今後のご研究の展開は?
坪田 まだまだ分かっていないことも多いので、「繁殖」や「冬眠」を中心に、クマの生態を解き明かしていきたいです。同時に、保全や管理にも力を入れていきたいと考えています。クマは、分布域の拡大とともに、全体的に見れば生息数が増加しているのですが、一方で大規模な森林開発などの影響により、絶滅が危惧されている地域もあるんです。
──そういえば、九州にはいないと聞いたことがあります。

坪田 はい、残念ながらツキノワグマは九州では絶滅したと推測されます。四国でも今、おそらく高知に30頭程度しかいないとみられ、まさに絶滅の危機に瀕しています。私はクマの研究仲間と共に、クマと人間の共存を目指すNGO「日本クマネットワーク」で活動しているのですが、そのNGOで今後3年間、四国のツキノワグマの生態を調査し、保全活動を行う予定です。また行政にも管理・保全面で働きかけていきます。欧米などでは、環境省が各州レベルで野生動物の生態に詳しい専門家を配置し、個体数の保全・管理をしていますが、日本はそうした面でまだまだ遅れをとっています。少しでも欧米レベルに近づけていければと考えています。
──生態系や環境の保全という観点から見れば人間と野生動物との共存は必須だと思います。クマの生態の謎の解明も含め、先生の今後の調査・研究、ご活躍に大いに期待しております。
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| 麻酔がかかったツキノワグマと坪田氏〈写真提供:坪田敏男氏〉 |
「世界のクマ研究最前線|クマが生きられる環境を未来に残したい」
坪田先生は現在、「世界のクマ研究最前線|クマが生きられる環境を未来に残したい」というテーマでクラウドファンディングを実施されています。一般に知られていないクマの現状や、クマの生態・生理を周知すること、クマ類の保全に向けた研究を前に推し進める資金を募ることを目指した活動です。
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