こだわりアカデミー
海の生態系の王者、サメ。 深海駿河湾で謎の解明に挑む
サメの不思議な生態に迫る
東海大学海洋学部教授
田中 彰 氏
たなか しょう
1952年神奈川県生まれ。75年東海大学海洋学部水産学科卒業。80年東京大学大学院農学系研究科博士課程修了。農学博士。88年東海大学海洋学部助教授、94年から教授、2014年から大学院生物科学研究科長。1990〜91年にアメリカのウッズホール海洋研究所訪問研究員。国際自然保護連合(IUCN)種の保全委員会サメ専門家グループ、日本水産学会、日本魚類学会、日本板鰓類研究会などに所属。著書に『深海ザメを追え』(宝島社)など。
2016年8月号掲載
魚なのに胎生も。さまざまな環境で生き残る戦略
──先生は、海洋動物学がご専門で、サメ研究の第一人者だと伺っています。海洋にはさまざまな動物がいる中、なぜサメを研究テーマに選ばれたのでしょうか? ずばり、サメ研究の魅力とは?
田中 サメは海の生態系の頂点に立つ王者であるとともに、他の魚にはない、非常に特殊な生態を持っているんです。私は40年、世界各地のサメを調査・研究してきましたが、どうしてそのような生態になったのか、まだまだ謎が多い。なんといってもそこが魅力ですね。
──特殊な生態とは?
田中 例えば、一般的に魚類は卵を産む「卵生」ですが、サメの場合は、種によって繁殖の仕方が違います。卵生の種もいれば、親と同じ形の赤ちゃんを産む「胎生」の種もいるのです。しかも、同じ胎生であっても、哺乳類のように胎盤から栄養を送って胎仔を育てる種もいれば、母体から排卵される卵を胎仔が食べ栄養源とするものなど、多様な繁殖様式を持っているのです。
──それは確かに興味深いですね。なぜそうなっているのかはまだ分からないと…?
田中 はい、謎です。しかしながら、サメが沿岸や外洋、深海そして淡水と広い範囲に生息していることを考えると、そうした多様な環境で生き残っていくための戦略ではないかと…。といっても、サメは1億年以上前に出現しているわけですから、進化の過程で、いずれかの繁殖様式に収れんしていてもいいのですが…。
──むしろその逆で、拡散させる方向で生き残ってきたというわけですね。その他には?
田中 他にも面白い特徴として、サメは脊椎動物なのですが、体の骨が軟骨でできているのです。これは鳥や哺乳類、魚類などの脊椎動物(約6万8500種)のうちサメ・エイ類を含む軟骨魚類(約1190種)とヤツメウナギなどを含む無顎類(約130種)だけです。軽くて柔らかい軟骨のおかげで、サメはしなやかに泳ぐことができます。また、骨が柔らかい反面、歯が固く抜け替わるというのも面白い特徴です。
さらに、「第6感」ともいわれる微弱な電気を感知する能力を持っています。頭部に「ロレンチーニ瓶」という、いわば電気センサーのような器官が備わっていて、砂の中に隠れているエサも探し出せるのです。
先生の主なフィールドは静岡の駿河湾だそうですが、駿河湾には面白いサメがたくさんいるんですか?
田中 はい。日本にいる約130種類のうち半分ほどが生息しています、深海ザメも多く、「世界でも有数のサメの王国」として知られています。駿河湾は最大水深2500mと非常に深く、海洋生物学的にみても地形、海洋構造がとても面白いフィールドなのです。
──サメ王国ですか。研究のテーマが豊富にありそうですね。
サメの減少が海の生態系のバランスを崩す
田中 さらに加えますと、生態系の王者であるサメを研究することは、結果的に海の生態系を守ることにつながります。これもサメ研究の醍醐味です。
──といいますと…?
田中 実は今、サメの減少が深刻な問題になってきています。海の生態系・生物生産ではピラミッド型の頂点にサメがいて、その下に中型の魚、小型の魚、動物プランクトン、植物プランクトンなどが続くのですが、サメが少なくなることで、必然的に下位にいる生物が増える。そうすると今度はその下にいる生物が減る現象が起こり、生態系のピラミッドが次第にいびつになってきます。これは海の生態系にとっては大きな脅威です。
そのような観点からも今、サメを保護する必要性が高まっており、分布や繁殖方法、食性といったサメの生態を知る研究がますます重要になってきているのです。
2014年4月14日、世界で捕獲例が58例(当時)しかない、「幻のサメ」と呼ばれるメガマウスザメのメス(体長約4.4m)が水揚げされ、田中彰教授の下、5月に公開解剖を実施。見学には1500人が訪れた〈写真提供:田中彰氏〉 |
──これまで捕れた魚や貝なども捕れなくなる、捕れる魚が偏るという現象も起こっているんですね。でもなぜ、サメは減っているのですか?
田中 人間による捕獲です。漁獲技術などの進歩により人間が海に及ぼす力は大きくなりました。フカヒレ料理の材料として乱獲されたことが大きな原因です。
──具体的な影響は出てきているのですか?
田中 例えば九州の有明海では、捕食者のサメが減少したことでエイが増え過ぎて問題になっています。サメの減少とエイの増加の因果関係は科学的に証明されていませんが、エイが増えると漁師が大事にしている貝が食べられてしまうし、水をきれいにしていた貝が減ることで、海が汚れる。だからといってエイを駆除してしまうと、生態系が単純化していき、下位生物だけのピラミッド型生態系になってしまってバランスがどんどん崩れていきます。今、日本のみならず、世界的にもサメの減少が危惧されています。
──世界的にも…。では、先生のなさっているような保護のための調査や研究は、海外でも進んでいるのですか?
田中 はい。アメリカやオーストラリアでも力を入れ始めました。実はアメリカでも以前からサメ研究はされていたのですが、もともとの出発点は、サメを忌避する目的でした。戦時中にアメリカ海軍が、船が沈没する際に兵士をサメから守るために、サメが嫌いな匂い物質を探し出そうと始めたのです。
──そうだったんですか!? それで現在は?
田中 研究が進むうちにサメの生態が面白いことに気付いた研究者が出てきて、機能・感覚や行動などが研究され始めたんです。
──サメは映画などの影響もあって、怖いイメージが先行し、正直、人間がサメを守るという意識は薄かったのですが、海を守るためにもサメを守っていかないといけないのですね。
同じ名前で違う種類も。曖昧さが多いサメの分類
──今後の研究テーマをお聞かせください。
田中 ひとつはサメの分類です。深海ザメは古い時代から生息しているので、同じ種が世界中に広がって生息しています。しかし、現在のサメの分類は、20世紀初頭にかけて海外でなされたもので、まだまだ曖昧な部分が多い。同じ学名が付いているのに実は違う種類だということもあるのです。特に水深500mほどに生息するヘラツノザメという種が曖昧なので、まずはその分類を明らかできればと考えています。
──分類によりまた新たな種が誕生するかもしれませんね。
田中 その可能性もありますね。もうひとつのテーマは、駿河湾で発見できるシロシュモクザメは、なぜか子どもばかりなので、その親たちはどこにどれくらいいるのかを知りたいと考えています。子の遺伝子の多様性を調べることでおおよその親の個体数が分かり、それによって保護対策を考えていこうと思っています。
──分類や個体数が分かることがサメの生態の謎をさらに解き明かし、またサメの保護にもつながっていくことでしょう。今後の成果に期待しています。本日はどうもありがとうございました。
水深500mほどに生息するまだまだ分類が曖昧なヘラツノザメ(写真上)〈写真提供:田中彰氏〉。駿河湾ではシロシュモクザメの子どもが多くみられる(写真下) |
田中 彰先生は2018年3月末をもって、東海大学を退職されました。
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