こだわりアカデミー

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本対談記事は、アットホーム(株)が全国の加盟不動産会社に向け発行している機関紙「at home time」に毎号掲載の同名コーナーの中から抜粋して公開しています。宇宙科学から遺伝子学、生物学、哲学、心理学、歴史学、文学、果ては環境問題 etc.まで、さまざまな学術分野の第一人者が語る最先端トピックや研究裏話あれこれ・・・。お忙しい毎日とは思いますが、たまにはお仕事・勉学を離れ、この「こだわりアカデミー」にお立ち寄り下さい。インタビュアーはアットホーム社長・松村文衞。1990年から毎月1回のペースでインタビューを続けています。
聞き手:アットホーム株式会社 代表取締役 松村文衞
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深海と宇宙。 極限に生きる生物を比較すれば、 生命とは何かがわかると思います。

極限環境で生命の起源を探る

(独)海洋研究開発機構 深海・地殻内生物圏研究分野 分野長

高井 研 氏

たかい けん

高井 研

1969年京都生まれ。97年、京都大学大学院農学研究科水産学専攻博士課程修了、同年より(独)海洋研究開発機構(JAMSTEC)の研究者に。日本学術振興会特別研究員、科学技術振興事業団科学技術特別研究員などを経て、2009年より(独)海洋研究開発機構、海洋・極限環境生物圏領域 深海・地殻内生物圏研究プログラム プログラムディレクター、14年より深海・地殻内生物圏研究分野 分野長。12年9月よりJAXA宇宙科学研究所客員教授を兼任。著書に『生命はなぜ生まれたのか─地球生物の起源の謎に迫る』(幻冬舎新書)、『微生物ハンター、深海を行く』(イースト・プレス)など。

2014年5月号掲載


カギは400度の熱水噴出孔。何千mもの深海で微生物を探す

──先生は「生命の起源」を明らかにするために研究をされていると伺っています。誰でも興味のあるテーマだと思いますが、そもそも生命とはどういうものなのでしょうか。

高井 私としては、生命というものの一番しっかりした定義は、NASAの「ダーウィン進化を受けることが可能な自律自己保存的な化学システム」だと思っています。でも、これだと、何言っているかわかりませんよね(笑)。だから日本では一般的に「自分を維持するために代謝する・子孫を残す・外の世界と区別できる内部組織がある・進化する」の4つを生命(生物)の定義としています。

──そうすると、先生の研究テーマである「生命の起源」とは、そのような4つの仕組みを持つもので進化を逆戻りした、一番単純なものということになるのでしょうか?

高井 そうです。

──具体的にはどのようにご研究をされているのですか?

高井 深海の「極限環境」に生きる微生物を研究しています。微生物は、深海、土の中、また強アルカリ性・強酸性の中と、どんな場所・環境でも存在しています。そうした極限にいる微生物を調べていけば、生命が存在できる「限界」を知ることができる。そこには生命が誕生する条件とか、生まれる仕組みとか、生命起源のヒントがきっとあるはずなんです。

──深海の極限環境とはどのようなところなのですか?

高井 熱水噴出孔という非常に高温の熱水が噴出している場所です。昨年は、世界でもっとも深いといわれているカリブ海の調査に参加したのですが、深度5000mの場所で400度もの熱水が噴き出ていました。

深海の熱水噴出孔で発見された微生物、「超好熱メタン菌Methanotorris formicicum」の電子顕微鏡写真〈(c)Ken Takai/JAMSTEC〉


──400度! そんな高温の中に生物がいるんですか?

高井 はい、いるんです。地球に海が誕生した40億年前からこうした熱水噴出孔は存在していて、世界中で500ヶ所以上発見されています。でも、ここまで高温な場所はまだあまり調査が進んでいないんですよ。世界の海底には誰も採取したことのない微生物がまだまだたくさんいるはずです。

カリブ海調査で約400℃の高温を記録したビービ熱水域の「ブラックスモーカー」。熱水が亜鉛・銅・鉄などの硫化物を多く含んでいるため、海水と反応して黒色になる〈(c)JAMSTEC〉

──世界にはそんなにたくさん生命起源の誕生スポットがあるんですか? ということは、今でも新しい生命の起源が生まれる可能性があるということになりますよね。

高井 そうです、今でも生まれている可能性はあります。

──なるほど。それはすごいことですね。でも先生のおっしゃる通りなら、生命の起源がもっとたくさん存在してもいいのでは? 私たちの祖先は系統をたどると一つに集約されるとされていますから、なんだかそれと矛盾しているような気がするのですが。

高井 確かにそう感じるかもしれませんね。ただ、進化というものは「淘汰」をします。もし、今新しい祖先となる種が生まれたとしても、それはあまりにも弱々しい存在。生き続けることはできないでしょう。人間の祖先は、他の祖先に勝ち抜いて生き残ってきたものなのです。勝ち抜いて地球全体に広がりました。全体に広がれば、隕石が降ってきても火山が爆発しても、どこかで生き延びられますから。

──生命とは、誕生は簡単だけど生き続けることが難しいものなのですね。

カリブ海調査時の「しんかい6500」内部の様子。高井氏は「しんかい2000」を合わせると50回以上深海に潜航している〈(c)JAMSTEC〉


海のある星を調べれば、生命体発見も遠い夢じゃない

──先生は宇宙での探査にもかかわっていらっしゃるとか。深海の調査とどう関係するのでしょうか。

高井 微生物が、過酷ともいえる極限の環境で生きていける原理が分かれば、どこでだって、例えば地球の外でも生きていけるのではないかという考え方も出てきます。だったら火星や月に生命体がいてもおかしくないですよね。

──海さえあれば宇宙にも生命体がいるかもしれないということですね。

高井 その通りです。しかも太陽系には最大13個、海がありそうな衛星があります。今、JAXA((独)宇宙航空研究開発機構)と協力して、こうした衛星から海水のサンプルを持ち帰って調査したいと考えています。生命が存在する条件をクリアしているか、生命の痕跡があるか、生命誕生の可能性を探ってみたいんです。ただ、発生の仕組みが同じでも地球と同じ生命体ができるかというと必ずしもそうではない。環境が違いますからね。宇宙ではまったく別の生命体になっていてもおかしくはないですね。

──そうですね!! SF映画の世界は夢ではないのですね。海がある衛星の中で生命体がいる可能性の高い星は?

 高井 一番可能性が高いのは、土星の衛星「エンケラドゥス」です。NASAの探査機カッシーニによって、唯一確実に海があることが証明されています。他の星は宇宙望遠鏡で確認しただけの情報なんです。ただ、エンケラドゥスはとても遠い。そのせいもあって、最近実施されたNASAの今後の調査プロジェクトの審査も残念ながら通りませんでした。


──もう少し近い他の星では?

高井 2014年1月に、火星の少し向こう側にある小惑星「ケレス」で噴水が見つかり、海がある可能性があります。ケレスなら、「はやぶさ2」を少し進化させた規模の探査機で行くことができます。日本の探査機を飛ばすならケレスの方が可能性が高いかもしれません。ただし予算の問題が…。

──やはり、なかなか狭き門ですね。なんとか予算がつかないものでしょうか。

高井 本当にそこが悩みの種です。ただ、個人的には今後は民間からの寄付という選択肢もあるのではないかと思っています。宇宙で生命体を探すことは、2600年前にギリシャ哲学が生まれたときからの命題で、まさに人類の夢ですから。探査にはだいたい500億円くらいかかるのですが、日本国民約1億3千万人が一人400円も寄付していただければ探査することができます。壮大なスケールの映画を10年くらい見れると思ってくだされば(笑)。

──ぜひ夢の映画を見てみたいですね(笑)。ところで、宇宙に生命体が存在することがわかれば、先生の研究にはどのような影響があるのですか?

高井 生物学では、違う環境にいる「2例目」が見つかると、両者を比較することでいろいろなことが分かるようになります。私たち人類が「地球種」とすれば、2例目の「宇宙種」が見つかることで、生命とは、そして生命の起源とは何か、飛躍的に研究レベルが進むでしょう。今の生物学はたまたま地球で生き残った私たち1種に関するものですから。

──それはまさに生物学の革命ともいえますね。近い将来、どこかの星で新生命体が発見されることを楽しみにしてます。
 本日は、どうもありがとうございました。

有人潜水調査船「しんかい6500」。深度6,500mまで潜行可能〈(c)JAMSTEC〉

海では微生物以外の調査も。インド洋で発見された風変わりな巻貝の一種「スケーリーフット」。1例目は黒色で鉄と硫黄でできている鱗をもつもの。高井氏は2例目となる鱗なしの白いものを発見した〈(c)JAMSTEC〉



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