こだわりアカデミー
「鳥脳力」を侮ってはいけません。 鳥の行動から、ヒトの本質が見えてくるのです。
驚異的な力を秘めた鳥の頭脳
慶應義塾大学文学部人間関係学系心理学専攻教授
渡辺 茂 氏
わたなべ しげる

1948年東京都生まれ。70年慶應義塾大学文学部心理学専攻卒業、76年同大学院社会学研究科心理学専攻博士課程修了。81年同大学文学部助教授を経て、89年同大学文学部教授、現在に至る。95年、ハトを訓練してピカソの絵とモネの絵を区別させることに成功し、イグ・ノーベル賞を受賞。2007年、同大学グローバルCOEプログラム「理論と感性の先端的教育研究拠点」の拠点リーダーを務める。著書は『認知の起源をさぐる』(岩波書店)、『ヒト型脳とハト型脳』(文藝春秋)、『ハトがわかればヒトがみえる』(共立出版)、『脳科学と心の進化』(共著、岩波書店)、『鳥脳力』(化学同人)など多数。
2012年7月号掲載
動物もヒトとは違う形で、脳や心の機能が備わっている
──先生が心理学の立場から鳥の行動を研究・分析しておられる著書『鳥脳力』を大変楽しく拝読させていただきました。
「心理学」と聞くと「人間の心の中を分析する」といった哲学的なイメージを思い浮かべますが・・・。
渡辺 おっしゃる通り、心理学というのは「心を観察する」研究のことですが、私は小さいころから動物が好きで、実はヒトの心よりもむしろ最初は動物の心が知りたかったんです。それで、高校時代には「生物学研究会」に所属し、さらに大学では動物実験を通して人間の心理を学ぼうと思ったのです。
──動物実験で心理学ですか・・・。
でも、どのようにして動物の心とヒトの心理学とがつながるんですか?
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渡辺 動物は人間より単純ですが、その動物たちに共通する原理を導き出していくと、人間の心の分析にもつながるのです。
──確かに、動物と人間に共通した行動はあるかもしれませんが、全然違うところもあるのでは?
渡辺 そうなんです。ですから、その違いを研究することも私のテーマの一つですね。
──人間を頂点として考えるのではなく、それぞれに独立して進化している他の動物との比較によって、ヒトの特性が浮かび上がってくると?
渡辺 その通りです。
生物の進化の中で、私たち人間だけが突然に優れた脳と心を持ったのではなく、他の動物もヒトとは違った形で脳や心の機能を備えているのではないか・・・。私はそういう観点で研究しています。
小さな頭に秘められた驚くべき能力!
──ところで、先生はハトやカラスなど、鳥を実験の対象にされていますね。マウスなどではなく、どうして「鳥」なのでしょう。
渡辺 鳥類は人間と同様、視覚を主体に認知活動を行いますし、昼行性という共通点があるからです。もちろんネズミで実験することもありますが、ネズミは嗅覚を頼りに認知行動を行い、夜行性であるため、テーマによっては研究しにくいこともあるのです。
──なるほど。しかし、人間を知るためであれば、さらに人間に近いサルの方が適しているような気がしますが・・・。
渡辺 そうなんですが、サルは管理が大変で、しかもお金が掛かる(笑)。その点、例えばカラスなどはキャンパスでも捕まえられますし、ヒナから育てると人間を怖がることもありませんからね。
──現実的な問題があるんですね(笑)。とはいえ、鳥とヒトとでは進化の系統が随分と異なりますから、脳の構造も違うのではありませんか?
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研究室の学生と。渡辺研究室には笑いが絶えない |
渡辺 そうですね。構造的にはかなり違っていますが、一方、他の哺乳類よりも、驚くほど人間と類似した、高度で複雑な行動が見られます。
──え? 本当ですか? どんな点が似ているのでしょう。
渡辺 例えば、カラスは道具を「つくって」「使う」ことができます。道具を「使う」動物はいても、「つくる」ことができる動物はなかなかいません。例えば、針金の先を曲げてフック状にし、筒の中のエサを釣り上げるとか。つまり、自分が何をやっているか、目的は何なのかをきちんと分かって道具をつくり、使っているということです。
──それは面白いですね。鳥と人間にそんな共通点があるなんて。
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カラスと渡辺氏。ヒナの頃から育てるため、人間を怖がることはないという〈写真提供:渡辺 茂氏〉 |
渡辺 そうでしょう? 他にも、訓練によって絵の「上手」「下手」を判断することができるハトとか、人間が明日やあさってのことを考えるように、経験や訓練で未来を予測できるようになったカケス(カラス科)とか。
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渡辺氏は、ハトがシャガールとゴッホ、ピカソとモネの絵を見分けることを突き止めた。絵の一部を隠したり、モノクロ化しても区別できた〈写真提供:渡辺 茂氏〉 |
──それはすごい! あんな小さな頭の中に、私たちの想像をはるかに超える能力が備わっているんですね。
渡辺 本当に、日々驚きの連続です。
去年、ドイツのある実験室で「鳥は自分のことを認識できるか」という実験を始めたんですが、ここでもビックリするような実験結果を得ているんですよ。
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カラスの脳を観察する顕微鏡。凍結した脳を40ミクロンの厚さで輪切りにして、神経細胞がどのように分布しているのかを調べ、50枚の脳地図を作成した |
──どんな方法で実験されたのですか?
渡辺 体にこっそりマーキングをして鏡を見せるという実験です。そこで鳥が「あれ? 何か付いてるぞ」という素振りを見せたり、マーキングを取り除こうとすれば、鏡に映っているのが自分だと分かっているという証拠でしょう? これまで実験にパスしていたのは大型類人猿、イルカやゾウで、「鳥にはとても無理だろう」と思われていたのです。
それが、カササギ(カラス科)の実験で認識できたんです! たったの一例ですが(笑)。
──たった一例でも、認識できたという事実に変わりありませんね。実験を重ねていくと、もっとたくさんの発見がありそうです。
鳥の世界に備わっている「社会的な知能」とは?
──先生が今、一番夢中になられていることは何でしょう。
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研究室で飼育しているカラスの前で |
渡辺 鳥の世界に「社会的な知能」は備わっているか、ということです。
人間は、「あの人はこの人よりも偉くて強い」といったような、序列や優劣をもとにした複雑な社会行動を行い、これが知能が高いことの一つの表れだと言えます。鳥の世界にも序列はありますが、そこまでの社会的知能が存在するのかどうか・・・。
また、人間はそうした中で「他人の不幸は蜜の味」のような複雑な感情も持ちます。では、同じような感情が鳥にもあるのか? 実は、それに近い感情があるらしいことが分かる実験を、まずはマウスから進めているところです。
それともう一つ、鳥の繁殖行動の中に美しさを競う一面があります。鳥は美しさをどのように考えるのか、鳥の美意識と人間のそれとの比較にも、興味がありますね。
──新しい発見が生まれる可能性がありそうですね。これからの研究も楽しみです。
本日はありがとうございました。
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『鳥脳力』(化学同人) |
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