こだわりアカデミー

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本対談記事は、アットホーム(株)が全国の加盟不動産会社に向け発行している機関紙「at home time」に毎号掲載の同名コーナーの中から抜粋して公開しています。宇宙科学から遺伝子学、生物学、哲学、心理学、歴史学、文学、果ては環境問題 etc.まで、さまざまな学術分野の第一人者が語る最先端トピックや研究裏話あれこれ・・・。お忙しい毎日とは思いますが、たまにはお仕事・勉学を離れ、この「こだわりアカデミー」にお立ち寄り下さい。インタビュアーはアットホーム社長・松村文衞。1990年から毎月1回のペースでインタビューを続けています。
聞き手:アットホーム株式会社 代表取締役 松村文衞
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誰でも知っている雄しべと雌しべ。でも、植物の受精のメカ ニズムについては、まだ、あまり解明されていないんです。

植物の受精のメカニズム

名古屋大学大学院理学研究科教授

東山 哲也 氏

ひがしやま てつや

東山 哲也

1971年山形県生れ。99年東京大学大学院理学系研究科博士課程を修了。理学博士。99年同大同研究科助手、2007年より現職。日本植物学会特別賞、日本学術振興会賞などを受賞。世界中の植物学者が140年にわたって探し続けてきた「花粉管誘引物質」の同定に世界で初めて成功した。専門は顕微分子生物学。生命現象の中でエキサイティングな局面の一つである生殖を達成させるために鍵となる分子情報の解明、ひいては細胞間コミュニケーションや遺伝・発生に関わるさまざまな生命普遍の機構の解明を目指している。共書に『植物の生存戦略・受精のメカニズムをとらえた!』(朝日新聞社)、『バイオサイエンス 植物の発生と形態形成』(オーム社)、『細胞生物学事典』(朝倉書店)など多数。

2010年3月号掲載


植物の受精の瞬間に何が起こっているのか?

──先生は、植物の「受精」のメカニズムに大きく関係する物質を世界で初めて発見され、また、受精の瞬間を顕微鏡写真でとらえることにも成功なさったそうですね。

そうした業績がなんと外国の有名な科学雑誌にも掲載されたのだとか。大変すばらしいことです。

nature Science
花粉管が卵装置に入り込む瞬間の電子顕微鏡写真は、アメリカの科学雑誌「Science」の表紙を飾った(右)。また、助細胞が花粉管を誘引し、「N」を描いた画像も、イギリスの科学雑誌「nature」の表紙になった(左)〈写真提供:東山哲也氏〉

東山 ありがとうございます。

米国の科学雑誌『Science』2001年8月24日号と英国の科学雑誌『nature』2009年3月19日号に、それぞれ掲載されました。

──ぜひ詳しく伺いたいのですが、植物の受精は動物と違って、2つの精細胞がそれぞれ別の細胞と受精するという、大変特殊な仕組みだと聞いたことがあります。

東山 ええ、そうなんです。

被子植物の受精は、花粉が雌しべに付くと、花粉から花粉管という細い管が雌しべの卵細胞に向かって伸び、その管の中を2個の精細胞が移動して、1つが卵細胞と、もう1つは中央細胞と受精する「重複受精」という方法なんです。

受精した卵細胞は、将来幼植物になる「胚」に、中央細胞は種子の発芽の際に養分を供給する「胚乳」になります。

成熟した花粉の中には、精細胞のもととなる雄原細胞と、花粉管をつくる細胞の花粉管核が入っている

花粉が柱頭に付着すると、花粉管が胚珠の方に伸びていく。花粉管核に続いて雄原細胞が分裂して2個になった精細胞が胚珠に向かって移動する
花粉管核は卵装置に到達すると消滅する。なお、花柱を通った花粉管でないと、助細胞から発せられる花粉管誘引物質に反応せず、卵装置に入っていかない
精細胞の一つは卵細胞と受精し胚に、一つは中央細胞と受精し胚乳になる(重複受精)。胚は幼植物、胚乳は栄養分に。花粉管誘引物質は助細胞から発せられている

──やはり不思議ですね。

しかし、そうした受精の瞬間を直接見ることは難しいのでは。

東山 おっしゃる通りです。

ですから、体外受精をさせて観察するのですが、それには卵装置も花粉管も生かした状態にしなくてはいけない。これがとても難しいことだったのです。

問題は2つありました。一つには、一般的な植物は、種子になる部分である「胚珠」に卵装置(ここでは胚嚢とよばれる雌性配偶体の意で用いる)が癒着している上、何重にも包まれています。そのため、卵装置を生きた状態で取り出すことが大変難しいのです。また、もう一つには、万が一取り出せたとしても、体外受精の場として、花粉管も卵装置もともに培養できるものをつくることが大変難しかったのです。

そのため、これまで誰も植物の受精の瞬間をとらえることができず、何が起こっているのか分りませんでした。

そこで、大学院時代からその2点を解決することを課題に、研究に打ち込んだのです。

課題解決をもたらした 「トレニア」との出会い

──それで、どのようにして卵装置を取り出すことに成功したのですか?




東山 もともと卵装置が胚珠の外に飛び出しているトレニアという植物を用いたのです。

トレニア
トレニアの胚珠

ゴマノハグサ科の一年草トレニア(上)。通常、被子植物の卵装置は胚珠に包まれているが(下左)、トレニアの卵装置は半分外に飛び出している(下右)。そのため、卵細胞が生きたままの状態で観察できる〈写真提供:東山哲也氏〉

いろいろな文献をあさり、めぼしい植物を選んでは試していったのですが、トレニアとの出会いは、大変大きなものでした。

──体外受精の場はどのように?

東山 それまでも、水、カルシウムイオン、ホウ酸、ショ糖を混ぜて寒天で固めたものの上で、花粉から花粉管が伸びる様子は観察されていました。しかし、その上では卵装置を生かしておくことができませんでした。

そこで、双方を生かせるものをと、半ば研究室のみんなにあきれ返られながらも試行錯誤を続け、体外受精の場の開発に成功したのです。

お陰さまで、受精の瞬間をとらえることができました。 

──おめでとうございます!

これまで誰も見たことのない瞬間をとらえたわけですから、大変なニュースになったでしょうね。

植物学者が140年にわたって探し続けた花粉管誘引物質を発見

──ところで、精細胞の運び屋である花粉管ですが、なぜ迷わずに目的地である卵細胞を探し当てることができるんでしょうか?


 

東山 それが植物学者にとって大きな謎の一つでした。

1824年に数学者でもあったイタリアのアミーキという人が、自分でつくった顕微鏡で雌しべについた花粉を観察し、花粉から管が伸びて雌しべに入っていくのを発見。その後、フランスのヴァンティーゲムが唱えたように「卵細胞のある胚珠に、花粉管を誘引する何らかの物質が含まれている」と考えられるようになると、その「花粉管を誘引する何らかの物質(花粉管誘引物質)」を世界中の植物学者が探し始めました。

ただ、理論上考えても、そんなに長い距離を一つのシグナルだけで引っ張るのはやはり無理が多い。というのも、トレニアの場合は2、3cmですが、ユリなどは10cm、トウモロコシにいたっては20〜30cmも花粉管は伸びるんです。

また、これまで140年にもわたって、多くの植物学者が花粉管誘引物質を探しても見付からなかったため、最近では、はたして本当にそのような物質があるのか、とまで疑われていました。

──その花粉管誘引物質を、先生はどのようにして、その存在を証明されたのですか?

東山 体外受精をさせた際に、卵装置を動かしてみると、卵装置を追って花粉管が伸びる様子が観察されたのです。卵装置がなければ、花粉管は無方向に伸びていくだけですが、卵装置を置くと、花粉管は卵装置を目指します。

花粉管
花粉管がトレニアの卵装置を目掛け、伸長している様子。実際には助細胞が花粉管を誘引する物質を発し、花粉管を誘引している。東山氏は世界で初めて植物の受精の瞬間をとらえた。花粉管の直径は約10マイクロメーター(1mmの100分の1)〈写真提供:東山哲也氏〉

卵装置の中には2つの助細胞や中央細胞といったものがありますが、卵装置の中に花粉管誘引物質があると確信した私は、具体的にどの細胞にその物質があるか、卵装置の中の助細胞や中央細胞をレーザーでひとつずつ潰していき、それでも花粉管が誘導されるかどうかを調べたのです。

──それで、ずばり誘引物質のある場所はどこだったのでしょう。

東山 助細胞であることが分りました。

そして助細胞だけを取り出して遺伝子解析をし、受精の際に多く働いているタンパク質を見付けました。それが花粉管を卵装置に誘引している物質だったのです。

ちなみに、花粉と卵装置をただ培地上に置いただけでは、花粉管は卵装置には向かいません。花粉管は花柱を通ったものでなければ、卵装置を目指せないことが分りました。

これまで花柱は花粉管を胚珠の手前に導くトンネルとだけ考えられていたのですが、誘引物質に応対する能力を花粉管に与えていたのです。

──そうしたご研究が世界中で話題になったのですね。

ところで、今後はどのようなご研究を?

東山 もともとは誰も見たことのない受精の瞬間に、どんなことが起きているのか見てみたい、という思いからスタートしたのですが、ますます知りたいところが増えてきまして・・・。例えば花粉管側がどのように誘引物質を受け取っているのかや、受精の際に精細胞が2つとも卵細胞もしくは中央細胞とは受精せずに、厳密に一つが卵細胞、一つが中央細胞に行くのはなぜかなど、まだまだ分らないことだらけです。

そもそも花粉管誘引物質も多数あって、それぞれ別の機能を担っている可能性が出てきたので、そのあたりにも迫ってみたいと思います。

──今後、多くの新しい発見がありそうですね。とても楽しみです。

どうもありがとうございました。



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