こだわりアカデミー

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本対談記事は、アットホーム(株)が全国の加盟不動産会社に向け発行している機関紙「at home time」に毎号掲載の同名コーナーの中から抜粋して公開しています。宇宙科学から遺伝子学、生物学、哲学、心理学、歴史学、文学、果ては環境問題 etc.まで、さまざまな学術分野の第一人者が語る最先端トピックや研究裏話あれこれ・・・。お忙しい毎日とは思いますが、たまにはお仕事・勉学を離れ、この「こだわりアカデミー」にお立ち寄り下さい。インタビュアーはアットホーム社長・松村文衞。1990年から毎月1回のペースでインタビューを続けています。
聞き手:アットホーム株式会社 代表取締役 松村文衞
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16年間冷凍保存されていたマウスから、 体細胞クローンをつくることに成功しました。

クローン技術でマンモスも蘇る?!

独立行政法人理化学研究所発生・再生科学総合研究センターゲノム・リプログラミング研究チームチームリーダー

若山 照彦 氏

わかやま てるひこ

若山 照彦

1967年神奈川県生れ。90年茨城大学農学部畜産学科育種繁殖学卒業、92年茨城大学大学院農学研究科畜産学専攻修了。96年東京大学大学院農学系研究科獣医学専攻修了し、農学博士を取得。同年ハワイ州立大学医学部に留学し、98年同学部助教授。同大学で、世界初の体細胞クローンマウスを誕生させることに成功。99年ロックフェラー大学助教授を経て、2001年より理化学研究所に赴任。08年には、冷凍保存された16年前のマウスの死骸から、体細胞クローンマウスの作成にも成功した。05年文部科学大臣若手科学者賞、06年日本繁殖生物学会賞を受賞。09年には「バイオテクノロジーによる新たな動物繁殖技術の開発」の業績により、第5回「日本学術振興会賞」を受賞した。13年山梨大学生命環境学部生命工学科教授。

2009年12月号掲載


クローン羊・ドリー誕生から1年後、体細胞クローンマウスの生成に成功


──先生は、世界的に注目を集める実験をいくつも成功され、特に「体細胞クローン」の研究では、最先端をいく研究者だと伺っています。クローンというと、96年にイギリスで生れた羊の「ドリー」が有名ですが、クローンをつくる技術については意外に知られていませんね。


若山 そうかもしれません。動物のクローンとは、同じ遺伝子を持った個体を人工的につくることですが、その方法は2種類あります。

一つは「受精卵」からつくり出す方法。分裂を始めた受精卵の細胞の核を取り出し、あらかじめ核を取り除いた別の卵子にその核を移植します。それを仮親の子宮に戻して、子どもを生せるのです。

──一つの受精卵から同じ遺伝子を持ったクローンをつくれますから、一卵性の子どもがたくさんできるということですね。畜産の分野では、昔から使われている手法だと聞いています。

若山 その通りです。もう一つは、皮膚や筋肉など成体の体細胞を使う方法で、これを「体細胞クローン」と呼びます。核を取り除いた卵子に、それらの細胞から取り出した核を移植するものです。この方法で誕生したのが「ドリー」です。

──体細胞の数には限りがないため、その方法を使えば、クローンを無限につくることができますね。

ところで先生は「ドリー」誕生の翌年である97年に、世界で初めて体細胞クローンマウスをつくることに成功されました。世界的権威のある科学雑誌「Nature」にも掲載され、大変な話題を呼びましたね。

そもそも先生は、いつ頃からクローンのご研究を始めたのですか?


 

若山 ハワイ大学留学中に「ドリー」誕生のニュースを知り、私もクローンをつくってみたくなったのです。

ちょうど、ある実験で卵子の中に精子を入れる作業を行なっていたので、その片隅でクローンをつくるための核移植を始めました。その過程で、体細胞クローンマウスをつくることに成功したのです。

アイデアが大切! そして、思い付いたらすぐにやる


──しかし、ドリー誕生後、わずか1年で成功されたとは驚きです。成功の鍵は何だったのですか?

若山 私の研究は、他の研究者に比べたら非常に簡単なんです。通常は理論を組み立ててから実験を始めますが、私は「アイデアを思い付いたらすぐにやる」ということをモットーにしています。さまざまな実験を繰り返すことで成功率を上げ、その結果、理論も分ってくるのではないかと思うのです。

また、アイデアを実現させるテクニックがあったことも、成功の鍵だったのかもしれません。

──なるほど・・・。では、体細胞クローンマウスを成功させたアイデアとは何だったのですか?

若山 マウスは妊娠期間が短いなどの理由から、体細胞クローンをつくることは不可能だといわれていました。しかしある時、細胞分裂を抑える薬を使えば、その障害を克服できるのではないかと思い付いたのです。

──「不可能」といわれているなかで、よく挑戦されましたね。

若山 私は、論文を頭から信じないことにしているんです。論文ばかり読んでいると、思い込みが激しくなって新しいアイデアを思い付かなくなりますから。

そもそも「ドリー」が誕生する以前は、体細胞によるクローン自体が不可能だといわれていたんですよ。しかし、「ドリー」は成功しましたし、論文に「不可能」と書いてあるからといって、挑戦してはいけない理由にはならないと思ったんです。

──それで、アイデアをさっそく実行されて、体細胞クローンマウスを誕生させることができたということですね。

口でいうのは簡単ですが、さぞや大変だったことでしょう。

若山 いやいや、実は体細胞クローンマウスを誕生させることより、その成果を「Nature」に掲載する方が大変で・・・。実験の成功を編集者になかなか信じてもらえず、苦労したんです(笑)。

──ところで、先程おっしゃったアイデアを実現させる「テクニック」とは、一体どのようなものですか?


 

若山 マウスの卵子は直径80マイクロメートルと目に見えない大きさです。その中から核を取り出して、体細胞から取った核と入れ替える。この作業を「マイクロマニピュレーター」という機械を使い、手でデリケートな操作をしながら行なうのです。

■マイクロピュレーターを使って核移植を行なっているところ

マイクロピュレーターを使って核移植を行なっているところ マイクロピュレーターを使って核移植を行なっているところ右
卵子の核を取り除いた瞬間(左・右)  

体細胞の核をガラス針の中に吸い込んだ後・・・
体細胞の核をガラス針の中に吸い込んだ後・・・

取り除いた核を卵子の中に注入する  
なお、ガラスの針の先端は5〜7マイクロメートル。すべて研究室のスタッフの手作り

 

私は、この機械の扱いでは世界屈指の技術を持っていると自負しています。1日に200個もの核移植をすることができるんですよ。

──それはすごい! ミクロの世界で、手先を使って核移植を行なう・・・。まさに『職人芸』ですね。

死骸からのクローン生成にも成功。マンモスの復活も夢ではない!?


──先生は08年に、16年間冷凍保存されていたマウスの死骸からクローンを誕生させることにも成功されましたね。しかし、そんなに長い期間冷凍保存されたものを解凍したら、細胞が壊れてしまうのではないかと思うのですが・・・。

若山 確かに、凍結によって細胞が死滅してしまうと、薬を使っても細胞がバラバラにならず、核を取り出すのが難しくなります。

しかし、それならば最初からバラバラの細胞である「血液」を使えばいいのではないかと思いつき、試してみたところ成功したのです。

──それも素晴らしいアイデアですね!

最近、冷凍状態でほぼ完全な形のまま埋まっていたマンモスの「リューバ」が発見されたそうですが、マンモスはゾウと近縁ですし、ゾウとの間で核移植を行なえば、マンモスの復活も夢ではないのでは?

世界初の体細胞クローンマウス「キュムリーナ」。1歳の誕生日に、チーズにろうそくを立て祝福しているところ。なお、キュムリーナは2歳7か月まで生きた。人間でいうと100歳に当る
世界初の体細胞クローンマウス「キュムリーナ」。1歳の誕生日に、チーズにろうそくを立て祝福しているところ。なお、キュムリーナは2歳7か月まで生きた。人間でいうと100歳に当る

若山 おそらく実現できるでしょうが、マウスの妊娠期間が20日程度であるのに対し、象は約2年も掛かります。また、この実験室にマウスは何百匹もいますが、ゾウを何百頭も用意するのは、なかなか難しい。課題もありますね。

──技術はあるのだからもったいない。ぜひ、実現させてほしいと思います。
今後はどのようなご研究を?

若山 マウスの剥製をつくって、その細胞からクローンがつくれるのか実験したいと思っています。これが成功すれば、絶滅した動物の剥製からクローンを誕生させることができるかもしれません。

──ニホンオオカミなどは剥製が保存されていますから、復活できたら面白いですよね。
先生ならどんな不可能なことでも可能にしてくれる気がします。今後も実験が成功することを楽しみにしています。本日はありがとうございました。


近著紹介
『クローンマンモスへの道』(アドスリー)

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