こだわりアカデミー

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本対談記事は、アットホーム(株)が全国の加盟不動産会社に向け発行している機関紙「at home time」に毎号掲載の同名コーナーの中から抜粋して公開しています。宇宙科学から遺伝子学、生物学、哲学、心理学、歴史学、文学、果ては環境問題 etc.まで、さまざまな学術分野の第一人者が語る最先端トピックや研究裏話あれこれ・・・。お忙しい毎日とは思いますが、たまにはお仕事・勉学を離れ、この「こだわりアカデミー」にお立ち寄り下さい。インタビュアーはアットホーム社長・松村文衞。1990年から毎月1回のペースでインタビューを続けています。
聞き手:アットホーム株式会社 代表取締役 松村文衞
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くだらない口論から発展する男性の殺人は 自己顕示欲の現れ。 その底には配偶者獲得の競争があると考えられます。

ヒトがヒトを殺すとき−進化論からのアプローチ−

専修大学法学部教授

長谷川 眞理子 氏

はせがわ まりこ

長谷川 眞理子

1952年東京生れ。83年、東京大学大学院理学系研究科博士課程修了、理学博士。同年、東京大学理学部助手を経て、専修大学助教授、現在、同大学教授に。その間、87年にケンブリッジ大学動物学教室特別研究員、92年と94年にイェール大学人類学科客員準教授も務める。著書に『クジャクの雄はなぜ美しい?』(92年、紀伊國屋書店)、『オスとメス 性の不思議』(93年、講談社)、『雄と雌の数をめぐる不思議』(96年、NTT出版)など多数。99年11月20日には、殺人行動研究の第一人者、デイリーとウィルソンによる『人が人を殺すとき』(新思索社)を長谷川寿一氏とともに共訳出版した。

2000年1月号掲載


圧倒的に男性の殺人が多い

──どのように殺人を調べるのですか?

長谷川 犯罪心理学者は、個々の事例を深く研究し、その人がなぜ殺人を犯してしまったのかを研究しています。私は、そうではなくて、全体の一般的なパターンをマクロに調べています。

国別、性別、年齢別に、そのカテゴリーの人口100万人当りにして何件の殺人があるかを計算します。全体の人口100万人当りの殺人率は、最近の日本では10人、アメリカでは95人、イギリスでは20人ぐらいです。国によって数値は非常に違います。しかし、どの国、どの文化でも、殺人率は、圧倒的に男性の方が女性よりも高くなっています。

──宗教、文化、経済状況などとは関係がないということですか。

長谷川 はい、歴史的にも、また世界のさまざまな文化でもそうです。

さらにそれを年齢別に見ると、20歳前半の男性に鋭いピークがあり、30歳代から急速に減少していきます。このカーブの形は、統計のある限り、どこの国や文化でも共通しています(グラフ参照)。

殺人率のピークが20歳代前半の男性に見られ、これらはほとんどの社会でも同様の傾向を示す(クローニンのデータより長谷川寿一氏がグラフを作成)
殺人率のピークが20歳代前半の男性に見られ、これらはほとんどの社会でも同様の傾向を示す(クローニンのデータより長谷川寿一氏がグラフを作成)

ところで、男性が殺す相手は、男性、女性、どちらが多いと思いますか?

──何となくですが、男性…。

長谷川 そうです。世界的に見て圧倒的に男性が男性を殺す事件が多いのです。では、どういう葛藤から殺人に発展したのか、一番多い理由は何だと思います?

──お金でしょうか、それとも嫉妬とか妬み、それとも名誉とか…。

長谷川 自己の面子(めんつ)を守る、が最多です。それも第三者から見ればくだらない理由の面子、名誉なんです。例えば、酒場で馬鹿にされた、お前は何の価値もない奴だとののしられた、ジュークボックスにお金を入れたのは俺の方が先だ、ぶつかったのに謝らない、などなどといった口論に端を発する面子を守るための葛藤です。この本当の理由は自己評価、自己顕示欲の現れと考えて良いでしょう。

──驚きました。考え方のぶつかり合いとか、社会的な名誉とかではないんですね。

長谷川 違います。もちろん、いろいろな殺人がありますが、多くは、新聞にも載らないようなものです。日本で1955年に起きた殺人のうち、男が男を殺した273件のサンプルでは、190件がこのようなくだらない口論によるもの、51件がお金がらみ、29件が性的嫉妬となっています。90年代のデータは現在分析中ですが、あまり変化はありません。

──殺人は、女性よりも男性が、それも20歳代が多く、その理由はくだらない葛藤による口論ということですか…。

長谷川 そうです。しかも、このことは、進化的に考えて納得のいくものです。有名なチャールズ・ダーウィンが最初に提唱した「性淘汰の理論」というのがあります。

雄のみが持つクジャクの美しい羽。雌がより美しい羽を持つ雄を選んできたため、このように発達したと考えられる。(写真・提供:長谷川寿一氏)
雄のみが持つクジャクの美しい羽。雌がより美しい羽を持つ雄を選んできたため、このように発達したと考えられる。
(写真・提供:長谷川寿一氏)

性淘汰は、同じ種に属していながらなぜ雄と雌とはいろいろな点で異なるのかを説明する理論で、それには、配偶者の獲得をめぐる同性間の競争と、異性の選り好みという2つのプロセスが作用していると考えられます。シカの角のような形質は、たいていは、雄だけにしかありません。これは、配偶者の獲得をめぐって同性間で闘うときの武器として使われています。配偶者の獲得をめぐる競争が雄同士で闘われる場合には、雄に、このような武器的な構造が雄に発達します。一方、クジャクのきれいな羽やカナリアの美しい歌声などは、闘争ではなく、雌に対する求愛の表示として使われています。雌が、より美しい雄を選んできた結果、このような形質が雄の間に発達したと考えられます。

──なるほど、シカでいうなら大きな角、クジャクはきれいな羽、カナリアは歌声…。これらの優劣により、雄が淘汰されてきたということなんですね。

これが人間の葛藤の背景に当てはまるということですか?

長谷川 そうです。人間も、配偶者の獲得をめぐる競争は、女性よりも男性においての方が強いので、口論で勝ちたい、高い自己評価を得たい、まわりから強い奴だと思われたいという欲求は、男性の方が強いと考えられます。クジャクの羽みたいなものですね。それも、20歳代は繁殖にさしかかる年齢なので、具体的な相手がいるいないにかかわらず、何に対しても男性の自己顕示欲がピークに達している時期だと考えられます。

──形は違えども、その根底には性淘汰の理論があるんですね。


近著紹介
『雄と雌の数をめぐる不思議』(中公文庫)
近況報告

早稲田大学政治経済学部教授に。

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