こだわりアカデミー

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本対談記事は、アットホーム(株)が全国の加盟不動産会社に向け発行している機関紙「at home time」に毎号掲載の同名コーナーの中から抜粋して公開しています。宇宙科学から遺伝子学、生物学、哲学、心理学、歴史学、文学、果ては環境問題 etc.まで、さまざまな学術分野の第一人者が語る最先端トピックや研究裏話あれこれ・・・。お忙しい毎日とは思いますが、たまにはお仕事・勉学を離れ、この「こだわりアカデミー」にお立ち寄り下さい。インタビュアーはアットホーム社長・松村文衞。1990年から毎月1回のペースでインタビューを続けています。
聞き手:アットホーム株式会社 代表取締役 松村文衞
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サンゴは謎の生物。 いろいろな可能性を持った未来資源かもしれません。

サンゴの「増殖」をめざして

東京水産大学水産学部教授

大森 信 氏

おおもり まこと

大森 信

1937年大阪府生れ。60年、北海道大学水産学部卒業後、米国ウッズホール海洋研究所およびワシントン大学大学院留学。63年に東京大学海洋研究所助手、76年にカリフォルニア大学スクリップス海洋研究所客員準教授、78年ユネスコ自然科学局企画専門官を経て、現在、東京水産大学教授に。日本プランクトン学会会長、日本海洋学会評議員なども務める。水産学博士。

1999年6月号掲載


サンゴは、クラゲやイソギンチャクと同じ仲間!

── 「サンゴ」というと、暖かい南の海にあるサンゴ礁が思い浮びます。でも「サンゴって何?」と、周りの者に聞いてみると、「岩」だとか「海の植物」なんていう程度で、意外にもサンゴがどういう生物なのか、一般にはよく知られていないようです。

大森 サンゴは、クラゲやイソギンチャクと同じ仲間で、「刺胞(しほう)動物門」に属します。刺胞動物とは、触手の先にプランクトンなどのエサを捕らえるためのヤリである刺胞を持つ動物をいうんですが、その中でも石灰質の骨格を持つものを総称して「サンゴ」と呼んでいます。

サンゴと一口にいってもたくさんの種類がありますが、私はその中のサンゴ礁をつくる「造礁サンゴ(以下、これをサンゴと記す)」の生態を中心に研究しています。

── クラゲやイソギンチャクと同じ仲間とは驚きです。

ところで、サンゴはあの大きい塊が一つの生き物なんですか?

大森 いいえ違います。サンゴは、多くのポリプと呼ばれるサンゴ虫の集合体です。ポリプは主に無性生殖でクローンをつくりながら増え、それが一つにまとまって生活をする群体性の生物です。個々のポリプは共肉でつながっており、その部分で水中のエサを捕らえながら、炭酸カルシウムを固定して石灰質の骨格をつくるんです。そうやって成長し、巨大な礁を形成していきます。ですから、サンゴの体はほとんどが骨格で、それをポリプの軟らかい組織がおおっている形状であるということになります。

── ということは、活動している部分は表面だけということですか。

大森 そうです。

一方、サンゴは動物プランクトンを捕食する以外に、褐虫藻という藻類をたくさん体の中に住まわせ、彼らからも栄養分をもらっています。この褐虫藻は、日の当る昼間に光合成を行ない、栄養分や酸素を生産しているんですが、その生産物の9割を宿主であるサンゴに受け渡すのです。

── かなり高い家賃ですね。

大森 その代り、サンゴがシェルターとなって、褐虫藻は捕食者から逃れられるわけです。また褐虫藻は、サンゴが出す老廃物や炭酸ガスを光合成に利用しているので、互いに持ちつ持たれつの関係です。

面白いことに、サンゴはもらった栄養分の半分強を体の維持や成長に使いますが、残りは粘液という形で水中に放出しています。しかし、決して無駄になっているわけではなく、それを利用して生きている魚や無脊椎動物がたくさんいるんです。

── なるほど。その放出された栄養を、養分にしている魚たちもいるというわけですね。

大森 サンゴは、ほかにもいろいろ重要な役割を持っています。例えば、サンゴの枝の間に卵を産み付けたり、サンゴそのものをエサにしている生物がいます。サンゴの骨格が砕けて砂となり、やがてそれらが集まって固まり、岩盤や島をつくることもあります。さらに最近では、医の材料としてサンゴが使われ出しています。そのほか、サンゴがつくり出す美しいサンゴ礁は、観光資源として、見る人の心を豊かにしてくれると同時に、自然の防波堤となり、島を波浪から守ってくれます。また、礁には多様な生物が住んでおり、その種類は全海洋生物の15%以上ともいわれる、まさに熱帯の海のオアシスなんです。

しかし、実のところサンゴは未だ謎の多い生物で、サンゴそのものや礁の生態系もよく分っていません。サンゴを含め、礁に住まう生物たちは、医療などに利用できるものがいろいろ満ち溢れている未来資源かもしれません。

美しいサンゴ礁が果てしなく広がる阿嘉島周辺
美しいサンゴ礁が果てしなく広がる阿嘉島周辺

10年から20年後には、半分近くのサンゴが死滅!?

── その未来資源かもしれないサンゴが、絶滅の危機にあるそうですね。

大森 そうなんです。全体の10分の1のサンゴがもう回復不可能な状態にあり、さらに全体の3分の1が、このまま放って置いたら10年から20年後には死んでしまうような状態にあるといわれています。

── 環境破壊などが影響しているといわれていますが、具体的にはどういうことが要因なんですか。

大森 大きく分けて二つあります。一つは自然災害、もう一つは人的災害です。

自然災害というのは、例えば、台風や嵐で壊れてしまう場合や、オニヒトデなどの食害生物が大発生して食べられてしまう場合です。また、水温の上昇により、共生している褐虫藻がサンゴの体から離脱してしまうことによって、サンゴ礁が白化し、死滅していくという現象も、一昨年あたりから世界のあちらこちらで見られるようになりました。

── オニヒトデや白化の被害は、新聞などで見ましたが、大変な被害のようですね。

大森 そうなんです。しかし、サンゴは何万年も前から礁をつくりながら成長しており、その長い歴史を見ると水温の急激的な上昇やオニヒトデなどの食害は、何回も繰り返されてきたことなんです。すなわち、これらの自然災害は一過性のもので、環境が元に戻ると少しずつ回復、再生します。

ところが、もう一方の人的災害は、サンゴに慢性的なストレスを与え続けるので、回復の見込みが非常に薄く、とても深刻です。その一つに赤土汚染があります。これは開発により、陸上から流れ込んだ赤土が水を濁らせることによって起こるもので、褐虫藻の光合成ができなくなったり、サンゴ自体に赤土が降り積ってエサが捕れなくなったりして死滅することがあります。ほかに下水や汚水、また化学肥料が海に流れ込むことも、海水の高栄養化を招き、サンゴに悪影響を与えます。

それから、これは海外のことですが、サンゴ礁に集まる魚を捕るために、ダイナマイトを使って礁を破壊したり、さらに魚を生け捕りしようと、シアンや麻酔剤を使う人々がいるのです。これによってサンゴはやっぱり死んでいく…。


サンゴの保護につながる新しい発見を間もなく発表!

── では、サンゴの絶滅をくい止めるには、人間の活動を抑えることが一番有効だということですか。

阿嘉島臨海研究所では、年に200回以上潜ってサンゴの観察や調査を行なう
阿嘉島臨海研究所では、年に200回以上潜ってサンゴの観察や調査を行なう

大森 そうなりますね。しかし、それには限界があるので、逆に人間の手でサンゴを増やす方法を、サンゴ礁が見られる沖縄の『阿嘉島臨海研究所』で研究しています。この研究所は、一九八九年に熱帯海洋生態研究振興財団が、ケラマ列島の阿嘉島に設立したもので、私も理事として研究活動を手伝っています。

── サンゴを増やす研究とは、具体的にどのようなことですか。

大森 一つに、クローンで増えるという性質を利用した研究があります。実際に、嵐などでバラバラになったサンゴの一部が、別の場所で再生していることから、健康なサンゴを折って挿し木のように移植をするというわけです。しかし、この方法で広いサンゴ礁を修復するのは、難しいようです。費用が、1ヘクタール当り50万円以上もかかり、その上移植したものは根元が弱いためか、移植してから4年後の生存率は5.4−13.2%という低い値が報告されています。

── それでは割に合いませんね。

サンゴは年に1回、満月の夜に一斉に産卵する
サンゴは年に1回、満月の夜に一斉に産卵する

大森 ですからこの方法以外に、有性生殖を利用して増やす方法も研究しています。ほとんどのサンゴは一年に一回、一斉に産卵をします(左の写真を参照)。水中で受精した後、プラヌラと呼ばれる幼生になり、5−7日間海上を漂流した後、海底に着生するわけです。もちろん、その間に魚に食べられたり、海岸に打ち寄せられたりして死んでしまうものもたくさんいて、実際に育つ数はほんのわずかですが…。

── その幼生を育成に適した場所へ持っていって、放せば良いわけですね。

大森 基本的にはそうなんですが、そのままではまた水に流されてしまう危険性があります。実際、幼生は自然界にある何かが「着生しろ」という命令信号となり、それに反応して着生し出すのです。ですから、幼生にその信号を送って、着生し、ポリプに変態するようにして放てばいいわけです。信号の元がどういうものであるか、どういう物質が含まれているのかについてはある程度突き止めており、もうすぐ学会で発表できるだろうと思っています。

── これが成功すれば、サンゴも危機を免れられそうですね。

大森 そうなってくれることを願っています。ただ私達研究者だけでなく、もっとたくさんの人達に、サンゴの危険な現状を知ってもらい、その重要性・必要性を理解してもらうことが大切です。それが真の意味での保護につながると思うんです。ですから、今、阿嘉島研究所では現地の小中学生を対象に「マリン教室」を開催し、サンゴを中心に海の世界について楽しく学習してもらう機会をつくっています。

── 確かに、私達日本人は海に囲まれ、海からの恵みをたくさんもらって生活していますが、サンゴのこと以前に海のことすらよく知りません。もっとサンゴなど海の生物や海そのものについて、私達も勉強しなくてはいけませんね。

本日は、貴重なお話ありがとうございました。



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