こだわりアカデミー

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本対談記事は、アットホーム(株)が全国の加盟不動産会社に向け発行している機関紙「at home time」に毎号掲載の同名コーナーの中から抜粋して公開しています。宇宙科学から遺伝子学、生物学、哲学、心理学、歴史学、文学、果ては環境問題 etc.まで、さまざまな学術分野の第一人者が語る最先端トピックや研究裏話あれこれ・・・。お忙しい毎日とは思いますが、たまにはお仕事・勉学を離れ、この「こだわりアカデミー」にお立ち寄り下さい。インタビュアーはアットホーム社長・松村文衞。1990年から毎月1回のペースでインタビューを続けています。
聞き手:アットホーム株式会社 代表取締役 松村文衞
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一時は30〜50羽まで減って絶滅の淵にいたアホウドリが 今は500〜600羽まで増えました。

アホウドリを絶滅から守る

東邦大学理学部講師

長谷川 博 氏

はせがわ ひろし

長谷川 博

1948年静岡県生れ。京都大学農学部卒業後、同大学理学部研究科(動物学専門)に進む。在学中に出会った英国人科学者に勧められ、アホウドリの研究へ。以後、アホウドリの保護に努め、鳥島に通うこと通算46回を数え、16年にもわたる付き合いの長さに免じてと、「おおあほうどり」と自称する。鳥島のアホウドリを中心に、伊豆諸島海域の海鳥を研究。著書に『渡り鳥 地球をゆく』(1990年発行、岩波書店)等。

1992年9月号掲載


あんなに大きな鳥がはばたかずに飛べるのが不思議

──先生はアホウドリの研究では国内第一人者と伺っておりますが、先生にとってアホウドリの魅力とは何ですか。

長谷川 飛んでいる姿は誰もがいいと思うのではないでしょうか。何ともいえない、不思議さとかっこよさがあります。あんなに大きな鳥が、ほとんどはばたかずにグライダーのようにとんでいるのが非常に不思議です。

空を飛ぶアホウドリ(英名アルバトロス)。細長い翼を広げると2.4mにも達する北半球最大の海鳥である。北大平洋の大海原を住処とし、秋になると繁殖のためにのみ、伊豆諸島鳥島と尖閣諸島南小島に戻る。ひなの巣立ちは毎年5月後半。
空を飛ぶアホウドリ(英名アルバトロス)。
細長い翼を広げると2.4mにも達する北半球最大の海鳥である。北大平洋の大海原を住処とし、秋になると繁殖のためにのみ、伊豆諸島鳥島と尖閣諸島南小島に戻る。ひなの巣立ちは毎年5月後半。

クロアシアホウドリやコアホウドリ等、アホウドリの仲間にもいろいろ種類がありまが、その中でもアホウドリは、僕のひいき目と言われるかもしれませんが一番きれいです。世界の他のアホウドリの仲間と比べると、精悍さや大きさの点では負けるかもしれませんが、一番優雅な鳥かもしれません。

──以前にテレビで見ましたが、美しい鳥ですね。実際のくちばしの色も、あのように美しいピンク色なんですか。

長谷川 あれは血液の色なんです。人間の爪と同じで、触ると白くなります。

──血が通っているのですか。

長谷川 そうです。喧嘩して傷つくと血が出ます。先端は堅いのですが、くちばし全体は柔らかいのです。

──昔はたくさんいたそうですが。

長谷川 昔といってもわずか100年前は本当にびっくりするくらいたくさんいました。

──絶滅寸前から復活まで、アホウドリのたどった数奇な運命には大変興味をそそられますが、そもそも100年前の資料というのはあるのですか。

長谷川 あるんです。正確に言うと1887年11月5日、玉置半右衛門という人が鳥島に上陸して、羽毛採取のためアホウドリの捕獲に取りかかったんです。その人の日誌によると1日で3000羽くらい捕っています。僕の計算では鳥島では年間20万羽捕れたことは間違いないですね。

──でもそのために、あっという間にいなくなってしまったのですね。

長谷川 50年くらいでほとんどいなくなりました。

そして、一時絶滅したと思われていたアホウドリが再発見されたのが1951年です。当時の固体数は推定で30〜50羽くらいでした。

──よく生きていてくれましたね。

長谷川 ええ、本当です。アホウドリは、巣立ったひなの平均寿命を推定すると約20年くらいになります。非常に長生きですから、50年近く生きる鳥もいるはずです。そのへんが幸いしたんじゃないでしょうか。きっと海で過ごしていたのです。


今後10年かけて新しい営巣地づくりに取り組む

──先生がアホウドリに取り組み始められた頃は、すでに特別天然記念物に指定され、積極的ではないにしろ、とにかく捕獲してはならないという保護鳥になっていましたね。それを積極的に蘇らせるために、どのような手を打たれたのですか。

長谷川 僕は76年から実際にアホウドリの研究を始めたのですが、鳥島に行ってすぐ気が付いたのは、巣を作っているところ、営巣地と言いますが、そこが荒れていることでした。昔はススキがいっぱいあってアホウドリはその間に巣をつくっていたのですが、そこが荒れて裸地になってしまい、繁殖に失敗する割合が増えていたのです。そこで、営巣地にススキを植えて地面を安定させれば、もっとたくさんのひなが巣立つようになるのではないかと考えました。こう言うと笑われますが、鳥がどのような状況で繁殖しているかは、顔を見ていれば分ります。ただ、それから実行に移すまでが大変で、環境庁が実際にその計画に取りかかるまでに5年もかかりました。

──でもそれが功を奏して、順調に固体数は増えてきたんですね。

長谷川 少しずつですが、増えています。今では500〜600羽になりました。ところろが自然現象なのでどうしようもないのですが、88、89年と続いた台風の影響で土砂が一部営巣地に流れ込み、また状況が悪くなってしまったのです。

──せっかく回復しつつあったのに、また営巣地が狭まってしまったんですね。同じ鳥島の中でも他に適した場所はないのですか。

長谷川 もともとアホウドリは鳥島全域で繁殖していたのですから、それはあります。ただ、人間が捕獲しようと追いかけたので人が近づけない今の営巣地を避難場所として選んだわけです。それでもっと良い場所に新しい営巣地をつくろうと、今取り組んでいるところです。

──どのような方法ですか。

鳥島にデコイを設置(1992年4月撮影)
鳥島にデコイを設置
(1992年4月撮影)

長谷川 アホウドリのデコイ、つまり精巧な模型を置き、鳴き声をテープで流して仲間がいると思わせ、若鳥たちをもっといい場所に誘導しようというものです。今後10年くらいかけて取り組むつもりです。


知らぬ間に人間がアホウドリを追いつめている

──なるほど。根気のいる仕事ですがうまくいくといいですね。

ところで、せっかく蘇ったアホウドリに、今、別のピンチが迫っているそうですが。

長谷川 ええ。人間が無意識に使い捨てているプラスチック等をえさと間違えて食べてしまうんです。これは80年代の半ばごろから目に付くようになりました。プラスチックはなかなか分解しないので問題です。

アホウドリのひな(1992年4月、鳥島にて撮影)
アホウドリのひな
(1992年4月、鳥島にて撮影)

──消化しないでしょうから、ひなへの弊害もいろいろあるでしょうね。

長谷川 そうですね。ひなは飛び立つ前には胃をからっぽにしますので、プラスチック等を食べると食後には吐き出しますが、途中で胃に傷がつき、成長が悪くなったり、生き残る可能性が減ります。

──ということは今後も被害が増えていく可能性はありますね。アラスカの方でも釣針にひっかかって死んだりしていると先生の本で読みましたが、ほとんど人間が殺しているという感じですね。

長谷川 漁業や海洋汚染の影響は以前には目立たなかったのであまり問題にはされず、陸地だけの問題で解決できると思ったのですが、今後はもう少し地球規模で考えなければなりません。

──急には改善できないにしても、皆が意識すれば良くなっていくはずです。先生が途絶えかけていたアホウドリをここまで増やしてきたのと同じように、一気には無理かもしれませんが、われわれも希望を持ちたいですね。


他の生物を守ることは結局人間を守ること

──現在地球上では毎日何種もの生物が絶滅しているそうですが、一つの種が消えるということは、その種類だけの問題ではないと思うんですが。

長谷川 そうです、アホウドリだけでなく、どんな生物も他の生物と関係を持って、つまり自然のバランスの中で存在しているわけですから、1種でも消えてしまっては、全体のバランスが大きく崩れてしまう危険性があります。そうすると、結局、人間が生存できなくなるわけです。1種類がちゃんと守れなかったら、自分たちの環境も守れないということでしょう。

たまたま僕はアホウドリが好きで、この問題から取りかかったわけですが、いろいろな立場の人がいていいと思います。例えば、ただ生物が好きだから、という理由で取り組む人もいていいし、それぞれの職業や興味の分野からできる範囲で取りかかっていく、あるいは利益を保護活動に還元していくなど、考えてみればさまざまな方法があると思います。

──その立場立場でということですね。それはとても分りやすいし、もっともな話ですね。

長谷川 僕の場合はアホウドリを通じて環境の問題に関わるようになったわけですが、これからは総合的保護というか、各自がいろいろなアイディアを持ち寄って、この鳥を地球上に残し再生させるために頑張ろうではないか、誰かが取り組んでいるというのではなくて、皆が何かしらの形で取り組んでいくようにしようじゃないか、と思っています。そうしないといろいろな生き物をこれから守ることはできません。

──なるほど。われわれ人間は生態系とか自然のバランスについて、最近やっと意識してきました。他の生き物を守るということは、結局自分を守ることなんだ、ということを理解し、自然保護の問題に真剣に取り組むような流れになってきたと思います。今後も先生のお立場から、ぜひ自然保護にご尽力いただきたいと思います。

本日はどうもありがとうございました。


近況報告

現在は同大学の助教授に。 鳥島で繁殖するアホウドリのつがい数は1998年11月に213組になった。同年5月には130羽のひなが巣立っている。99年5月には1,000羽を超す。 新コロニー形成は、96年6月に最初のひなが巣立ち、その後毎年産卵している。第一関門突破といったところか。次は、新コロニー確立をめざす。
海洋での保護が今後の課題。


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