こだわりアカデミー

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本対談記事は、アットホーム(株)が全国の加盟不動産会社に向け発行している機関紙「at home time」に毎号掲載の同名コーナーの中から抜粋して公開しています。宇宙科学から遺伝子学、生物学、哲学、心理学、歴史学、文学、果ては環境問題 etc.まで、さまざまな学術分野の第一人者が語る最先端トピックや研究裏話あれこれ・・・。お忙しい毎日とは思いますが、たまにはお仕事・勉学を離れ、この「こだわりアカデミー」にお立ち寄り下さい。インタビュアーはアットホーム社長・松村文衞。1990年から毎月1回のペースでインタビューを続けています。
聞き手:アットホーム株式会社 代表取締役 松村文衞
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どんな環境にも棲息する地球の掃除屋−微生物。 彼らの酵素を利用した、さまざまな製品が つくられています。

極限環境の微生物

東洋大学生命科学部教授 東京工業大学名誉教授

掘越 弘毅 氏

ほりこし こうき

掘越 弘毅

1932年埼玉県生れ。56年、東京大学農学部農芸化学科卒業、63年、同大学大学院農学研究科博士課程修了後、理化学研究所に入所し、74−91年主任研究員を務める。この間、66−67年カリフォルニア大学デービス分校助教授、84−90年、新技術開発事業団の「特殊環境微生物プロジェクト」総括責任者、88−93年、東京工業大学教授を兼務。現在、東洋大学生命科学部長、東京工業大学名誉教授、海洋科学技術センター深海環境フロンティア長を務める。紫綬褒章、英国国際バイオテクノロジー協会ゴールドメダル等受賞多数。これまで申請した特許は約250件にも上る。著書は『好アルカリ性微生物』(93年、学会出版センター)など多数。

2000年8月号掲載


微生物の出す酵素から洗濯洗剤をつくる

──ところで私達の考えが及ばないような、特殊な環境にも微生物は棲んでいるそうですね。

105℃で培養した超好熱性微生物。大きさは各2ミクロン前後(1ミクロン=1,000分の1mm)

掘越 そうなんです。例えば、人間が手を入れたら溶けてしまうほどの強い酸性やアルカリ性の環境とか、1000気圧もの高圧の中、凍り付くような冷水や反対に100℃もの熱水、高濃度の塩の中…本当にありとあらゆる環境に微生物が棲んでいます。地球上で微生物のいないところはないと言っても過言ではありませんね。

高濃度の塩の中で発見された微生物。生命誕生以来、あまり進化せず太古の生命体の面影を残す「古細菌」の一種。実際の大きさは5ミクロン
高濃度の塩の中で発見された微生物。生命誕生以来、あまり進化せず太古の生命体の面影を残す「古細菌」の一種。実際の大きさは5ミクロン

──本当にすごい適応力ですね。先生は、その中のアルカリ性の環境を好む微生物を発見され、さらにその微生物が出す酵素を工業的に応用する道を開かれたそうですが。

掘越 はい、ある時アルカリ性の環境で培養したら、たくさんの微生物が生育していました。これを好アルカリ性微生物と言うんですが、調べてみたら彼らの出す酵素にいろんな特性があることが分ったんです。これを何かに利用しない手はない、一山当てれば当面の研究費の心配をしなくて済むなと研究を始めました(笑)。まず、いろんな種類の好アルカリ性微生物の中から、タンパク質を分解する酵素に目を付け、これを家庭用洗濯洗剤に応用したんです。

──確かに、衣類には人間の皮膚のタンパク質が付着していますからね。

掘越 しかし当時、「酵素洗剤はアレルギーを起こす可能性がある」と、政府のストップがかかって潰れてしまったんです。後に、そんなことは起きないことが証明されたんですが…。

それにもめげず、次に繊維を分解する酵素の活用に乗り出しました。当時はほとんど水洗トイレがなく、汚水処理で紙や排泄物などの繊維がたくさんあって大変だった。ではそれを分解して溶かしてしまえばいいだろうと、3年ほどかけてつくったんです。しかし、なんと気が付けばその間に世の中は全部水洗トイレに変ってしまい、不要の産物に…。まさに、水とともに全部流れてしまったんですよ(笑)。

でも、ここでこの酵素を捨てなかったから良かった。10年くらい経って、大手家庭用品メーカーが、それを洗剤に利用してみたいとやってきたんです。

──繊維が溶けては、洗剤としてまずいんじゃないんですか。

掘越 実は、その酵素の中には繊維を溶かさずに、柔らかくするだけの働きを持つものもあるんです。それを使って、繊維の間の汚れを落としやすくしようと考えたんです。汚しては洗い、汚しては洗いと実験を繰り返して、1987年の4月にその洗剤が発売されました。今でも市場に出回って、多くの家庭で使われています。

──洗剤の他に、もっと世界的に利用されているものもつくられたとか。

掘越 サイクロデキストリンですね。これは、アルカリアミラーゼという酵素がでんぷんを分解してつくる分子カプセルでして、中心部にさまざまな物質を包み込む性質があります。例えば、水に溶けない物質をその分子カプセルに入れ、水と混ぜ合せて水溶液をつくるとか、化学反応を起こす物質を混ぜる時などに使われています。でんぷんでできているので、特に医療品や食品などに応用されているんです。

──具体的に、どういったものに使われているんですか。

掘越 私が最初に応用したのは、粉わさびです。粉わさびは緑色に着色した粉に、わさびの香りを付けた合成品です。すぐに香りが飛んでダメになるので、分子カプセルの中にわさびの香りを閉じ込めてつくったんです。そうすると、粉わさびを口に入れた時に分子カプセルが溶けて、初めてわさびの香りがするというわけです。今ではインスタントラーメンの調味料の味や香りなどにも使われているなど、世界的にもいろんな食品に使われているようです。

──大活躍の酵素応用技術ですね。もう研究費の心配はないでしょう(笑)。

掘越 それが、ずっと以前に特許が切れていましてね、そううまくはいかないんですよ(笑)。


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