こだわりアカデミー

こだわりアカデミー

本対談記事は、アットホーム(株)が全国の加盟不動産会社に向け発行している機関紙「at home time」に毎号掲載の同名コーナーの中から抜粋して公開しています。宇宙科学から遺伝子学、生物学、哲学、心理学、歴史学、文学、果ては環境問題 etc.まで、さまざまな学術分野の第一人者が語る最先端トピックや研究裏話あれこれ・・・。お忙しい毎日とは思いますが、たまにはお仕事・勉学を離れ、この「こだわりアカデミー」にお立ち寄り下さい。インタビュアーはアットホーム社長・松村文衞。1990年から毎月1回のペースでインタビューを続けています。
聞き手:アットホーム株式会社 代表取締役 松村文衞
MENU閉じる

フン虫には、地面を改良・肥料化したり アブやハエの発生をコントロールする役割があります。

日本の糞虫(ふんちゅう)

大阪薫英女子短期大学講師

塚本 珪一 氏

つかもと けいいち

塚本 珪一

1930年11月11日京都生まれ。51年京都府立農林専門学校農学科卒業(応用昆虫学専攻)後、西京大学昆虫学教室研究生、平安学園教諭を経て、90年4月より大阪薫英女子短期大学非常勤講師に。生物学、自然活動学、生活教育法等を担当。動物植物専門学院講師、金城短期大学講師等も務めている。
日本・海外各地のフン虫分布を自らの足で歩いて研究しており、収集したフン虫の数、あよび発表した論文数は数えきれない。カラコルムをはじめ海外登山の経験も多く、自然活動に関する論文も多数。主な著書『益虫と害虫』(共著、55年、保育社)、『山の昆虫記』(72年、山と渓谷社)、『K2より愛をこめて』(78年、東京新聞出版局)、『自然活動学』(89年、森林書房)、『京都の昆虫』(91年、京都新聞社)、『日本糞虫記』(93年、青土社−写真)等多数。日本昆虫学会、日本動物行動学会、日本山岳会等の会員。京都府立大学山岳会会長、ネーチュアクラブ顧問。

1994年6月号掲載


日本には145種類のフン虫がいるといわれる

──先生の著書「日本糞虫記」を拝読いたしまして、日本にもこんなにたくさんのフン虫がいると知り驚きました。

ところで、なぜ先生はこの分野に興味を持たれたのですか。

塚本 この道に進んだのはファーブルの『昆虫記』がきっかけです。ファーブルは生態の研究が専門でしたが、私はフン虫の分布論をテーマにしています。フン虫の分布を調べる事によって、フン虫がどういう経路で日本に入ってきたのか、日本でどういう発達あるいは進化をしたのか、というようなことを研究しているんです。

──私も子供の頃『ファーブル昆虫記』を読んでフン虫に大変興味をもった一人です。私の年代くらいですと、フン虫と言えば「フンコロガシ」という、牛等の糞(ふん)の周りにたかっている虫がすぐ思い浮かぶんですが、今の若い人たちのほとんどはピンと来ないかもしれませんね。

塚本 確かに今では昆虫採集をする人くらいしか知らないでしょうね。

──フン虫について簡単にご説明いただけますか。

塚本 フン虫というのは、食糞性コガネムシ類の昆虫のことを言いまして、その名のとおり、動物の死体とか糞、あるいは動物が吐き出したもの等を、食べたり地面の中に運び込んだりするんです。

──日本にはいわゆる「フン虫」といわれるものは何種類くらいいるんですか。

塚本 広義には8科30属145種といわれていますが、まだまだ分類等が整理されていないものもありますし、3分の1くらいは生態がよくわかっていませんので、必ずしも正確な数字ではありません。

例えば、糞にたかるのではなく、砂の中に暮らしている種類もいるんですが、彼らがいったい砂の中で何をしているのか、あるいは何を食べているのか、といったようなこともまだ研究されていないのです。

──では、みんながみんな糞を転がしているわけではないのですか。

塚本 そうです。ファーブルの『昆虫記』に出てくるような、糞をボールにして転がしていくフン虫というのは、日本には3種類しかいないんです。

たいていは糞に直にたかってそのまま食べたり、引きちぎって地下に持ち込んでいるようです。


体長2mmで直径5mmの糞の玉を転がす

──先生にとって、フン虫の魅力って何ですか。

塚本 よく見ると非常に美しいんです。普通に見ただけでは、ただ黒い虫がいっぱいうじょうじょしているみたいですが、一匹一匹を手にして見ると、ちゃんと立派な角があって、色彩も非常に豊です。

──色も金属的な美しい光沢がありますね。

塚本 そうなんです。だから意外とフン虫を集めている人は多いんですよ。

──牛の糞は、フン虫の体長に比べたらずいぶんボリュームがありますが、見ていると、フン虫はそれをわりあい短時間で片付けてしまいますよね。

塚本 虫の数が多いということも言えます。牧場なんかで牛が糞をすると、フン虫がいっせいにバーッと飛んできますからね。

──フン虫の行動範囲はどのくらいの広さなんでしょうか。あるいはどのくらい離れたところから飛んでくるんでしょうか。

塚本 行動範囲は種類にもよると思いますが、大体のところは、例えば一つの牧場があったら、その牧場単位じゃないでしょうか。

フン虫がどの程度離れたところから糞の存在をキャッチするのかについてははっきりしていません。ファーブルも非常に苦労しているんですが、今の学者の説でも、数メートルから十数キロメートルとかなり大きな差異があります。つまり、わからないということではないでしょうか。(笑)

──先生の標本を見せていただきましたら、カブトムシより大きくて立派なフン虫もいれば、体長が2mm程度のものまで、大きさも形も実にさまざまです。あんな小さな昆虫でも糞の玉を転がせるんですか。

塚本 日本では、体長2mmで、直径5mmの糞を転がすフン虫がいることがわかっています。

──それはすごいですね。人間で言ったら、一人で6畳間くらいの大きさの糞を転がすというわけですからね。


外国のフン虫を連れてこようという動きも

──フン虫が糞を丸めて転がしている姿というのは、われわれ人間から見ると可愛らしくもあり滑稽でもあるんですが、フン虫の働きは自然界ではどういう役割を持っているんでしょうか。

塚本 フン虫が糞を食べたり地中に運び込んだりすることで、牧場等を清浄化するとともに、地面を改良、肥料化しています。また、アブやハエ等の双翅目昆虫の発生をコントロールすることにもつながっているわけで、目立たないながらも自然界での役割は大きいと言えます。

──清掃事業ですね。フン虫がたくさんいれば、牧場にとっては土も良くなるし、衛生面でも大助かりということですね。

塚本 そうなんです。ですから、今、各地の農事試験場ではアフリカなどからよく働くフン虫を連れてきて、日本に広げようと考えている人たちが多くなっています。

──外国から連れてきたフン虫は日本でも生きられるんでしょうか。

塚本 それは今のところ実験段階ですが、オーストラリアでは成功した例があるんです。オーストラリアにたくさんいる動物と言えば、もともとカンガルーくらいだったんですが、人間の移住に伴って牧場ができ羊が増加しました。カンガルー系の動物が排泄する糞と羊系のそれとは違うんです。それで、羊の糞を分解するフン虫をアフリカから連れてきて成功しました。

しかし、そういうふうに外来種を連れてきて増やすということについては、生態系的に見て私は疑問を持っています。そんなふうに人間の都合に合わせて生息や分布等を買えてしまうことがいいのかどうか・・・。人間の知恵はまだそこまで行っていないと思うんです。だから抵抗があります。

──なるほど、それはほかの動物や植物に対してもいえますね。人間は今までそれで何度も失敗し、また取り返しのつかなくなってしまったこともありますからね。


「森の下の森」にも貴重な生命が・・・

──先生がフン虫を長年研究している中で、何か自然界からのメッセージのようなものを感じることはありますか。

塚本 例えば「森の下の森」という言葉がよく使われていますが、われわれの世界からは見えないところで、しっかり生きて仕事をしている昆虫とか生物がいます。そういうのにもっと目を向けなければいけないと思います。

また、人間が、今の浅い知恵、知識で、この生物は大事だとか、これは大事でないと決められるのかどうか、ということも疑問です。

例えばイリオモテヤマネコは西表(いりおもて)にしかいないから貴重だ、というのはもちろんわかりますけど、だからといって、どこにでもいる昆虫や雑草の命が貴重ではないと言えるでしょうか。何かを「貴重だ」ということは、一方で、貴重でないものを作っていることにもなるわけです。

──同じ一つの生命同士なのに、差別ですね。

塚本 そうでしょう。このごろは少しずつ変わってきつつありますが、公園や学校で雑草を引き抜いている子供たちは、雑草の花の美しさを知っているのだろうか、蚊やハエを単に害虫だとか不快昆虫だとかいって退治してしまうが、蚊やハエが生態系の中で果たしている役割をどの程度理解しているのか。われわれは、すべてのことが分かった上でやっているわけではないんです。

──そういうもの一つひとつが絡み合って地球ができているわけですから、一つひとつの生命に存在意義があるはずですね。

塚本 そうです。すべての生命が貴重なんです。われわれの科学力なんてまだまだわずかなもので、物理学者にしても生物学者にしてもぜんぜん触っていない分野がものすごくあるのに、いろんなことを結論づけて物を言うというのは非常に危険だと思います。

──「生命間の差別はいけない」「見えている世界だけでなく、見えない世界を勉強することがこれからの人間には必要だ」。フン虫からのメッセージというわけですね。本日はありがとうございました。


近著紹介
『日本糞虫記』(青土社)
近況報告

1999年4月より、北海学園北見大学(北海道北見市)において来年3月まで、オホーツク昆虫研究会の代表で知床などを調査中。


サイト内検索

  

不動産総合情報サイト「アットホーム」 『明日への扉〜あすとび〜』アットホームオリジナル 動画コンテンツ