こだわりアカデミー

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本対談記事は、アットホーム(株)が全国の加盟不動産会社に向け発行している機関紙「at home time」に毎号掲載の同名コーナーの中から抜粋して公開しています。宇宙科学から遺伝子学、生物学、哲学、心理学、歴史学、文学、果ては環境問題 etc.まで、さまざまな学術分野の第一人者が語る最先端トピックや研究裏話あれこれ・・・。お忙しい毎日とは思いますが、たまにはお仕事・勉学を離れ、この「こだわりアカデミー」にお立ち寄り下さい。インタビュアーはアットホーム社長・松村文衞。1990年から毎月1回のペースでインタビューを続けています。
聞き手:アットホーム株式会社 代表取締役 松村文衞
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人間と植物は切っても切れない密な関係。 もっと身の回りの植物を知るべきです。

「花おりおり」に託すメッセージ

東京農業大学短期大学部環境緑地学科教授

湯浅 浩史 氏

ゆあさ ひろし

湯浅 浩史

ゆあさ ひろし 1940年、兵庫県生れ。63年、兵庫農業大学農学部(現・神戸大学農学部)農林生物学系卒業。68年、東京農業大学大学院農学研究科博士課程修了。農学博士。現職のほかにも、(財)進化生物学研究所主任研究員、東京都立科学技術大学、神戸大学大学院農学部、千葉大学大学院園芸学部などで非常勤講師を務める。主な著書に、『植物と行事−その由来を推理する』(93年、朝日選書)、『花の履歴書』(95年、講談社学術文庫)、『マダガスカル異端植物紀行』(95年、日経サイエンス社)、『花おりおり 愛蔵版』(02年、朝日新聞社)など多数。

2003年3月号掲載


乾燥、砂漠化する地球。異端植物の研究で環境向上

──先生が、朝日新聞で連載されているコラム「花おりおり」は、大変な人気を集めていらっしゃいますね。実は、私も大ファンなので、本日ご執筆者にお会いできるのを大変楽しみにしておりました。

湯浅 それは光栄です。世界広しといえども、1面に花の記事を毎日載せる新聞など他にはありませんからね(笑)。

──単に花の解説だけでなく、実にさまざまな角度からアプローチしていらっしゃり、その視点、内容には常々感心しております。

ところで、先生のご専門は、細胞遺伝学、育種学、民族植物学と実に幅広いのですが。

湯浅 もともと私は、何ごとにつけてもたった1つの切り口だけで見るのではなく、多角的に向き合い、分析することが必要だと考えています。

また、調査・研究にあたっては現場主義とでもいいましょうか、この目で、耳で確かめなくては気が済みません。フィールドワークを大変重視しております。

──すでに35回に及ぶというマダガスカルへの渡航も、そうした先生の研究姿勢の現れというわけですね。

湯浅 ええ。マダガスカルにはたくさんの異端植物が生育していますから、行かずにはいられないのです(笑)。

──ところでその異端植物ですが、一体何が異端なのですか?

湯浅 単に奇妙なだけではなく、特殊環境でもたくましく適応している点です。人間にたとえれば、「異端児」とでもいいましょうか(笑)。特にマダガスカルでは、乾燥、砂漠化の中で生きる異端植物を研究しているんですよ。

──なぜ乾燥、砂漠化に強い異端植物のご研究を?

湯浅 今後、地球が砂漠化へと進むのは確実といわれています。しかし、現在の栽培植物の多くは成育のために十分な水を必要としますから、乾燥が進めば適応できなくなってしまう。では、実際にそうなった場合、我々は何を栽培し、何を食べたらよいのか。将来の食物資源確保のために、先行進化している植物を今から研究しておくことは、大変重要なんです。緑を保つうえでも同様です。

マダガスカルの異端植物「アルオウディア・プケラ」。柱サボテンのようだが、幹や枝から直接に葉が出て、内部は、中心は材木がとれるが、周りは柔らかく水分をたっぷり含み、乾燥に強い(写真提供:湯浅浩史氏)
マダガスカルの異端植物「アルオウディア・プケラ」。柱サボテンのようだが、幹や枝から直接葉が出る。中心部分は材木がとれるほどであるが、周りは柔らかく水分をたっぷり含み、乾燥に強い
(写真提供:湯浅浩史氏)

──なるほど。異端植物とは、我々にとって将来性を秘めた植物というわけですね。

湯浅 その通り。ご承知のように、今世界も日本も温暖化、温暖化と騒がれていますね? もちろん、1、2度の気温の上昇により大変な被害を被っている地域があるのは事実です。しかし、地球の歴史においてはもっと気温が高かった時期もあり、地球史的に見れば現在の気温の上昇はまだまだ「誤差の範囲」ともいえるでしょう。

それよりも恐いのは、先程も申し上げた、その先にある乾燥化、砂漠化なんです。

──でも、温暖化の問題に比べ、そうした事態を危惧する声はまだまだ少ないような気がしますが…。

湯浅 今だけを見て、地球は恵まれた環境にあると思っているからでしょう。しかし、すでに乾燥化、砂漠化の前兆が各地で起きているんです!


雨量の偏りは砂漠化の前兆すでに地球の15%で観測

──その前兆とは?

湯浅 雨の降り方の偏(かたよ)りです。例えば、乾期に雨が降りっぱなしかと思えば、その翌年は雨期にも全く降らないなんていうような現象が、世界各地で観測されています。

──そういえば、ヨーロッパやアフリカ等で洪水などの災害がありましたね。例年にない降雨量が原因とか…。

湯浅 乾燥地には木が少ないので、いきなり大量の雨が降るとプールしておくことができないんです。それで洪水を招いてしまう…。そして、木や草、表土が流されてしまうので、ますます乾燥化が進んでしまうというわけです。

ところが、現代は何でも平均数値で物ごとを判断しますから、1年干ばつが続き翌年は乾期に土砂降りという状態でも、足して2で割ると辻褄が合ってしまう。そのため、あまり問題視されていないのです。

──一体どのくらいの地域でこうした砂漠化の前兆が観測されているのですか?

湯浅 地球の陸地の15%程度がそうなっているといわれています。さらに恐ろしいことに、だんだんと偏りの間隔が長くなっているんです。

マダガスカルの環境変動。定点観察で地球の乾燥化が歴然。バオバブのそばの池が干上がった(写真提供:湯浅浩史氏)
マダガスカルの環境変動。定点観察で地球の乾燥化が歴然。バオバブのそばの池が干上がった(写真提供:湯浅浩史氏)

幸い日本はそこまでには至っていませんが、とはいえ1か月全く降らない、もしくは1か月降りっぱなしなんて状況は、この10年間で再三再四起きています。例を挙げると、コメの収穫量が1割減ったためにパニックとなった1993年ですが、あの時は誰もが冷夏のせいだと騒ぎました。しかし、そうではないのです。冷夏とはいえ、東京の平均気温が北海道を下回ったわけではありません。

──これも雨の降り方が影響していると?

湯浅 ええ。あの年の8月は雨が降り続き、東京では晴れた日はわずか5日程度だったんです。雨が続けば、当然コメの成長に影響が出てきます。というのも風媒花であるコメは、雨が続けば花粉を飛ばすことはできません。

──寒かったから実が育たなかったわけではなく、雨のせいで受粉できなかったと…。「冷夏」という言葉で誤魔化されていましたが、「雨夏」が原因だったわけですね。

湯浅 そうなんです。そう考えると、日本も、こうした被害がまたいつ起こらぬとも分らない。ですから食糧確保という意味でも、もっと原料となる植物に目を向けなければなりません。

例えば、日本が大変なトウモロコシ消費国だということをご存知ですか?

──お菓子や家畜の飼料などに、随分利用されているようですね。

湯浅 実はビールもトウモロコシに依存している部分が大きいんですよ。もっともトウモロコシとの表記はなく、「コーンスターチ」と記されておりますが、これは紛れもなくトウモロコシです。

──確か、日本はそのほとんどを輸入に頼っているんですよね。

湯浅 ちなみに9割以上をアメリカから輸入しており、その量は1年に約1400万−1600万トンにのぼります。

──アメリカに頼り切りの状態なわけですね。

湯浅 そうです。

アメリカでは主に中西部、いわゆるコーンベルト地帯といわれる地域でトウモロコシを生産しています。このあたりの雨量は日本の3分の1の年間500ミリ程度ですから、トウモロコシは大変乾燥に強い穀物なのですが、この雨量がさらに減少してしまったらどうなるでしょうか。

──いくら乾燥に強いトウモロコシといえども、栽培は難しくなってしまう…。

湯浅 何年か前になりますが、実際に雨量が減少し、収穫量が減ったことがありました。十分なストックがあったため、それほどの被害が出たわけでもないのですが、日本でもちょっとした騒ぎになったんです。もし、こうした状態が長く続いたらどうなると思いますか?

──輸入どころか、とんでもないパニックとなるでしょうね。

湯浅 間違いなくそうなるでしょう。しかし、今の状況ではこうした気候が2年続いたとしても何ら不思議ではない、いつそんな事態になってもおかしくないんです。それなのに、皆さんあまり深刻に考えていないのが現実なんです。

──いつまでも安定していると思ったら大間違いだと…。

湯浅 非常に安価で便利という理由だけで、トウモロコシにばかり頼っていてはいけないのです。

もちろん心配は乾燥化、砂漠化だけではありません。灌漑(かんがい)で地下の塩分が上昇してしまうこともあるのです。

──地下で眠っていたかつての海の塩が、灌漑の水で溶かされ上昇してくるのですね。

湯浅 そこで、そうした塩害にも耐えられるような植物の研究も必要となってきます。

例えば、俗にサンゴ草と呼ばれているアッケシ草は、100%塩水でも栽培が可能で、なんと地中の塩分を吸い取ってくれるのです。土壌から塩分だけを抽出するのは、人間にとっては大変な作業ですが、植物に吸い取らせ刈り取るだけで良いとなれば、こんなに素晴らしい話はありません。味は塩辛いのでそのままサラダになり、ミネラルが豊富で体にも大変良いんです。また、イネ科の耐塩性植物ソナレシバから、耐塩性の遺伝子をコメに応用することも可能でしょう。

このように異端植物のメカニズムを解析し、それを応用することで未来の食物資源確保につなげようとしているわけです。

──異端植物研究の重要さがよく分りました。

湯浅 皆さんにも、こうした状況を把握していただきたいと切に思います。そのためには、食べ物は一体何を原料としているのか、その原料はどこでできるのか−−ということに目を向ける必要があります。


こんなにも自然に恵まれながら、植物への関心が薄れる日本人

──ところで先生は、農学的見地からだけでなく、民族植物学のご研究にも熱心でいらっしゃいますね。

湯浅 ええ。例えば、台湾の少数民族がどのように花を利用しているか、その民族にとってその植物がどんな意義を持っているかなんていう調査もしています。そうした研究を進めることで、日本文化のルーツを探ることができたりすることもあるのです。

また、万葉集や源氏物語など昔の書物に登場する植物を研究したり、海外と日本の花文化を比較したり、さまざまな切り口で研究をしています。

──「花おりおり」にもそうしたご研究の成果が度々登場しますね。人間と植物は古くから大変密接な関係にあることがよく分ります。

湯浅 しかし、こんなにも植物に恵まれた環境にいるのにも関わらず、最近の日本人はこうした文化を尊重しなくなっていると思いませんか?

──確かに。学校でも植物の名前すらあまり教えないようですね。

湯浅 そうなんです。英語だって、単語を知らなければしゃべることはできませんよね? 植物も同様で、名前を知らなければその後の発展がないと思うんです。昔は、あちこちに原っぱがあって、自然に触れる機会も今より断然多かった。わざわざ覚えさせなくても自然と名前が身に付いたでしょうが、今は違います。だから今こそ、植物の名前を教えなければならないと思うのです。

──「花おりおり」には、先生のそうした思いが込められているわけですね。

湯浅 ええ。植物の知識を得ることで、食物や文化など、つながる世界がたくさんありますからね。

ちなみに、植物への関心を高めていこうとの狙いから、(財)公園緑地管理財団が「緑・花文化の知識認定試験」という試験を実施しています。出題内容は、科学的な植物の基礎知識から、生活や芸術などの文化と植物の関わりについて等で、結果に応じて特級から5級までの級を認定します。さらに特級に3回認定されると「緑化文化士」という特別な称号も与えられるのです。今年で5回目の実施になりますが、もっと多くの方に知っていただきたいと思っています。

──私も幼い頃は原っぱを駆け回っていたくちですから、植物については多少の自信があります。ぜひともチャレンジしてみたいですね(笑)。

湯浅 お待ちしております(笑)。

また現在は、「生き物文化誌学会」の旗揚げを計画しています。この集まりは、植物や動物との関わりの衰退を危惧している方々にお集まりいただき、そうした声をもっと世の中に発信し、教育などに生かしていただければと考えているのです。ちなみに、学生や一般の方の参加も大歓迎です。

──微力ながら、私も何らかの形でお手伝いさせていただければと思います。

本日お話を伺って、「花おりおり」には先生の植物に対するさまざまな思いが込められていることを知りました。これからもできる限り長く続けてください。毎日楽しみにしております。

本日はどうもありがとうございました。


近著紹介
『花おりおり』(朝日新聞社)

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