こだわりアカデミー

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本対談記事は、アットホーム(株)が全国の加盟不動産会社に向け発行している機関紙「at home time」に毎号掲載の同名コーナーの中から抜粋して公開しています。宇宙科学から遺伝子学、生物学、哲学、心理学、歴史学、文学、果ては環境問題 etc.まで、さまざまな学術分野の第一人者が語る最先端トピックや研究裏話あれこれ・・・。お忙しい毎日とは思いますが、たまにはお仕事・勉学を離れ、この「こだわりアカデミー」にお立ち寄り下さい。インタビュアーはアットホーム社長・松村文衞。1990年から毎月1回のペースでインタビューを続けています。
聞き手:アットホーム株式会社 代表取締役 松村文衞
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樹が病気になる原因は、病原菌だけではなく 環境ストレスも非常に大きいのです。

樹木医の仕事−樹もストレスで病気になる

東京大学農学部森林植物学研究室教授

鈴木 和夫 氏

すずき かずお

鈴木 和夫

1944年水戸市生まれ。68年東京大学農学部林学科卒業後、同大学大学院にて農学系研究科林学専攻博士課程修了。同大学農学部助教授を経て、現職に至る。農学博士。昨年9月に発足した樹木医学研究会では事務局を努める。著書に「新編樹病学概論」(86年、養賢堂)「森林保護学」(92年、文永堂)などがある。

1996年2月号掲載


難しい、樹の生死の判断

──樹木というのは、私たちにとってとても身近なものではあるんですが、その割には知らない部分が多くありますよね。例えば寿命とか・・・。

鈴木 それは明治時代末からの論争事項なんです。竹とか笹のように寿命を迎える直前に花を咲かせ子孫を残して死んでしまう、といったような周期説もあれば、いやいや気象環境で寿命も変わるんじゃないかという説もある。でも環境が良ければ太るし、悪ければあまり成長しない、と考えると栄養説も考えられます。

──では、現在はどのように考えられているんですか。

鈴木 どれもあるんじゃないか、ということになってます(笑)。東京大学は昔から演習林を全国に持っていて、そこで竹の寿命について試験しているんですが、今七十数年目を迎えています。つまり七十数年前にそういうことを明らかにしなくてはいけないと、たくさん植えたんですが、まだ結論が出ない。同じように樹木の時間軸もかなり大きな流れですから。

──いつ結論が出るんでしょうね。

鈴木 そうですね。樹木の生死の判断も難しいんです。中心部が腐っていても、形成層が一皮ついていればビクともしません。一部分にだけ花を咲かせている梅の木などがありますしね。樹が生きているか死んでいるかは次世代が生きるかどうか。つまり来年活動する芽があるのかということなんですが、かなり蝕まれていても芽は出てくるんです。それに今のバイオテクノロジーですと、細胞を取り出して培養することもできる。したがって、樹の寿命ってなんだろう、樹の生死って何だろう、ということを考えるととても難しいんです。


樹木医の役割は機能不全の樹をどうコントロールするか

──実際、病気になった樹はどのように診断されるんですか。

鈴木 まず、どうして病になったのかを診ます。それには、樹木そのもの、病原、そして環境の観点から考えます。樹木は、この三つの関係で病気になり、いわゆる機能不全の状態になってしまうんです。そして、その病気になった樹木を実際にどう治療するかですが、生物学的、生態的、経済的にどうか、と三つの方向で考えます。生物学的に考えるには、病気の原因となる三つの関係をよく理解することが必要です。そして病気を治すために薬を撒いたとしても生態的に考えて適切かどうかも考慮しなくてはいけません。これらを調べた上で、機能不全になってしまった樹をどうコントロールしてやればいいかを考えるのが、樹木医の役割なんです。

──この中で一番問題になる点はなんですか。

鈴木 経済面ですね。薬に膨大なお金がかかるのはもちろんですが、この一本の樹はいくらなのか、ここが一番大きな問題です。例えば外国人が来て、松枯れのかなりひどいところを見せると「おまえはこの立派な松を一体いくらだと思っているんだ」と言われるんです。われわれがすぐ考えるのは、松だと材1−u当たり1万円、杉だと3万円とか。でもそれは死んだもの、つまり林産物という見方なんです。しかし、環境資源という見方をしますと、樹木は人間に快適な環境を与えている一部であり、美しいと愛でればそれも一つの精神的な面での資源でもあります。そういうことを評価すると値段が分からなくなってきてしまう。

──確かに、そう考えていくと値段のつけようがないですよね。失ってしまうと、取り返しがつかないものだし。

鈴木 日本では極端な話、放っておいても育ちます。気候や土壌、水など恵まれた環境なんです。それだけに樹木の価値に対する意識が低いのかも知れません。

先生の研究室にて、アメリカの病理学会が発行したアメリカ栗の絶滅に関するレポート「チェスナット・ブライト」を見ながら。このアメリカ栗の絶滅は1900年初めに起こったもので、先生曰く「第一回目の日米貿易摩擦では」というくらい問題になった。アメリカは栗の木を建築用材として用いていたために大打撃をうけた。また、その後はヨーロッパ栗も壊滅状態となり、世界中に蔓延した。原因は当時、日本からアメリカに輸出していた栗についていた病原菌と考えられており、レポートにも“possibly from Japan(おそらく日本から)”と書かれている。なお、日本栗、支那栗は抵抗性である。
先生の研究室にて、アメリカの病理学会が発行したアメリカ栗の絶滅に関するレポート「チェスナット・ブライト」を見ながら。このアメリカ栗の絶滅は1900年初めに起こったもので、先生曰く「第一回目の日米貿易摩擦では」というくらい問題になった。アメリカは栗の木を建築用材として用いていたために大打撃をうけた。また、その後はヨーロッパ栗も壊滅状態となり、世界中に蔓延した。原因は当時、日本からアメリカに輸出していた栗についていた病原菌と考えられており、レポートにも“possibly from Japan(おそらく日本から)”と書かれている。なお、日本栗、支那栗は抵抗性である。

樹の成長は前年の環境で決まる

──でも、いくら日本が恵まれた自然条件であってもやはり問題は起きてますね。先生は樹が受ける環境ストレスを研究されているそうですが、具体的にどういうことなんでしょうか。

鈴木 大気汚染や酸性雨もそうだし、生育環境の変化もあります。そういったものがみんな絡んで病気になってしまうわけです。従来は病気=病原菌と考えられていました。もちろんそれも一つの原因ではありますが、環境ストレスというのも非常に大きいんです。

──生育環境というと、例えば街路樹のようにアスファルトで周りが固められているのが原因になる場合も?

鈴木 それもあります。また、例えば林の中にあった樹がまわりを伐採され、突然1本になったら、その樹は次の年には枯れることがあります。生育環境の違いで著しいストレスを受けるんです。樹の成長は今年の環境ではなく前年の環境で決まります。松の場合ですと前年の夏までの環境で、どのくらい芽が伸びるかも決まってしまうんです。ですから今年いくら手をかけてもだめなんですよ。つまり、自分が育ってきた環境を記憶し、代謝を去年のリズムでやろうとするから、環境が急激に変わるとその変化についていけずストレスでやられてしまう。

──樹も生い立ちや育った環境の記憶を持っているんですね。

鈴木 ですから、環境が変わればひとたまりもないと思います。この環境ストレスをどう回避するかが重要です。中でも水は植物の生育には重要です。松は水分環境を安定させると、病原といわれる材線虫が入っても、ほとんど枯れません。この水分環境はどこで調整するのかというと、梅雨前と梅雨が明ける時期なんです。この水分環境の変化を境に発病してしまう。ところが、不思議なことにストレスをどんどん与えていきますと、浸透調節機能といって、自分で調節できる耐性をつくりだすものも出てくるんです。その機能が強い樹種と弱い樹種がありますが。でもこれは非常におもしろいことです。人間と同じように調節するんですから。

──樹もストレス慣れしてしまうんですね。


樹木医学研究会を通じ、新しい樹の医学を考えたい

──ところで、日本以外の国では、樹木に関する対策はどうしているんでしょうか。

鈴木 ヨーロッパでは日本と違い、樹木の種類も少なく土壌も良くありません。ドイツでは単に苗木を山に植える時には、ただ植えただけでは育たないため、共生菌を根につけて植えるんです。つまり、裸の根では生きていけないので、菌にいろんな養分を取ってもらって生かすようにしています。またイギリスを筆頭にツリー・ドクターを育てている国もあります。

──日本では樹木医を養成するようなバックアップ機関はあるんですか。

鈴木 もともとは、平成3年に林野庁が旗を振って、「ふるさとの樹保全対策事業」を始めたんです。この事業は評判が良くて7年から「緑の文化財保全対策事業」に移行したんですが、それらが樹木医の始まりです。「ふるさとの樹保全対策事業」ができた時に、ふるさとの樹を保全するためにはまず人をつくらないとだめだ、ということになったんです。確かに若干そういうことを手掛けて名の通った人もいたんですが、反面、科学的にみると、理屈に合わないことをやっている人もいた。そういう間違った知識が世の中にはびこったのでは今後いろいろと差し障りが出てきます。また、世界的に見ても、環境がいいのであまり問題がないためか、専門としている研究者が少ない。そこで年間80人程、樹木医を養成することにしたんです。当初は林野庁が支援して、(財)緑化センターが認定していましたが、つい最近、農林水産大臣の告示に基づく事項となり、ようやく大臣が認定した資格となりました。これは私たちがずっと願っていたことなんです。しっかりとした資格制度であれば、しっかりとした人を育てられます。そういう責任を持ってやってもらえるシステムをと希望してやっと叶いました。

──今、樹木医は何人くらいいるんですか。

鈴木 全国でまだ300人ほどしかいません。しかし将来に向けてもっと増えてもいい。やがては街路樹や庭園木にも活動が広がっていくわけですから。

──樹木医学研究会というのもつくられたそうですが。

鈴木 当初は樹木医学会という会をつくっていたんですが、「緑の文化財保全対策事業」がスタートした時に、将来社会的に認知されるようなかたちにしたいということで、同じような考えを持っている者が集まり、樹木医学研究会を発足させたんです。樹というのは先程も言いましたように非常に分かり難い部分が多い。私どもが世界中の植物を分かると言ったって、多くの場合は地上に出ている部分だけのことで、本当に知るには根を掘らなくてはいけないんです。共生菌とかさまざまなものは地下にある。ですからこれからの研究対象がかなりあるんです。この樹木医学研究会を通して、樹木について幅広く研究し、新しい樹の医学を考えていきたいと思っています。まだ先は多難ではありますが。

──樹はものを言わないぶん、われわれ人間がもっと気をつかってあげなければいけないですね。これからは先生のような樹木医がますます重要になってくると思います。今後のご活躍を期待しております。本日はありがとうございました。


近況報告

1999年に朝倉書房より、鈴木先生の編著書『樹木医学』が発行されました。
また、これまでの「樹木医学研究会」が、1999年9月に日本学術会議の登録学術研究団体に認定され、「樹木医学会」として新しくスタートされたそうです。


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