こだわりアカデミー

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本対談記事は、アットホーム(株)が全国の加盟不動産会社に向け発行している機関紙「at home time」に毎号掲載の同名コーナーの中から抜粋して公開しています。宇宙科学から遺伝子学、生物学、哲学、心理学、歴史学、文学、果ては環境問題 etc.まで、さまざまな学術分野の第一人者が語る最先端トピックや研究裏話あれこれ・・・。お忙しい毎日とは思いますが、たまにはお仕事・勉学を離れ、この「こだわりアカデミー」にお立ち寄り下さい。インタビュアーはアットホーム社長・松村文衞。1990年から毎月1回のペースでインタビューを続けています。
聞き手:アットホーム株式会社 代表取締役 松村文衞
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偶然の産物によって進化してきた生物。 でも、ヒトを形成する情報は DNA全体のわずか3%程度なんです。

進化するDNA

東京工業大学生命理工学研究科教授

岡田 典弘 氏

おかだ のりひろ

岡田 典弘

1947年、東京都生れ。78年、東京大学大学院薬学系研究科博士課程修了。アメリカNIH社、筑波大学生物科学系講師を経て、93年より現職。DNAの遺伝情報配列の研究で、81年、「tRNAグアニントランスグリコシアーゼとtRNAに存在する微量塩基成分Qの生合成機構」日本生科学会奨励賞を、96年、「ゲノムの多様性の獲得機構とその進化的異議に関する研究」で木原記念財団学術賞(第4回)を受賞。2003年よりアフリカ・ビクトリア湖のシクリッド遺伝子研究を開始し、04年、現地調査を行なう。動く遺伝子仮説が各メディアで話題になっている。

2004年12月号掲載


人間の細胞の中にあるDNAの97%は無機能

──先生は生物のDNAの研究でさまざまな実績を上げておられると聞いています。まず、初歩的な質問で恐縮なのですが、DNAとはどういうものなんでしょうか?簡単に教えていただけますか。

岡田 DNAとは、あらゆる生物の細胞の中にある重要な物質です。

具体的には、細胞の中にある「デオキシリボ核酸」という物質のことを「DNA」と呼んでいます。このDNAは、細胞の中では、まるで鎖のように何千万個も繋がり、長い紐のような形になっていて、この紐状のデオキシリボ核酸のことを「染色体」と呼んだりします。一言でいえば、DNAは、生物の体を構成する「設計図」の役割を果たしています。

──DNAを調べれば、体の設計図が分り、生物の体の仕組みが分るということですね。

岡田 そうです。ちなみに人間の染色体のDNA配列は、昨年(2003年)4月に解読が終了しました。これで人間の体の設計図がすべて明らかになったわけで、大ニュースになりましたね。

──はい。私も非常に感動した覚えがあります。

ところで、いろいろな生物の染色体を調べてみると、体を作るための設計図となる有効な部分はわずかしかなくて、残りは役に立たない部分だそうですね。先生はその部分を深く研究しておられるそうですが…。

岡田 そうなんですよ(笑)。人間の染色体では、約30億個のDNAの並びがあるわけですが、体の設計図として有効な部分はわずか3%足らず。残りの97%は体の設計図としては機能していないことが判明しています。


人間の染色体の約3割は自分自身で増えていく特殊なDNA配列

──その意味のない9割以上の部分に、いろいろな面白い現象が見付かってきているということですね。

岡田 はい。私は、体の設計図として機能していないDNAの配列を研究してきましたが、その中に「サイン(SINE)」と呼ばれるDNAの配列が大量にあることが分ってきました。

サインはDNAの構成単位であるヌクレオチドが300個ほど並んだもので、人間の染色体にはサインが100万回ほど出現します。つまりサインが人間の染色体の1割を占めているという計算になりますね。

またサインと同じようなものとして「ライン(LINE)」というものもあります。ラインはヌクレオチドが5,000個ほど並んだもので、人間の染色体で10万回ほど出現していて、全体の2割弱を占めます。

いろいろなサインとラインを合せると、人間の染色体の実に3割程度を占めているのです。

──そこまで大きな割合を占めるのには何か理由があるのでしょうか?

岡田 私は、20年以上サインの研究をする中で、実はサインが「自分自身をコピーして増えている」ということを発見しました。

つまりサインは、生物の都合には関係なく、自動的に増えていくメカニズムを持っているわけです。

具体的にいうと、サインはいわゆる「コピイ・アンド・ペースト」の要領で、自分自身をコピーしてそのコピーしたものを、DNAの鎖の中に貼り付けるという機能を持っているんです。だから、時間が経つにつれて自動的に増えていくわけです。またラインも同じような仕組みで増えていくことも分りました。

現在、アフリカビクトリア湖で生物進化の研究をされている。その湖に生息している体表の色彩が全く異なる、2種類のシクリッド。共に水深50cm程度の岩場で採取。(左)黒い縦じまがとてもきれいなParalabidochromis
現在、アフリカビクトリア湖で生物進化の研究をされている。その湖に生息している体表の色彩が全く異なる、2種類のシクリッド。共に水深50cm程度の岩場で採取。(左)黒い縦じまがとてもきれいなParalabidochromis ""rockkribensis""種のオス。(右)典型的なN.greenwoodi種。
〈写真提供:岡田典弘氏〉

──自分自身で増えていくというのは驚きですね。そうやってサインが勝手に増えていくと、いろいろな影響があるのではないですか?

岡田 前述したように、人間の染色体の中で体を構成する設計図として有効な部分はわずか3%足らずで、残りの97%は意味のない部分です。

このような3%の有効部分にサインが偶然入り込んでしまうと、この設計図が変化してしまうわけです。そして、設計図を変化させることによって、新しいタンパク質を作り出すというプラスの効果をもたらす可能性もあります。私の研究室では、こうしたサインの影響も研究しています。


特殊なDNA配列「サイン」を調べて生物進化の系統図を作る

──サインは生物の体を構成する設計図を変化させて、進化を促進することもあるというわけですね。また、サインを調べることで、生物の進化の歴史を調べることができるとも聞きましたが…?

岡田 サインには一度DNAの中に入り込むと二度とそこから外れることがないという特別な性質があります。

このようなサインの性質を考えると、同じ場所にサインが入り込んでいれば、その2種類の生物は同じ祖先を持っていることになりますね。

実際に私が発見した例を挙げると、クジラの祖先がどんな動物だったかは100年以上にわたって議論の的になってきました。そこで私はクジラを含む色々な生物について、染色体内の特定の場所にサインが存在するかどうかを調べてみたのですが、その結果、クジラとカバが同じ祖先を持っていることを発見したのです。これは古生物学の常識をくつがえす新発見として、新聞でも大きく報道されました。

──大変な発見ですね。この方法で調べていけば、生物の進化の歴史が分ることになるのでは?

岡田 そうですね。サインの存在する場所を比較したり、サインの種類を比較するなどの方法で、哺乳類などの進化の歴史はかなりの部分が解明できると思います。

しかしそれだけでは進化の全体像を知るには不十分なので、最近私はアフリカのビクトリア湖に生息するシクリッドという魚のDNAを研究しています。


DNAを変化させ適応。700種以上に分化したシクリッド

ケニア・ウガンダ・タンザニアに囲まれ、面積は6万8,000平方メートルにも及ぶアフリカ最大の湖、ビクトリア湖
ケニア・ウガンダ・タンザニアに囲まれ、面積は6万8,000平方メートルにも及ぶアフリカ最大の湖、ビクトリア湖
〈写真:岡田典弘氏撮影〉

──アフリカのビクトリア湖に注目されたのはなぜですか?

岡田 ビクトリア湖は1万2千年前に一度完全に干上がり、魚がいったん死滅しました。だからビクトリア湖の固有の魚である700種以上のシクリッドはわずか1万2千年の間に、同じ祖先から進化してきたと考えることができる。

次々とかかるシクリッドを網からはずす。トロール漁にて採取した一部。湖には多種多様のシクリッドが存在している
次々とかかるシクリッドを網からはずす。トロール漁にて採取した一部。湖には多種多様のシクリッドが存在している
〈写真:岡田典弘氏撮影〉
トロール漁にて採取した一部。湖には多種多様のシクリッドが存在している。〈写真:岡田典弘氏撮影〉
トロール漁にて採取した一部。湖には多種多様のシクリッドが存在している。
〈写真:岡田典弘氏撮影〉

シクリッドは体の大きさ、体の表面の色と模様、アゴの形状など、実にさまざまな種類に分れていて、見た目だけでは、ほぼ同一の染色体を持っているとは到底思えないほどです。

こういうケースは非常に珍しいので、生物進化の研究に適しているのです。

──わずか1万2千年前には同一の祖先だったのですから、染色体はほとんど同じはずですね。なぜそれほど多彩な形に変化したのでしょうか。

岡田 シクリッドが多彩に分化できた原因として、ごくわずかなDNAの変化が、非常に大きな生態の変化を作り出すという可能性が考えられます。

トロピカルな色が眩しいシクリッド。Haplochromis(Pundamilia)nyerereiオス。釣れた直後は特に色彩が大変美しい〈写真:岡田典弘氏撮影〉
トロピカルな色が眩しいシクリッド。Haplochromis(Pundamilia)nyerereiオス。釣れた直後は特に色彩が大変美しい〈写真:岡田典弘氏撮影〉

例えば網膜には光を感じる数種類のタンパク質が存在しますが、そのタンパク質の設計図であるDNAがほんの少し変化しただけで、感じる光の波長が変る。そして、より暗い光を感じることができるようになった魚は湖の深いところで生息できるようになり、やがて新しい種に分化する。網膜だけでなく、異性をひきつける役目を果たす体表の色と模様の変化も大きいでしょう。また餌を取ったり、子育てをしたりするためのアゴの形状もさまざまです。DNAのわずかな変化でこのような種の分化が起きていることが解明できれば、非常に大きな成果になると思います。

──ビクトリア湖でのシクリッドの現地調査も行なわれているそうですが、何か新しい発見はありましたか?

岡田 今年の夏、ビクトリア湖を2週間ほど訪れました。現地で調査をしてみると、非常に興味深い新事実が判明しました。最近、ビクトリア湖ではナイルパーチという回遊魚が登場し、これがシクリッドを食べるために、シクリッドは絶滅の危機にあるのですが、1種だけ減らない種がいたのです。実はこのシクリッドは夜行性だったんですね。だから、昼間に活動するナイルパーチから逃れることができたというわけです。どうやって夜行性になったのか、DNAの変化を今調べているところです。

──サインの研究や、シクリッドのDNAの研究などで、生物の進化のメカニズムが解明されていけば素晴らしいことです。私達人間の辿ってきた進化の変遷も分る日がくるかもしれないですね。

本日は進化の不思議を考えることができました。どうもありがとうございました。



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