こだわりアカデミー

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本対談記事は、アットホーム(株)が全国の加盟不動産会社に向け発行している機関紙「at home time」に毎号掲載の同名コーナーの中から抜粋して公開しています。宇宙科学から遺伝子学、生物学、哲学、心理学、歴史学、文学、果ては環境問題 etc.まで、さまざまな学術分野の第一人者が語る最先端トピックや研究裏話あれこれ・・・。お忙しい毎日とは思いますが、たまにはお仕事・勉学を離れ、この「こだわりアカデミー」にお立ち寄り下さい。インタビュアーはアットホーム社長・松村文衞。1990年から毎月1回のペースでインタビューを続けています。
聞き手:アットホーム株式会社 代表取締役 松村文衞
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納豆は、すごいパワーを持っています。 砂漠を緑化することだって夢じゃない!

納豆は地球を救う。驚愕の納豆パワー!

九州大学大学院農学研究員准教授

原 敏夫 氏

はら としお

原 敏夫

はら としお 1949年、福岡県生れ。74年、九州大学農学部食糧化学工学科卒業、78年、九州大学農学部助手、86年〜88年、英国ロンドン大学王立医科大学院大学に留学。89年、九州大学農学部助教授。専門分野は微生物遺伝子工学環境科学、農学博士。食品微生物の分野に初めて遺伝子工学を導入。「環境」と「食糧」をキーワードに、発酵微生物と人類の共生システムの開発を考えている。日本農芸化学会奨励賞受賞、著書に『納豆は地球を救う』(リバティ書房)。

2007年7月号掲載


驚異のネバネバパワー

──先生は、納豆についてさまざまな研究を行なっていると伺っております。「納豆」といえば、先ごろいろいろと物議をかもしましたが、ダイエット云々は別として、やはり健康食品の代表といえることは確かです。

しかし、それ以外にも、実は大変すばらしい可能性を秘めているとか…。

 そうなんです。納豆にはものすごいパワーがあるんですよ。しかも、あの「糸」に。

──あのネバネバした糸がですか?

 ええ。あの糸はポリグルタミン酸という高分子物質で、化学調味料としてご存知のグルタミン酸からできています。これが「ものすごい納豆パワー」の源泉です。

──と、おっしゃいますと?

ビーカーの手前にあるのは乾燥状態の納豆樹脂。ビーカーに入れて水を加えると、たちまち吸水してゼリー状にに膨れ上がる

ビーカーの手前にあるのは乾燥状態の納豆樹脂。ビーカーに入れて水を加えると、たちまち吸水してゼリー状にに膨れ上がる
<写真提供:原 敏夫氏>

 この納豆の糸、すなわちポリグルタミン酸に放射線(ガンマ線)を照射すると、寒天のようなブヨブヨしたゲル状になります。それを凍結乾燥させると白い粉末状の樹脂ができます。これが「納豆樹脂」と呼ばれる吸水性、可塑性、生分解性に優れた新素材で、こうした三つの特性を利用してさまざまな用途開発ができます。

──それらの特性を、分りやすく教えていただけますか?

 吸水性に優れているというのは、具体的には、納豆樹脂1gで3L以上の水を蓄えることができるということです。

また、可塑性とは、外から力や熱を加えると変形し、力を取り去っても元に戻らず、プラスチックと同じ性質を持ちます。

それから、生分解性があるというのは、微生物が分解すると水と炭酸ガスになるということで、地球環境に優しい素材ということになります。


納豆樹脂から「紙オムツ」が!

──なるほど、確かにすごいパワーですね。

ではそうした特性を活かして、納豆の糸からどんなものができるんでしょうか?

 吸水性に優れているという特性を利用して、紙オムツや化粧品の開発が進んでいます。

堆肥づくりにも取り組んでいます。牧場などでは飼育する牛の排泄物を堆肥にしていますが、北海道の冬場は排泄物の水分が凍結するため微生物が育ちにくい。そこで、2000年に納豆樹脂を使った「プロスポリマー」という堆肥化促進剤を開発しました。オガクズのような副資材を投入しなくても、これで水分調整ができ、微生物が活性化し、発酵作用が進み、堆肥化のスピードも格段にアップしました。

それから、可塑性を活かして、プラスチックに代る容器の開発も考えています。納豆から作った容器ですから食べることもできますし、しかも生分解性があるので使用後土に埋めるといった廃棄ができる。ゴミ問題の解決にもつながります。

──いろいろな可能性があるんですね。それにしても、納豆の糸から「オムツ」とは意外です。でも、納豆の糸ってそう大量に取れるものではないと思うんですが、どうやって大量生産するんですか?

まさか、工場で大量の納豆をかき回して作り出すわけでは…?

 ははは(笑)。いえいえ、実際はキャッサバという植物を利用して、発酵プラントで納豆菌を培養しています。

──キャッサバって、聞いたことがありますが…。

 芋の仲間で、主に熱帯に見られる低木です。根っこにデンプンが貯蔵されていて、蒸したり茹でたりするとジャガイモみたいな味と食感があります。皆さんご存知の「タピオカ」はこのキャッサバの別名なんですよ。

このキャッサバから取り出したデンプンを原料として納豆菌でポリグルタミン酸を発酵生産しているんです。この方法で、今では1日に1tは生産できるようになりました。

──そうだったんですか。どれも商品化したら、すばらしいビジネスになりそうですね。

ありがとうございます。ところが、「役に立つ」ことと「事業性がある」ことはまったく別の話のようで・・・。

納豆樹脂を応用した、生分解性の包装容器。土に埋設する前の状態(写真左)と埋設して1か月後(写真右)の様子。土に埋めると微生物によって水と炭酸ガスに分解されるので、環境にも優しい。廃棄物を減らすことができると商品化が期待されている

納豆樹脂を応用した、生分解性の包装容器。土に埋設する前の状態(写真左)と埋設して1か月後(写真右)の様子。土に埋めると微生物によって水と炭酸ガスに分解されるので、環境にも優しい。廃棄物を減らすことができると商品化が期待されている<写真提供:原 敏夫氏>

いろいろな企業ともお話ししているのですが、皆さん興味は示されるものの、実際の事業化となると腰が引けるようです。

そこで数年前、自ら商品の製造や販売を手掛けるベンチャー企業を立ち上げました。実際のところ、まだまだコスト面や技術面などで課題が多いですね。

実用化されたのは化粧品で、肌の潤いを保つスキンケア化粧品などが商品化されています。今、保湿ジェル化粧品のドクターズブランドとしての自社商品化を目指しています。

──ぜひ早く売り出してください。

納豆樹脂を使った発芽実験の様子。(写真上)栄養分を含むヘドロや、牧草の種と一緒に納豆樹脂を混ぜると(写真下)4日後に発芽した。温帯乾燥地を想定した条件下では、80%の発芽率が確認されている

納豆樹脂を使った発芽実験の様子。(写真上)栄養分を含むヘドロや、牧草の種と一緒に納豆樹脂を混ぜると(写真下)4日後に発芽した。温帯乾燥地を想定した条件下では、80%の発芽率が確認されている<写真提供:原 敏夫氏>


納豆樹脂と植物の種を砂漠に埋めたら...

──ところで、先生、ご研究のこれからの方向は?

 納豆樹脂を使って強靭な繊維やフィルムができる可能性もありますから、バイオ素材を始め、人工臓器、人工皮膚といった医療への利用も考えられるかな、と思っています。

それからこれは壮大な夢ですが、納豆樹脂をヘドロや植物の種と一緒に地中に埋めることで、砂漠の緑化ができないかと考えています。

実現にはもう少し時間が掛かると思いますが、温帯乾燥地を想定した実験では80%以上の発芽率が確認できています。

納豆樹枝を活用した砂漠の緑化を計画している原氏。

納豆樹枝を活用した砂漠の緑化を計画している原氏。
写真はゴビ砂漠での植樹ボランティアの様子
<写真提供:原 敏夫氏>

納豆樹脂の特性を活かして、何か世の中に提供できるものがあればと思っています。

──大量の水を吸収できる納豆樹脂ならではの活用法ですね。砂漠緑化事業を始め、時代のニーズに応える数々のご研究が一日も早く実現することを期待しています。

本日はありがとうございました。

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