こだわりアカデミー

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本対談記事は、アットホーム(株)が全国の加盟不動産会社に向け発行している機関紙「at home time」に毎号掲載の同名コーナーの中から抜粋して公開しています。宇宙科学から遺伝子学、生物学、哲学、心理学、歴史学、文学、果ては環境問題 etc.まで、さまざまな学術分野の第一人者が語る最先端トピックや研究裏話あれこれ・・・。お忙しい毎日とは思いますが、たまにはお仕事・勉学を離れ、この「こだわりアカデミー」にお立ち寄り下さい。インタビュアーはアットホーム社長・松村文衞。1990年から毎月1回のペースでインタビューを続けています。
聞き手:アットホーム株式会社 代表取締役 松村文衞
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月で見つかった 大衝突の痕跡から 地球生命誕生の謎に迫る

月探査で地球、太陽系を解明

国立天文台RISE月惑星探査検討室室長・教授

並木 則行 氏

なみき のりゆき

並木 則行

1963年福岡県出身。86年東京大学理学部地球物理学科卒業、88年同大学大学院理学研究科修士。95年マサチューセッツ工科大学 地球、大気、および惑星科学部Ph.D、同年九州大学理学部助手に。2009年千葉工業大学惑星探査研究センター副所長。14年より現職。

2017年11月号掲載


46億年前、月は地球から生まれた 

──先生のご専門は惑星科学で、月を中心に研究されていると伺っています。月といえば、今年の十五夜、中秋の名月は10月4日。秋は月の美しい季節です。日本では昔から、月を愛でる風習が受け継がれ、詩歌や民話などの題材にもよく用いられてきました。実は私たちが見ている月はいつも同じ面なのだそうですね。

並木 はい。地球の衛星である月は、自転と公転の周期がほぼ同じで、地球を1周する間に、月自身も1回転しています。そのため、常に同じ面を地球に向けていることになります。地球上で私たちが見ることができるのは月表面の約6割で、残り4割は絶対に見ることができません。

月は、自転と公転の周期がほぼ同じで、地球を1周する間に、
月自身も1回転する。そのため、地球からは常に同じ面が見えている

──見えていない部分、いわば月の裏側はどうなっているのでしょうか?

並木 表より高低の起伏がより激しいことが分かっています。また表の約3割は比較的平らで「海」と呼ばれていますが、裏側には海がほとんどありません。

──ほう、表と裏ではだいぶ様相が変わるのですね。それが見えていたら、さらに多くの物語が生まれていたのかもしれませんね。先生はなぜ、月の研究を手掛けられるようになったのでしょうか?


並木 学生時代にアメリカで惑星科学を勉強し、日本に帰国した時、ちょうど宇宙航空研究開発機構(JAXA)が月探査機「かぐや」のプロジェクトを開始したのです。惑星科学は、1960〜70年代にアポロ宇宙船が月の石を持ち帰ってきたことで、地球の地質学研究(地球科学)が月や太陽系の他の惑星の研究にも応用できるということが分かり始まった学問です。2007年に打ち上げられた「かぐや」は月の起源と進化の解明を目的としており、「ぜひやりたい」と手を挙げました。私は重力計測が専門で、月裏側の重力異常図作成などを手掛けました。

月探査機「かぐや」のハイビジョンカメラが撮影した「月から見た地球」(写真上)と「月面」(写真下)の画像〈©JAXA/NHK〉

──月の起源は今、どの程度まで分かってきているのでしょうか?

並木 現在、いくつかの説があり、一番確証が高いとされているのがジャイアントインパクト、巨大衝突説です。約46億年前の誕生したての地球に、火星ほどの大きさの惑星がぶつかったことで、地球の核を覆っているマントルを構成する岩石などの物質が飛び散り、それが集まってできたというものです。

──その説だと、月は地球のマントルと同じ物質でできていることになりますね。

並木 はい。それも、われわれが月を調査する大きな理由の一つです。月の成立ちが分かれば、地球誕生の解明につながることが期待されています。

月には太陽系誕生のカギが…?

並木 実は月には、地球のみならず太陽系誕生のカギが隠されている可能性もあります。

──どういうことでしょうか?

 


並木 太陽系は約46億年前に誕生したと考えられており、地球もその時にできたといわれていますが、その当時から変化していない岩石が月で見つかっています。その岩石には太陽系がどうやってできたのかという一番古い記憶が残っているということになります。

太陽系イメージ。太陽系は約46億年前に誕生したと考えられており、地球もその時にできたといわれている。その当時から変化していない岩石が月で見つかっており、太陽系の一番古い記憶が残っていると考えられる

──地球では見つからないのですか?

並木 地球では地殻変動が頻繁に起こったため、古い物質がほとんど残っていません。40億年前の石が見つかってはいるのですが、月と違って空気があるためすでに風化しており、当時の記憶を留めているとは考えにくいのです。

──月の岩石には大発見の可能性が秘められているのですね。

木星誕生で太陽系に大異変。 38億年前に何が起こった? 

並木 また、月面で隕石が多数降ったと思しき痕跡が見つかったことにより、38億年ほど前に、月で非常に激しい衝突が起こっていたとの説もあります。月の起源となった巨大衝突同様、その頃、太陽系の中で何か大きな変化が起きたと考えられます。

──いったい何が?

並木 シミュレーション技術を用いて太陽系をモデリングしたところ、木星が誕生して、太陽の引力に引き寄せられ、さらに外側にできた土星に逆方向に引き寄せられたりすることで、周囲に重力の大きな乱れが生じ、激しい衝突と散乱が勃発したのではないかと…。 

──シミュレーションでそこまで推測できるとは。

並木 はい。そしてさらにここが重要ポイントでもあるのですが、38億年前という時期は、地球で生命が大量発生した時期とも重なっているんです。

──つまりそのときの大衝突が生命誕生に何らかの関係があると?


並木 そうなんです。大衝突により多くの小惑星が飛び散ったことが関わっていると見られます。というのも、生命が生まれるためには、「水」「有機物」「エネルギー」「塩」の4つが必要なのですが、38億年より前の地球は、月誕生の際の大衝突で発生した膨大なエネルギーにより、表面が溶岩状態だったと考えられます。つまりそれ以前に生命や水があったとしても、焼けて全部なくなり、生命誕生に必要な有機物も全て分解されていた。そのため、生命の誕生は、地球外の何ものかによってもたらされた水や有機物が関与している可能性が大いにあります。

──ぶつかって散らばった小惑星に、水や有機物が含まれていたと考えられるわけですね。

並木 はい。現段階では推測ですが、隕石の中には水や有機物を含むものがあることは分かっているので、確度は高いのではないかと思っています。この説を裏付けるために今、可能性の高い小惑星を探査するプロジェクトも始まっています。

──小惑星探査といえば、イトカワを探査した「はやぶさ」のような?

「はやぶさ2」外観イメージ。小惑星到着後にタッチダウンしている想像図〈©池下章裕氏/写真提供:並木則行氏〉

並木 はい。その後続の探査機「はやぶさ2」を2014年12月に打ち上げ、「リュウグウ」と呼ばれる小惑星を調査します。2018年の夏に到着し、そこから1年半かけて3回サンプルを採取する計画です。

──水や有機物が見つかるかもしれませんね。

 小惑星「リュウグウ」によく似ていると考えられる小惑星「マチルダ」(「リュウグウ」は現段階では詳細が不明)〈©NASA〉

並木 はい。もし何か含有物が見つかり、それが地球にあるものと同じであれば、われわれ生命が小惑星由来のものだと断定でき、生命の起源の研究が大きく前進することになります。

──成果が待ち遠しいですね。月や小惑星を調べることで、地球の生命誕生の謎にも迫るという、なんとも壮大な研究テーマに、大いに感銘を受けました。
本日はどうもありがとうございました。



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