こだわりアカデミー

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本対談記事は、アットホーム(株)が全国の加盟不動産会社に向け発行している機関紙「at home time」に毎号掲載の同名コーナーの中から抜粋して公開しています。宇宙科学から遺伝子学、生物学、哲学、心理学、歴史学、文学、果ては環境問題 etc.まで、さまざまな学術分野の第一人者が語る最先端トピックや研究裏話あれこれ・・・。お忙しい毎日とは思いますが、たまにはお仕事・勉学を離れ、この「こだわりアカデミー」にお立ち寄り下さい。インタビュアーはアットホーム社長・松村文衞。1990年から毎月1回のペースでインタビューを続けています。
聞き手:アットホーム株式会社 代表取締役 松村文衞
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日本の伝統文化「折り紙」をヒントに、 世界初の「宇宙ヨット」を開発しました。

“折り紙”をヒントに、世界初の「宇宙ヨット」を開発

(独)宇宙航空研究開発機構月・惑星探査プログラムグループ助教

森 治 氏

もり おさむ

森 治

1999年、東京工業大学大学院理工学研究科機械物理工学専攻修士課程修了。99年、同大学工学部機械宇宙学科助手。2003年、宇宙航空研究開発機構(JAXA)宇宙科学研究本部宇宙航行システム研究系助手。現在、JAXA月・惑星探査プログラムグループ助教。これまでに、小惑星探査機「はやぶさ」の運用や「M-Vロケット」の打ち上げ、「S-310観測ロケット」の実験や大気球実験などに携わる。現在は、ソーラー電力セイル実証機「イカロス」のプロジェクトマネージャを務めている。専門は、動力学・制御、宇宙機システム。10年5月に金星探査機「あかつき」とともに打ち上げられた「イカロス」は、「宇宙ヨット」の技術を実証することに世界で初めて成功した。

2011年6月号掲載


太陽光発電もできる宇宙ヨット。100年来の人類の夢を実現


──このたびは、太陽の光で航行する宇宙ヨット「IKAROS(イカロス)」の成功、おめでとうございます。宇宙ヨットの技術を実証したのは、世界初の快挙だそうですね。
 ありがとうございます。無事に当初予定していた半年間のミッションを終えて、現在はさらに新しい実験にも取り組んでいます。
──「イカロス」は、ヨットのように帆を広げて航行する宇宙船だそうですが、どのような仕組みになっているのですか?
 ヨットは、セイル(帆)を広げて風の力で進みますが、「イカロス」も同じように、「ソーラーセイル」と呼ばれる帆を広げて、風の代わりに太陽の光の圧力を受けて燃料を使わずに進みます。セイルの向きを変えることによって、加速や減速、軌道等を調整することができるのです。
──それが「宇宙ヨット」と呼ばれる由縁なんですね。大きさはどの位あるのでしょうか。
 1辺が約14mの正方形で、対角線の長さは約20mになります。
セイルの一部には、薄い太陽電池を貼っていて、太陽光で発電することができ、これを「ソーラー電力セイル」といいます。
──セイル自体に発電する機能があるなんて、すごいですね。太陽の光があれば、エンジンや燃料がなくても、宇宙を航行できるのですね。
 その通りです。「宇宙ヨット」というのは、小説やアニメなどSFの世界ではよく出てきますが、アイデア自体は100年程前からあり、欧米でも研究は盛んに行なわれてきました。しかし、実用化の見通しがついたのは近年になってからで、日本が世界に先駆けて実証できたことは、次世代の惑星探査をリードすることにつながるのです。

日本が開発した世界初の宇宙ヨット「IKAROS(イカロス)」<写真提供:JAXA>

日本が開発した世界初の宇宙ヨット「IKAROS(イカロス)」<写真提供:JAXA>

 

──すばらしい快挙です。
それにしても、なぜ日本は「宇宙ヨット」を開発できたのですか。

 それは、日本が「ソーラーセイル」に最も重要な、薄くて軽く、宇宙空間の紫外線や放射線などに耐えられる丈夫なフィルムを作る技術を持っていたからです。

「イカロス」のセイルは、「ポリイミド樹脂」という非常に頑丈な素材でできていますが、厚さは7・5マイクロメートルしかありません。髪の毛の太さが100マイクロメートルなので、どれだけ薄いか想像できるかと思います。さらに、アルミを吹き付けて太陽の光を反射しやすくしているのですが、厚さはほとんど変りません。
──そんなに薄いのですか!
 実は、日本は「ポリイミド樹脂」の世界シェア第1位なんです。メーカーに相談しながら、できるだけ軽く均一で破れにくいようさまざまな工夫を施して、ようやく完成することができました。
──世界初の「ソーラーセイル」を実現できたのは、日本企業の高い技術力があったお陰なんですね。

 

四つのミッションをすべて達成。世界初の撮影にも成功


──ところで、「イカロス」にはどんなミッションがあったのですか。
 四つのミッションがありました。まず一つ目は、大型の薄いセイルを宇宙で広げること。二つ目は、セイルに貼り付けてある薄膜太陽電池で発電をすること。三つ目は、太陽の光によってセイルが実際に加速するか確認すること。そして、四つ目は、セイルの方向をコントロールし、目標となる軌道に沿って進むことです。
──太陽の光というのは、どの位の力なのですか。また、どのようにしてセイルをコントロールするのでしょう。
 約200屬痢屮宗璽蕁璽札ぅ襦廚蓮太陽の光から0・1gの圧力を受けます。
──そんなに小さい力なんですか。
 力は弱くても太陽の光を常に受け続けることで、徐々に加速するんですよ。宇宙空間には空気抵抗がないこともポイントですね。
また、太陽光に対して、セイルを斜めに傾けることで、軌道をコントロールすることができます。
「イカロス」に搭載したガスジェットを使って、まず本体の向きを変えると、つられてセイルもゆっくりと姿勢を変えるのです。
4つのミッションは予定通り達成することができました。

──成功話をお聞きしていると何だか簡単に思えてしまいますが、ここまで来るのには、ご苦労も大変多かったのではないでしょうか。
 そうですね、いろいろありました。四つのミッションのうち、実は一番難しかったのが一つ目の、セイルを宇宙で広げる技術です。
セイルをロケットで打ち上げるためには折り畳んでコンパクトにしなければならず、「イカロス」では円柱形の本体の側面にグルグルと巻き付けて収納しています。宇宙空間で本体を回転させ、遠心力を使ってセイルを開きます。二段階に分けて展開することで、薄くて大型のセイルが途中で引っ掛かることなく均等に広がるようにしました。
──斬新なアイデアですね。


 はい。実は、日本の伝統文化「折り紙」がヒントになっています。さまざまな折り方を試し、試行錯誤を重ねた結果「イカロス」の形態に至ったのです。
──200屬發△襯札ぅ襪亮存海蓮地上ではどのように行なったのでしょうか。

 スケートリンクでカーリングストーンを先端の重りに使って縮尺セイルの展開実験をしたり、気球で上空に持っていき、真空に近い状態でセイルを広げたこともあります。

これらの実験は、あくまでも重力や空気抵抗が少ない状況での実験で、宇宙空間となると、実際にやってみなければ分りませんでした。
──打ち上げてみて、いかがでしたか?
 やはり地上のシミュレーション通りにはいかなくて、途中から計算し直して、新しいモデルを何度もつくりました。少しでも予想と違うと、また見直してという繰り返しで、セイルの展開の時には、3日間寝ずに回転のバランスなどを計算し続けていました。

「ソーラー電力セイル」展開方式          
先端の重りを分離   一次展開   二次展開    
ロケットから分離した後、正方形のセイルの角に取り付けた四つの重りを同時に解放する 巻き付けたセイルを押さえているつっかい棒を少しずつスライドさせて、遠心力でセイルを徐々に引き出していく。完全に引き出すと十字の状態に つっかい棒を倒すと、折り畳まれていたセイルが解放され、遠心力によってセイルが一気に広がる 展開終了後も回転を維持することで、セイルが広がった正方形の状態を保つ
ロケットから分離した後、正方形のセイルの角に取り付けた四つの重りを同時に解放する   巻き付けたセイルを押さえているつっかい棒を少しずつスライドさせて、遠心力でセイルを徐々に引き出していく。完全に引き出すと十字の状態に   つっかい棒を倒すと、折り畳まれていたセイルが解放され、遠心力によってセイルが一気に広がる   展開終了後も回転を維持することで、セイルが広がった正方形の状態を保つ
<写真提供:JAXA>          

──成功の陰には、かなりのご苦労があったんですね。
そういえば、セイルを開いた「イカロス」の姿をカメラで撮影されたそうですが。
 ええ。「イカロス」には自分の姿を撮影できる分離カメラを搭載していたのですが、セイルが完全に開いた姿を見た時には、本当に美しくて感動しました。
そもそも、人工衛星が自分の全身を撮影することに成功したのは、「イカロス」が世界初なんですよ。世界中から大きな反響をいただきました。

「イカロス」の本体は直径約1.6m、高さ約0.8mの円筒形をしている。セイルは四つに分れて、打ち上げ時にはそれぞれ蛇腹のように折り畳まれ、本体の側面に巻き付けられている<写真提供:JAXA>
「イカロス」の本体は直径約1.6m、高さ約0.8mの円筒形をしている。セイルは四つに分れて、打ち上げ時にはそれぞれ蛇腹のように折り畳まれ、本体の側面に巻き付けられている<写真提供:JAXA>

──宇宙空間に浮かぶ正方形のセイルの姿は、インパクトがあって、観る人の心を揺さぶりますね。
「イカロス」は予定していたミッションをすべて達成しましたが、今後はどのような計画ですか?


 2012年3月末まで運用を続けていくことが決まっています。

これまでのミッションを継続するだけでなくて新しいミッションも実施します。スピンの速度を思い切って小さくしたり、舵を大きく切ったりするなど、「宇宙ヨット」をもっと上手に乗りこなすためのトレーニングを積みたいと考えています。

 

「イオンエンジン」と組み合せた木星探査機開発へ


──「イカロス」の成功の次は、どのようなプロジェクトを?
 「イカロス」は「ソーラー電力セイル」の実験機でした。その成果を取り入れて、今度は「イカロス」に比べ面積10倍(2000屐砲梁腓な「ソーラー電力セイル」に「イオンエンジン」を搭載した、木星探査機の開発に取り組んでいます。
──「イオンエンジン」とはどんなものですか?
 燃料をイオン化し電力で加速させて噴射する推進装置で、燃費がとても良いのです。小惑星探査機「はやぶさ」ではメインエンジンとして使われていました。「ソーラーセイル」は燃料を必要としませんが、太陽の光だけで進むにはきめ細かいコントロールが難しいため、木星探査機では「ソーラー電力セイル」で得た電力で「イオンエンジン」も駆動します。18年か19年頃に打ち上げて、木星やさらにその先の小惑星に行くことも想定しています。

今後は「イカロス」の10倍の面積の「ソーラー電力セイル」に「イオンエンジン」を組み合せた木星探査機の打ち上げを計画している<写真提供:JAXA>
今後は「イカロス」の10倍の面積の「ソーラー電力セイル」に「イオンエンジン」を組み合せた木星探査機の打ち上げを計画している<写真提供:JAXA>

──日本では、低燃費で省エネな宇宙船の開発を目指しているのですね。
 アメリカのNASAでも、近く木星探査機を打ち上げますが、太陽電池や燃料を大量に積んだ宇宙船となっています。これだと宇宙船自体が重くなってしまい、打ち上げるには、巨大なロケットが必要で、膨大な費用が掛かってしまいます。われわれも予算があれば同じことができますが、日本の開発費はNASAの10分の1。少ない予算で対抗するには、技で勝負する必要がありました。
──そのことが、コンパクトに畳める「ソーラー電力セイル」の開発成功につながったのですね。
日本ならではの本当にすばらしい技術だと思います。これからも宇宙での新しい挑戦に期待しています。
本日はありがとうございました。

<補足>「イカロス」は2010年5月21日、ロケット「H-IIA17号機」で金星探査機「あかつき」と一緒に種子島宇宙センターから打ち上げられた。「あかつき」は、そのままでは本体が軽過ぎてしまい、ロケット打ち上げ時に震動で振られてしまうため、急遽、重りとして「イカロス」を搭載することになった。それぞれロケットからの分離に成功し、「イカロス」はその後、半年間のミッションを無事に達成した。



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