こだわりアカデミー

こだわりアカデミー

本対談記事は、アットホーム(株)が全国の加盟不動産会社に向け発行している機関紙「at home time」に毎号掲載の同名コーナーの中から抜粋して公開しています。宇宙科学から遺伝子学、生物学、哲学、心理学、歴史学、文学、果ては環境問題 etc.まで、さまざまな学術分野の第一人者が語る最先端トピックや研究裏話あれこれ・・・。お忙しい毎日とは思いますが、たまにはお仕事・勉学を離れ、この「こだわりアカデミー」にお立ち寄り下さい。インタビュアーはアットホーム社長・松村文衞。1990年から毎月1回のペースでインタビューを続けています。
聞き手:アットホーム株式会社 代表取締役 松村文衞
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大人が子供達のためにしてやれることは 何かを考え直すべき時が 今ではないかという気がしますね。

「子ども相談室」と現代の子どもたち

国際学院埼玉短期大学幼児教育科教授  「全国子ども電話相談室」回答者

杉浦 宏 氏

すぎうら ひろし

杉浦 宏

1930年東京生れ。日本大学農学部水産学科卒業後、上野動物園水族館、井の頭水生文化園、上野動物園飼育課を経て現在、国際学院埼玉短期大学教授、日本大学国際関係学部講師。江の島水族館の特別顧問も務める。専攻は魚類学、生態・環境学。またTBSラジオで放送されている「全国子ども電話相談室」の回答者を務めるなど多方面で活躍中。子供の視点に立ったあたたかく優しい口調の解説で「おさかな博士」として親しまれている。著書に『水族館は海への扉』(89年、岩波ジュニア新書)、『わが子に語る動物の不思議な話』(91年、フォー・ユー)、『海辺の探検』(93年、童心社)、『動物たちの死をみつめて』(93年、弘文堂−写真)ほか多数。

1994年10月号掲載


日本の転換期に始まった「子ども電話相談室」

──先生が回答者を務めておられる「全国子ども電話相談室」はずいぶん長い間放送されていますね。

杉浦 放送が始まったのは昭和39年7月ですから、もう30年になりますね。

──どのようなきっかけで回答者になられたのですか。

杉浦 実はその3年前に、あるラジオ番組の中で、生き物などに関する質問や相談を受けるコーナーが始まったんです。当時私は上野動物園の水族館にいたんですが、水の中の生き物に関する質問などがくると、その都度われわれのところに「どういうわけでしょう」と電話をくださるんですよ。その回答をするんですが、電話でのやりとりだけだと間接的になるので「先生、ちょっと来てください」ということになり、そこでしばらく生き物に関する電話相談を受けていたんです。

──始めから子供専門ではなかったんですね。でも昭和39年といえばオリンピックもあって、日本が一つの目標に向かってすごい勢いで動いてた大変な時期でしたね。

杉浦 そうでしたね。その時の子供達はというと、親が忙しすぎて、ほっぽりだされていたのが現実だったんだろうと思います。

そういうことが一つのきっかけになって、電話相談の子供向けの番組をやろうということになったんです。当然僕にも誘いがあったんですが、即座にお断りしたんですよ。大人なら話をしていても、あうんの呼吸でなんとかなるけど子供はそうはいかないでしょう。

とことん食い下がられたらどうしよう、僕は教育者じゃないし、子供に答えるなんてことは恐れ多くてできないと、かたくなに断っていたんですが、科学ジャーナリストの相島敏夫先生や無着成恭先生を始め、局のスタッフに説得されて、出ることになりました。


自ら体験しなくなった時代の子供

──今までに子供たちから、いろいろな質問があったと思いますが、始まった頃と現在の質問とでは、時代的な傾向はありますか。

杉浦 ええ。子供の本質そのものは変っていないと思うんですが、頭の中でものを考えちゃう子供が結構増えています。

ある時「なめくじにお塩をかけたら溶けるけれども、砂糖をかけたらどうなるの?」と質問されたんです。こっちは一瞬戸惑うわけですよ。砂糖をかけたことないんだから。それで「君はどう思う」と聞くと「膨らむと思う」と言う。こっちはエッと思ってますます混乱したんです。その子は「塩は辛くて砂糖は甘い。反対だから」って。そう言われて頭の中で考えているうちに、これは多分塩と同じだと思い、「きっと塩をかけた時と同じようにように溶けてしまうかもしれない。でも、本当はどっちだろうね。じゃ、おじさんが今日帰ったらやってみるからね」と答えたわけです。

早速、家の裏でなめくじを見つけてやってみると、やはり、塩と同じでした。それまで本当にそうなるのか不安でしたからホッとしました。

──本来なら、なめくじを探して実際にやってみるんでしょうが、頭で考えるだけで、自分で体験しなくなってしまったんですね。

杉浦 そうなんです。

また、今の子は結構あっけらかんとしてますね。例えば性の問題にしても、最初の頃は、無着先生が盛んにおしべとめしべの話をしたわけですよ。でも今はそんな回りくどいことはせず、もっとズバリ言って平気なんです。性教育自体もこの30年で大きく変りましたから。しかし、最初に子供にしゃべった時はこっちの方がドキドキしてしまいました。


生き物を哀れに思う気持ちを大事にしてやることが必要

──昔の子供は、自然の中で遊びながら学んだものがありましたよね。でも今では自然に接する機会も減ってきて、子供達を取り巻く環境が大きく変化してきている。

杉浦 そんな中で4、5年前に、これは質問というより訴えなんですが、こんな電話がありました。「朝起きたら金魚が死んでいて、お母さんに言ったら箸でつまんでポリバケツに捨てなさいと言われちゃった・・・」。これがその子にとってすごいショックだったんですね。早く元気にならないかなと思っていた金魚が死んでしまった。でもお母さんにそう言われて、どうしたらいいか分かんなくなって、その子は番組が始まる4時まで待っていたんだと思いますよ。そして最初に電話をかけてきた。「ところで今その金魚はどうしてる」と聞いたら、「まだ水槽に浮いている」と言う。「そうか、じゃ君が宝物でも入れている大事な箱はないかな」初めはキョトンとしてるんです。「死んだ金魚を入れてやれるぐらいのちっちゃな箱がないかなぁ。あったらその箱に脱脂綿でも敷いて、上に金魚を寝かせておやり」庭があればいいが団地ということもあるでしょう。だから、「そして公園の隅っこにでも埋めておやりよ」と言ったら、その子が「分かった!」と言って電話をガチャンと切った。

──自分が何をしてやったらいいか分かったから慌てちゃったんですね。

杉浦 ああ、良かったなと思いました。電話は切られたけど、その子がバタバタッと駆けていく足音が聞こえるようで。

こんなことは本来親に聞けばいいことです。でも、お母さんは朝の忙しい時だし、生ゴミとして処理するのが一番いいと思ったんでしょうね。それはそれで正解なんです。

でも、生き物が死んでかわいそうに思うその子の気持ちに応えてやったら、その子はあとで優しい子に育つだろうと思ったんです。

──大人にとってはそれほど重要なことではなくても、子供にとっては一大事、ということがあるわけですね。

杉浦 われわれ大人は、そういう子供達の気持ちや訴えを大事にしてあげる必要があると思いますね。


周りのものに目を向ける「気付くこと」の重要性

──先生がお書きになられた「動物たちの死をみつめて」を拝読しましたが、副題に"死から生きることを考える"とありますね。

杉浦 今僕達は、子供たちに何を伝え、何を気付かせてやらなければならないかということの一つとして、生あるものは死ぬんだよ、でも、「死」ということをしっかり見つめてやらなかったら生きる喜びはないだろう、というところに結び付けているわけです。

だから、動物を飼ったらいけない、とか昆虫採集は生物虐待とか言わず、やってもいいんです。例えば、トンボをつかまえて羽根をちょんぎって飛ばしてもいい。

「そんなことをしたらかわいそうだ」とか言っても、子供には、何故かわいそうなのか理解できませんよ。

でも、短くなった羽根で一生懸命飛んでいるのを見た時、「あ、かわいそうだ、悪いことをしたな」と思えば次の日からやらなくなるもんです。

──知識ではなく感動なんですね。

その感動がいい体験となって、人間的にも成長していく。

杉浦 その通りですよ。

僕は今短大のほかに、三島にある日大の国際関係学部でも生物学の講義を行っているんです。

新幹線の三島駅から大学まで10分くらい歩いていくんですが、そうすると、あるところでは道端に地元の老人クラブの人達が花を植えていたり、ある家ではたくさんの花をワーッと鉢植えにしてあったりする。学校に着くまで50種類くらいの花が咲いていた時もあったんです。これは僕にとっては感動ですからね。講義の時にそのことを話したら、次の週に一人の学生が、こういうことを言うんです。

家に帰ってテレビのニュースを見ていたら、お母さんが花の映っている画面を見て「きれいな花ね」と一言漏らしたのを聞いてアッと思った。先生は50種類の花を見たって一人で喜んでた。お母さんはニュースの中身より花を見て「きれい」と言った。「見なきゃいけない、気付くことだ」と大学生になって始めて分かったって。

──その子は幸せでしたね。花に関する事柄が、偶然2つ重なって、周りに目を向ける大切さに気が付いて。

杉浦 こんなこともありました。短大の運動会の朝、グラウンドに行ったら、カッコウがきれいな声で鳴いていたんです。で次の日「昨日カッコウの声を聴いた人いるか」と学生達に尋ねたら、「エッ、カッコウが鳴いてたんですか」なんて言うんです。結局一割くらいの学生しか聴いていない。

──それは一体どういうわけなんでしょう。

杉浦 結局耳に入ってこないんですよ。

子供のために子供のために、といって、大人達は本当に何をやってきたのだろうと考えると、今の小学校、中学校、高校は受験のための教育だから記憶重視の押込み型でしょう。

周りのものに目が向かない、気付かない人間になってしまうんですね。

大人が子供にしてやれることは何なのか、ということをもう1回問いただし、考え直していかなければならないのが、今ではないかという気がしますね。

──いろいろな体験を持っているわれわれの世代が、次の世代に伝えておかなければいけないことがまだまだたくさんあるような気がします。今日はいいお話をありがとうございました。


近況報告

2000年3月、母校である日本大学より「国際的視野からみた水族館の役割−特に技術的進歩について−」の論文に対して博士(国際関係)Ph.Dを受けられたとのこと。


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