こだわりアカデミー

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本対談記事は、アットホーム(株)が全国の加盟不動産会社に向け発行している機関紙「at home time」に毎号掲載の同名コーナーの中から抜粋して公開しています。宇宙科学から遺伝子学、生物学、哲学、心理学、歴史学、文学、果ては環境問題 etc.まで、さまざまな学術分野の第一人者が語る最先端トピックや研究裏話あれこれ・・・。お忙しい毎日とは思いますが、たまにはお仕事・勉学を離れ、この「こだわりアカデミー」にお立ち寄り下さい。インタビュアーはアットホーム社長・松村文衞。1990年から毎月1回のペースでインタビューを続けています。
聞き手:アットホーム株式会社 代表取締役 松村文衞
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時差ボケは体内リズムの乱れ。 細胞内にある「時計遺伝子」がその鍵を握っています。

体内時計をコントロールする時計遺伝子

山口大学時間学研究所教授

明石 真 氏

あかし まこと

明石 真

1973年北海道生まれ。97年京都大学農学部卒業、2002年京都大学大学院理学研究科博士課程修了、同年同大学院生命科学研究科学振研究員PD、03年大阪バイオサイエンス研究所学振研究員SPD、04年佐賀大学医学部循環器内科寄附講座教員、07年佐賀大学医学部循環器内科助教、09年より現職。専門分野は「時間生物学」で、生物の体内時計や代謝変化など、生体の持つリズムについての研究を行っている。頭髪やひげなどの根元に付着する細胞を採取することで、簡便に人間の体内時計を測定する方法を開発。今後、医療分野での活用が期待されている。2010年日本時間生物学会学術奨励賞、11年文部科学大臣表彰「科学技術賞(理解増進部門)」を受賞。

2012年10月号掲載


時間学研究所で生体リズムの仕組みを研究

──先生は、日本で唯一「時間」をキーワードに研究を行う研究機関「時間学研究所」に所属されているとうかがっております。「時間学」とは、あまり耳慣れない言葉ですが…?


明石 時間学研究所は2000年に当時山口大学の学長であった広中平祐先生により、設立された研究機関です。


──あの、数学のノーベル賞といわれるフィールズ賞を受賞した広中先生ですか?


明石 はい、そうです。当研究所は文系・理系を問わず、幅広い分野の研究者が集まって交流を図りながら、時間に関するさまざまな研究を行っています。


──先生はその中で、「時間生物学」という分野についてご研究されているそうですね。


明石 はい。これは、生物の体内時計について研究する分野です。体内時計とは、例えば私たち人間は、窓も時計もなく時間が分からない部屋に閉じ込められても、だいたい1日の時間を把握することができます。この生体リズムの仕組みを解明するために、研究を行っているのです。


──なるほど。そもそも体内時計とはどういうものなんですか?


明石 はい。簡単に言うと、生物が太陽サイクルに適応して生きるために、進化の過程の中でつくられた機能と考えられます。
原始の地球は紫外線が強く、生き物は単細胞生物でしたから、むき出しの単細胞が紫外線を浴びると、すぐに滅びてしまいます。だから、日が昇るころには隠れて、沈むころに活動を始めるなど、太陽サイクルに合わせて活動できる能力を持った生物が生き延びていき、進化していったと考えられます。

 


 

──環境への適応のために体内時計ができたのですね。


明石 そうです。ですからこの能力は人間だけでなく、ネズミや昆虫、微生物にすらあるのですよ。

全ての細胞の中で時を刻む「時計遺伝子」

──体の中のどこに体内時計があるのでしょうか?


明石 まだ全ては解明できていないのですが、体内時計の基本になっているのは、「時計遺伝子」と呼ばれるもので、私たちの体を構成している細胞の中に組み込まれていることが分かってきました。人間の場合、全身60兆個以上の細胞一つ一つの中に、時計のように時を刻みながら、1日周期で活動する遺伝子がいくつかあります。これが時計遺伝子で、細胞の活動はこの時計遺伝子のコントロールにより行われています。


──60兆個の時計遺伝子が一体となって働いているということですか?


明石 いやいや。各時計遺伝子が乱れてバラバラに働かないように、脳の視床下部の中に、全体を取りまとめて指令を出している機能があるんです。「視交叉上核(しこうさじょうかく)」と呼ばれ、網膜から視覚情報を伝える視神経が交差するところにある1mm程度の神経細胞の塊がそれです。

視交叉上核は、両目の網膜から視覚情報を伝える視神経が交差するところにある
視交叉上核は、両目の網膜から視覚情報を伝える視神経が交差するところにある

──そんなに小さい組織が、どのように全体に指令を送るのでしょうか?


明石 副腎に指令が送られて、ホルモンの調整が行われたり、体温の中枢に働きかけて、体温のリズムをつくったりしていて、時計遺伝子がそれに合わせているのではないかと考えられています。


──時計遺伝子が体内時計の元になっていることは分かりました。ちなみに、体内時計が狂うと、どうなってしまうのですか?


明石 海外旅行に行ったときに起こる、時差ボケの状態になります。通常は、朝日を浴びる生活をしていると、数日で体内時計がリセットされて正常に戻ります。

写真はマウスの視交叉上核における時計遺伝子の活動を発光としてとらえたもの<写真提供:明石 真氏>
写真はマウスの視交叉上核における時計遺伝子の活動を発光としてとらえたもの<写真提供:明石 真氏>

──海外旅行に行かなくても、時差ボケ状態になることがありますか?

 


 

明石 例えば、昼夜交代勤務の方などは、生活のリズムが整えにくく、体内時計がなかなか対応できないため、慢性的な時差ボケになっていることが多いのです。また、夜中にパソコンやスマートフォンなどを長時間使用すると、目から強い光が入ってしまい、昼間と勘違いをして、体内時計のリズムが崩れて、「起きられない」「集中力がない」などの状態になります。さらにその乱れが続くと、精神疾患、高血圧、糖尿病、動脈硬化など、さまざまな健康に影響を与えることも分かってきました。

「体内時計」測定の新手法を開発

──ということは、時差ボケ状態であることを早くつかむことができれば、健康を改善することもできそうですね。
先生は、体内時計のズレをすぐに確認することができるように、体内時計の状態を簡単に測定できる方法を開発されたとか。


明石 はい。従来は、口内粘膜や血液による測定などが主流で、煩雑で精度が低かったのですが、頭髪やひげなどの根元に付いている細胞を採取し、そこにある時計遺伝子の活動を計測することで人それぞれの体内時計の状態を把握する手法を生み出しました。比較的簡単に計測でき、精度も高いです。

抜き取った体毛(髪やひげ)の根元に付着する細胞を利用することで、簡単に体内時計の測定ができる<写真提供:明石 真氏>
抜き取った体毛(髪やひげ)の根元に付着する細胞を利用することで、簡単に体内時計の測定ができる<写真提供:明石 真氏>

──新しい測定法によって体内時計の状態が分かると、さまざまな応用ができそうですね。


明石 はい。最近では「時間医療」という分野が注目されてきています。人間の体の体温、血圧、循環器機能、免疫機能、代謝などには、リズムがあることはお分かりだと思いますが、薬に対する反応、吸収がいい、悪い、副作用の具合なども、各人のリズムによってかなり違ってきます。ある種の抗がん剤は、就寝中(体内時計の夜間)に投与すると、吐き気や抜け毛などの副作用が劇的に減り、かつ効果も大きいことが分かっています。

抜き取った体毛(髪やひげ)の根元に付着する細胞を利用することで、簡単に体内時計の測定ができる<写真提供:明石 真氏>
抜き取った体毛(髪やひげ)の根元に付着する細胞を利用することで、簡単に体内時計の測定ができる<写真提供:明石 真氏>

──なるほど。各人の体内のリズムの状態を確認しながら、病気に対する治療や投薬を最適なタイミングで実施することが可能になるというわけですね。


明石 その通りです。その他にも、睡眠障害やうつ病など、体内時計の乱れによる病気の予防、診断、治療といった分野でも役立てるよう、さらに精度を上げ、普及に努めていきたいと思います。


──今後に期待しております。
本日はありがとうございました。

明石氏の研究室では、体内時計を簡単に測定できる方法を開発。写真は、実験のために、頭髪を採取している様子と研究室の様子<写真提供:明石 真氏> 明石氏の研究室では、体内時計を簡単に測定できる方法を開発。写真は、実験のために、頭髪を採取している様子と研究室の様子<写真提供:明石 真氏>
明石氏の研究室では、体内時計を簡単に測定できる方法を開発。写真は、実験のために、頭髪を採取している様子と研究室の様子<写真提供:明石 真氏>



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