こだわりアカデミー

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本対談記事は、アットホーム(株)が全国の加盟不動産会社に向け発行している機関紙「at home time」に毎号掲載の同名コーナーの中から抜粋して公開しています。宇宙科学から遺伝子学、生物学、哲学、心理学、歴史学、文学、果ては環境問題 etc.まで、さまざまな学術分野の第一人者が語る最先端トピックや研究裏話あれこれ・・・。お忙しい毎日とは思いますが、たまにはお仕事・勉学を離れ、この「こだわりアカデミー」にお立ち寄り下さい。インタビュアーはアットホーム社長・松村文衞。1990年から毎月1回のペースでインタビューを続けています。
聞き手:アットホーム株式会社 代表取締役 松村文衞
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環境変化の激しい地球で生き延びていくために 高等動物には「眠り」が不可欠になったんです。

高等になるほどよく眠る?

東京医科歯科大学医用器材研究所教授

井上 昌次郎 氏

いのうえ しょうじろう

井上 昌次郎

いのうえ・しょうじろう 1935年ソウル生れ。60年、東京大学理学部生物学科卒業。65年、同大学院博士課程終了、 理学博士。72年より東京医科歯科大学医用器材研究所教授、睡眠科学を専攻。ベイラー医大(米)、エルランゲン・ニュ ルンベルク大(独)留学の経験を持つ。現在、世界睡眠学会連合理事、アジア睡眠学会理事、日本睡眠学会理事。主な著 書に「睡眠の不思議」(88年、講談社)、「脳と睡眠」(89年、共立出版)、「Biology of Sleep Substances」 (89年、CRC Press)、「ヒトはなぜ眠るのか」(94年、筑摩書房)、「動物たちはなぜ眠るのか」(96年、丸善ブックス)−写真下−等。

1996年12月号掲載


生物によって眠り方も多種多様

──「眠り」というのは何のために必要なんでしょうか。

井上 「眠り」の根源となるものは、何よりもまず、われわれ生命体が「地球上に存在している」という宿命的な条件の中から生れてきました。というのは、地球上には「昼夜」という1日を単位とした変化があり、「四季」という季節の変化がある。そういう激しい環境に順応できなければ、当然、生物は生き延びていけないわけです。しかしながら、どんな環境にも適応できる生物はいない。例えば同じ1日の中でも、「活動するのに適当な時間帯」と「適さない時間帯」がある。季節についても同様です。そこで、生物はこの「活動に適さない時間帯(季節)」を「休息期」に充てることで、自らがより長く生き延びられるようプログラムを作らざるを得なかった。つまり、地球上のほとんどすべての生き物は、生きていくために、活動期と休息期を繰り返す生活システムを持たざるを得なかったということです。

──では「睡眠」というのは「休息期」が変化した、あるいは進化した形としてできてきたものですか。

井上 そういうことになりますね。

そもそも下等な動物や植物にとっての「休息」というのは、単に活動を止めるということでよかったわけです。ところが、高等動物になりますと、常に体温が高く保たれ、また自分の身体の中でいろいろな機能が自動的にできる仕組みを持つようになりました。つまり、外の環境と違う別の環境を体内に持ったわけです。そうすると、これまで外部環境に対してだけの活動や休息であったのが、内部環境の状況に応じても、活動をしたりやめたり、あるいは上げたり下げたりする必要が出てきた。特に、脳が巨大になるにつれ、さらに複雑なコントロールが必要になってきた。そういう中で編み出されたのが「睡眠」なんです。

──眠りのもとになっていた「休息」が、進化の過程で、その生物の内外環境に合った形に変化していったということですね。「眠りの進化」でもあるのかな…。

先生のご著書『動物たちはなぜ眠るのか』にも書かれていましたが、われわれ人間は基本的に横になって眠る、魚は泳ぎながら眠る、渡り鳥は飛びながらでも脳を片方ずつ交代に眠らせている、というように、休み方、眠り方にしても、その生物を取り巻く環境に応じていろいろな形ができてきたわけですね。

井上 結局、生き延びるためのひとつの適応技術ですからね。こうでダメならこれもやってみる、それもダメならまた別のやり方でやってみるということで、生物がいろんなやり方で生きているのと同じように、眠り方もいろんな試行錯誤の中で、それぞれに合った形ができ上がってきたわけです。


人間は起き続けていると死んでしまう

──ところで、眠りについての関心は誰もが持っていると思いますが、研究は進んでいるんですか。

井上 アリストテレスが「睡眠と覚醒について」という論文まで書いていることからも分かるように、昔から、睡眠とか夢に関して「興味」を持つ人はけっこう多かったんです。しかしながら「学問」として、つまり自然科学という分野から眠りの本質にアプローチする研究は遅れていました。なんとなれば、20−30年くらい前までは、眠りの研究なんかしてもしょうがない、あんなものは研究するに値しないというムードが大勢だったんです。

──なぜ学問としての取組みが遅れたんでしょう。

井上 要するに、「眠る」ということは、活動することをやめてしまった状態である、という程度の認識で、何もしていないことを研究しても何も得られない、するだけムダ、という受け止められ方だったわけです。

そんなことより、起きている間にやっていることを研究した方が意義がある、ということで、眠らないで起き続けていると人はどうなるか、という研究をした人はいるんです(笑)。

──眠らないでいることなんてできるんですか。

井上 ずっと起き続けているということは事実上不可能です。まったく眠らないで頑張り続けていると死んでしまいます。もっとも、そこへ到達する以前に、まず自力では起きていられない、要するに寝入ってしまいますが・・・。それを妨げるには、誰か他人が一生懸命起こし続けなければいけないわけです。だけど、それをやり続けると死んでしまうということが動物実験で分かっています。


奇妙な夢を見るのは、大脳の活動のせい

──近年、眠りについての研究が進んできている中で、人間の眠りについてはどういうことが分かってきているんでしょうか。

井上 同じ睡眠の中でも「レム」と「ノンレム」という2つのタイプの睡眠があり、これらが交互に繰り返して全体の睡眠を形成しているということが分かってきています。

「レム(REM=Rapid Eye Movement=休息眼球運動)」というのはその名のとおり、寝ている時まぶたがピクピク動く、あれを指します。内容的には眠りらしくない変な眠りで、脳は覚醒状態に近くて、体温は上がり、呼吸は激しくなる。場合によっては寝言を言ったり、手足がピクピク動いたり、血圧が上がることもあります。しかし筋肉はすっかり緩んでおり、一種の金縛り状態になっていて動けない。そして夢を見ている。

──何のためにそんな眠りが・・・。

井上 これは例えば、ヘビ、トカゲ、魚などのような下等な動物が持っている原始的な眠りをそのまま引き継いだような眠りです。本来は筋肉を緩ませてしまえば、身体は自然に冷えて動かなくなります。脳も冷えますから、余計なことを考えたりしなくてすむというわけです。

──昔の「休息」に近い形ですね。

井上 ところが、高等動物は、筋肉の動きを止めても体温は下がらないわけです。従って脳も冷えない。身体が活動していなくても大脳は動いているんです。

──だから夢を見る・・・。

井上 ええ。しかし、大脳は起きている時のように目的に適った活動をするわけではなく、どこかに何かちょっとした刺激があると、それに引きずられてどこかが動く、するとまた、その影響で大脳のどこかに刺激が・・・、というように、めちゃくちゃに連動してしまう。だから、現実には考えられないようなつながりで脳の活動が行われるというわけです。

──だから、夢は奇妙で超現実的なんですね。


脳は自動的に寝不足をカバーしてくれている

井上 それに対して「ノンレム睡眠」というのがあるわけですが、こちらは脳を休め、脳の情報処理機能をある程度解放するための本当に眠りらしい眠りです。すやすやとした安らかな眠りから、ぐっすりと非常に深い、ともすれば昏睡状態に近いような眠りもあります。

──「大脳のための眠り」とも言えますね。

井上 ええ。しかし、それがあまり長く続くと、脳の温度が徐々に冷え、いろんな意味で活動レベルが下がりますから、そのままいくと・・・。

──死んでしまう・・・?

井上 ですから、それがあるところまでいくと、今度はレム睡眠に切り替わり、脳が活性化して、体温を上げ、呼吸も上がり、血圧も上がる・・・、というように、下がっていた意識レベル、あるいは身体の活動レベルを持ち上げ、起きやすい状況をつくるというわけです。

──レム睡眠が出てくることで、起きやすいように、身体全体のウォーミングアップをするんですね。

その、レム睡眠とノンレム睡眠の周期はどのくらいですか。

井上 個人差はありますが、その人その人でおおよそ決まっています。健康な大人ですと、だいたい1時間半(90分)くらいの周期で、レム睡眠とノンレム睡眠が交互に訪れます。自分が寝入った時刻、夜中にふと目が覚めた時刻、朝自然に目覚めた時刻を集計していくと、自分なりの周期が分かりますよ。

──最後に、われわれは1日に何時間くら睡眠をとればいいんでしょうか。

井上 そういうことはわれわれが気にするまでもなく、脳は自動的に、寝不足ならば寝不足に対応する深い眠りで、カバーしてくれています。だから、本人が主観的に、自分は寝不足だから眠い、だるい、やる気が起こらない等と感じていても、それは実情と必ずしも一致していない場合が多いんです。つまり、生理的に脳が判断している寝不足と、心理的なそれとはギャップがありうるということです。

──じゃあ、時間的に睡眠が少なくても、一般的な環境の中では、脳がちゃんと調整してくれている、質的につじつまが合っていると考えていいんですね。

井上 そうです。だから寝不足で一番良くないのは、そのことを過度に気にして、それによってさらに・・・。

──寝不足になる(笑)。私もこれからは7時間とか8時間とか、あまり睡眠時間は気にしないことにします。あとは「眠らせる脳」にまかせて・・・(笑)。

今日は勉強になりました。ありがとうございました。


近著紹介
『動物たちはなぜ眠るのか』(丸善ブックス) 『ヒトはなぜ眠るのか』(筑摩書房)
近況報告

1998年、ベストセラーズより『睡眠の技術』発刊。1999年4月より東京医科歯科大学生体材料工学研究所所長。


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