こだわりアカデミー

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本対談記事は、アットホーム(株)が全国の加盟不動産会社に向け発行している機関紙「at home time」に毎号掲載の同名コーナーの中から抜粋して公開しています。宇宙科学から遺伝子学、生物学、哲学、心理学、歴史学、文学、果ては環境問題 etc.まで、さまざまな学術分野の第一人者が語る最先端トピックや研究裏話あれこれ・・・。お忙しい毎日とは思いますが、たまにはお仕事・勉学を離れ、この「こだわりアカデミー」にお立ち寄り下さい。インタビュアーはアットホーム社長・松村文衞。1990年から毎月1回のペースでインタビューを続けています。
聞き手:アットホーム株式会社 代表取締役 松村文衞
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世の中のあらゆることが数学で成り立っている。 身近な数の面白さを、子ども達に知って欲しいですね。

身近な数学の面白さ

数学者 東京理科大学理学部教授

芳沢 光雄 氏

よしざわ みつお

芳沢 光雄

よしざわ みつお 1953年、東京生れ。75年、学習院大学理学部数学科卒業。81年、米国オハイオ州立大学博士特別研究員、83年、慶應義塾大学商学部助教授、96年、城西大学理学部教授を経て、2000年より現職。理学博士。90年代前半から算数・数学の面白さや重要性を訴え、啓蒙活動に励んでいる。主な著書に、『生活じょうずは数学じょうず』(01年、学習研究社)、『子どもが算数・数学好きになる秘訣』(02年、日本評論社)、『「数学的頭」を鍛える雑学の本』(同年、三笠書房)、『ふしぎな数のおはなし』(同年、数研出版)、『数のモンスターアタック』(03年、文春ネスコ)、共著に『分数ができない大学生』(99年、東洋経済新報社)など多数。

2003年9月号掲載


生きる上で必要な「数学的頭」

──先生は、『ふしぎな数のおはなし』『「数学的頭」を鍛える雑学の本』『生活じょうずは数学じょうず』など、算数・数学関連のヒット本をたくさんお書きになっています。これまでの数学本と違って、生活の中に潜む身近な数学の面白さを解いた本として話題になっていますが、本日はそれらご著書の狙いについてお伺いしたいと思います。

芳沢 一言でいうと、世の中のすべてのことを数学的頭で捉えて欲しい、ということです。

──数学的頭とは、例えばどういうことですか?

芳沢 皆さんの身近な例でいうと、今こそ大学の都心回帰を図るべきではないか、ということがあります。

今、都心の地価は異常な程低迷しています。これも利益率を考えるとおかしな数字なのですが、この地価下落を利用して大学を都心に移転すれば、地域が活性化して相当な経済効果が生れる。ひいては不動産の価格が適正に戻り、景気が回復します。

ですから大学が都心の土地を購入することに関して、取得税や登録免許税など各種税金を撤廃するくらいの優遇措置をしてもいいのに、なぜか政府はそういうことをしない。数学的頭があれば、こういうことを真っ先にするはずです。

──大学の都心回帰というのは、国にとってもプラスになるという数学的証明ができるということですね?

芳沢 その通りです。もちろん具体的なシミュレーションをして証明する必要がありますが、少し考えただけでもその波及効果は分ります。景気対策ならば、株の操作より地価を利用することです。

──空いた郊外の大学施設は、植物の研究などのように郊外でしかできない研究に使うということも考えられますしね。

すべての人が数学的頭を持てば、もっと有効な政策が取れるということですか。先生はその必要性を訴えて、底辺から改造していこうとされているのですね。

芳沢 はい。世の中のあらゆることが数学でできている、数学は生きていく上で重要な要素なんです。そのことを私は訴えているのです。


じゃんけん必勝法&牛乳パックの不思議・・・。数学は面白い!

──数学的頭の重要性はよく分るのですが、多くの子どもがなぜか数学を避けたがる傾向にあります。どうすればもっと数学に馴染むことができるのでしょうか?

芳沢 まずは子どもや親が身近な数学の面白さに気付いて、数学を好きになることです。昨年出版した『ふしぎな数のおはなし』は、まさにそういう願いを込めて作った絵本なのですが、やさしい文章とイラストを使って、親子が一緒に数学を楽しめるよう、工夫しました。

──確かに、じゃんけん必勝法や牛乳パックの不思議など、「なぜだろう」「面白いな」と思わせる話題がいくつも載っていましたね。

芳沢 じゃんけん必勝法は、実際に700人以上に11,567回じゃんけんをしてもらって調べた結果です。それによると、グーが4,054回、パーが3,849回、チョキが3,664回という結果が出ました。つまり、多人数でじゃんけんをする時は、パーを出し続けると有利ということです。

──では、1対1の時に勝つには?

芳沢 同一人物が同じ手を続けて出す割合は4分の1以下です。ですから、あいこになった時には、その手に負ける手を次に出すと勝率が高いということになります。

──グーとグーであいこになった場合、相手は次にパーかチョキを出す可能性が高いので、グーに負けるチョキを次に出せば勝ちか、悪くても引分けで済む。統計と計算の勝利、ということですね。何だか得した気分だな…(笑)。

芳沢 牛乳パックの話も面白いでしょう? 牛乳パックの体積は955.5立方センチメートルしかないのに、なぜ1,000ミリリットルの牛乳が入るのか・・・。これは、牛乳が入ることによって直方体の側面が膨らむからなのですが、そこまでを計算に入れて牛乳パックが作られている、というのがこの話のポイントです。

『ふしぎな数のおはなし』は、やさしい文章とかわいらしいイラストで身近な数学の面白さを紹介
『ふしぎな数のおはなし』は、やさしい文章とかわいらしいイラストで身近な数学の面白さを紹介

──同じ表面積でも、直方体より球体の方がはるかに体積が大きいということですね。

他にも、子どもの好奇心や物事を不思議に思う心を育てるような話がたくさん紹介されていますが、こういう身近な数学の面白さを学校の授業で教えてくれると、数学を好きになる子どもが増えるのでは・・・。

芳沢 おっしゃる通りです。本来は数学こそ生徒の好奇心を掻き立てるように授業をしなくてはいけないのに、教師の中には何も分らない生徒に「分らないところを質問に来い」といったり、「数学の成績が悪いのは人間が悪いからだ」「一般人に純粋数学の美しさは分らないだろう」なんて平然という人がいます。これでは子どもが数学から離れていっても仕方ありません。

──子どもや親だけでなく、教師の意識改革も必要ということですね。


「ゆとり教育」が招いた学力低下

──ところで、日本は江戸時代、識字率が世界一だったというのは有名な話ですが、数学も世界のトップレベルだったという話を聞きます。

芳沢 そうなんです。18世紀の初めには円周率を42桁まで正確に求めていた日本人がいたという記録もありますし、微分・積分の考え方も発達していました。高度経済成長期まで、日本は相当数学好きな国だったといえますが、今はあまりにも数学的頭が足りていません。

──どうしてこんな国になってしまったのでしょうか…。

芳沢 その最大の原因は、やはり高度経済成長期以降の教育制度でしょう。「ゆとり教育」と称して学習時間や内容を削った結果、当然のように学力低下が起りました。その影響を最も受けているのが数学です。一番子どもが嫌がる教科は数学だと勝手に決め付けて、数学の学習時間を減らしたのです。私も執筆者の一人として書いた『分数ができない大学生』が世間で話題となり、学力低下論争の火付け役といわれましたが、有名大学の学生でも分数の通分ができない学生が1割もいるんです。これが数学の学習時間を減らした「ゆとり教育」の結果です。

最近、青少年の犯罪が後を絶ちませんが、統計を見ると「ゆとり教育」が始まってからその数が増えていることも分っています。

──私見ですが、数学ができる人は物事に勤勉だと感じます。数学と生活態度にも何か関係があるような・・・。

芳沢 確かにそれはいえるかもしれません。数学にはすべてルールがありますから、ルールを守るということが自然と身に付きます。もちろんルールの中でいろいろと冒険ができるわけですが、数学を勉強していないとルールを守ること自体を軽んじてしまう傾向があるのかも知れません。

──なるほど。それにしても、「ゆとり教育」が始まって、日本の数学のレベルは外国と比べて本当に落ちてきているんですか?

芳沢 確実に差が開いています。例えば今、コンピュータのプログラム開発の世界でインドの人達が大活躍しています。一方、日本人はそれほどいません。その背景には、インドでは、小学校5年生で4桁の掛け算を教えていますが、日本では3桁の掛け算さえ教えていない、というような差があります。

さらに根本的に違うことは、教え方です。先程のルールの話になりますが、例えば加減乗除の中では、掛け算と割り算を優先させるという計算のルールがあります。日本は「こういうルールだからこうして計算しなさい」で終りますが、インドでは「ルール通りにしないと、こういうめちゃくちゃな計算になる、だからルールが必要だ」ということを徹底的に教えます。ですから自然と物事を論理的に組み立てる力が付き、プログラム作りができるわけです。

一方、アメリカでも、1980年代中頃の不況の際に、その抜本的対策として数学教育を徹底しました。その結果、今日のような経済大国になったのです。

早くこの教育の差に気が付かないと、将来の日本は大変なことになってしまいます。

──掛け算のレベルを落としたり、円周率を3にしたり、学習時間を減らしたりというのは、とんでもない話ですね。しかし、どうしてこういうことが国の方針として通っているのでしょうか?

芳沢 それが不思議なところで、学習指導要領は国会を通過せずに教育審議会が独断で決めてしまうのです。ようやく最近になって、国会議員も「これはおかしい」と文句をいうようになりましたけどね。以前に比べると、少しは良い方向に向かっているのだと思いますが・・・。

──もっと世論やメディアが声を挙げなくてはいけませんね。

芳沢 おっしゃる通りです。しかし、正直なところ、活字メディアに比べて映像メディアにはあまり期待ができません。

──といいますと?

芳沢 彼らは目先の視聴率を気にして、低レベルな番組を作ったり平然とやらせをしたりしますからね。真剣に国の将来を考えるような番組ができるかどうか、疑問です。


大切なのは試行錯誤。遊びで学ぶ数学の面白さ

──これまでのお話で、数学の裾野を広げるには、子ども、親、教師、そして教育制度の改革が必要だということが良く分りました。しかし、やはり一番大事なのは何といっても子ども達への啓蒙だと思います。

芳沢 その通りです。これからの日本を動かす子ども達が、数学の大切さに目覚めてくれることが何より大事です。そして先程も申したように、重要なのは論理的に考え、試行錯誤する数学です。

──当然、先生はそのための手も打っていらっしゃる・・・?

芳沢 もちろんです(笑)。まずは遊びながら考える能力を身に付けてもらおうと、「マジックS10」というゲームを開発しました(下写真)。球体の周りにさまざまな色が付いた突起があって、この突起を縦横に動かしながら色を並べ替えていくものです。考えられる色の組み合せはすべて実現可能ですが、相当頭を使わないと色を揃えることができません。

芳沢先生が開発した「マジックS10 」。ギザギザのレール部分を回転させることによって色の付いた突起を縦横に並べ替えていく玩具。子供はもちろん大人も楽しめる。ただし、残念ながら今のところ販売は未定だという
芳沢先生が開発した「マジックS10 」。ギザギザのレール部分を回転させることによって色の付いた突起を縦横に並べ替えていく玩具。子どもはもちろん大人も楽しめる。ただし、残念ながら今のところ販売は未定だという

──もう販売しているのですか?

芳沢 いえ。日本の玩具メーカーに相談してみたのですが、反応が良くありませんでした。私は自分の儲けは1円もいらないからといったのですが、今の子どもにこういう玩具は受けない、すぐに低価格のニセ商品が出るから利益にならない、というわけです。実は、アメリカの企業からは次々に相談が来ているのですが、私の趣旨はあくまでも日本の企業に作ってもらって、日本の子ども達の試行錯誤する能力を高めることですから、お断りしているんです。ですから、残念ながら今のところ製品は世界にこの一つしかありません。

あとはネット上で遊べるパズルゲームを作って公開したりしています。

──つい最近、『数のモンスターアタック』という絵本を出されましたよね? これもゲーム感覚でなかなか面白そうですが。

芳沢 子ども達が恐い世界に出掛けて行って、怪獣を倒しながら夢の国に辿り着くという冒険物語なのですが、怪獣を倒す時に算数や数学のトリックを使うんです。

──それは面白そうですね。

ぜひ今後も、数学の楽しさを広めていただいて、世界に恥じない日本の数学を取り戻していただきたいと思います。

本日はありがとうございました。


近著紹介
『ふしぎな数のおはなし』(数研出版)

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