こだわりアカデミー

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本対談記事は、アットホーム(株)が全国の加盟不動産会社に向け発行している機関紙「at home time」に毎号掲載の同名コーナーの中から抜粋して公開しています。宇宙科学から遺伝子学、生物学、哲学、心理学、歴史学、文学、果ては環境問題 etc.まで、さまざまな学術分野の第一人者が語る最先端トピックや研究裏話あれこれ・・・。お忙しい毎日とは思いますが、たまにはお仕事・勉学を離れ、この「こだわりアカデミー」にお立ち寄り下さい。インタビュアーはアットホーム社長・松村文衞。1990年から毎月1回のペースでインタビューを続けています。
聞き手:アットホーム株式会社 代表取締役 松村文衞
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消滅の危機に瀕しているツングース語。 少数言語にも優れた表現力と複雑さがあります。

消滅の危機に瀕するツングース語

北海道大学大学院文学研究科教授

津曲 敏郎 氏

つまがり としろう

津曲 敏郎

つまがり としろう 1951年、福岡県生れ。北海道大学文学部卒業後、北海道大学文学部助手、小樽商科大学助教授、同教授を経て、現在北海道大学大学院文学研究科教授。専門は北方少数民族言語学、特にツングース諸語の記述的・類型的研究を行なう。2001年、ウデヘ人の元教師の自伝『ビキン川のほとりで 沿海州ウデヘ人の少年時代』(北海道大学出版会)の翻訳・編集を手掛ける。

2003年10月号掲載


日本語の起源と関連深いツングース諸語

──先生はシベリア・極東の先住民の言語である、ツングース語のご研究をされていると伺っております。研究の傍ら、言語の保存にも力を注いでいらっしゃるそうですが、本日はその辺りのお話について、いろいろと伺っていきたいと思います。

まず始めに、ツングース語とは一体どんな言語なのかを教えていただけますか。

津曲 ツングース語というのは、東シベリアからロシア沿海州・中国東北部に掛けて分布している言語です。

世界の言語は、インド・ヨーロッパ語族、アフロ・アジア語族、シナ・チベット語族、オーストロネシア語族など10種類以上の語族に分類されています。ツングース語は、チュルク諸語、モンゴル諸語とともに「アルタイ諸言語」に分類されていますが、それらの関係についてはまだ明らかではありません。

ロシア沿海州、ウデヘ族主要居住地
ロシア沿海州、ウデヘ族主要居住地

──ツングース民族とはどこに居住していて、どんな生活をしているのですか?

津曲 主に中国東北部とロシア・シベリア東部の地域に分布していて、北方は遊牧、南方は狩猟を主な生業としています。一般的には、黒澤明監督の映画「デルスウ・ウザーラ」の主人公がツングース人として知られています。

言語は、ウデヘ語、ナーナイ語、満州語、ウイルタ語など、10種類以上に分かれていて、単語の並び方や文章の構造などが、日本語と非常によく似ているんですよ。

──それは驚きました。海を挟んだすぐ隣の大陸に、日本語の祖語があるかもしれないのですね。

津曲 日本語の起源はいろいろな系統説があり、まだはっきりと解明されていませんが、その可能性はありますね。日本列島には南北両方の系統の流れがありますから、言語学だけでなく、民族学や考古学などあらゆる分野で研究を行なっていかなければ、私は解明できないと思っています。

──確かに日本列島のちょうど真ん中辺りを境に、北と南で方言や習慣、風俗などに違いがありますよね。

それでは日本語の系統を証明するには、一体どんな方法があるのでしょうか。言語学的に証明するというのは非常に難しいことだと思うのですが。

津曲 そうですね、代表的なものとして、「比較言語学」があります。言語は同じ祖語からの派生であれば、必ず規則的な似方をするので、単語間に音韻対応が組織的に生み出されているかなど、言語同士を比較して系統を証明します。

インドからヨーロッパに掛けて分布する多数の言語が「インド・ヨーロッパ語族」として一括されたのも、この比較言語学によるものです。

──定住性が高い民族であれば有効な方法でしょうね。しかし、アルタイ系のような遊牧民族になると、同じ比較法が通用するのかは疑問に思いますが。

素人考えで大変恐縮ですが、言語を比較するならば、変化が起きやすい単語よりも、変化の起きにくい文法の方を調べた方が良いのではないかと…。

津曲 確かにそういった考え方もあるのですが、単語の変り方には一定のパターンがあり、客観的で確実性があります。それに対して文法は、類似点がはっきりと形では現れにくく、変化を組織立てられない面があるのです。

文法は例えば日本語なら、主語→目的語→動詞、英語なら主語→動詞→目的語というように、組合せが全部で6通りしかありません。しかも言語の80%が日本語式か英語式のどちらかで、非常に偏りがあります。

この研究自体、19世紀から始められたもので、まだ200年程の歴史しかありませんが、最近の研究で、語順や単語構造にも一定のパターンがあることが分り、必ずしも文法が同じだからといって、系統も同じとは限らないと分ってきています。


現地調査中にウデヘの「自分史」と運命的な出会い

──言語学というのは、聞けば聞く程複雑で面白い分野ですね。ところで、先生がツングース語のご研究を始められたきっかけは?

津曲 幼い頃から北海道で育ったこともあって、北への憧れというものが漠然とありました。アルタイ系言語を研究しようと、北海道大学に進学したところ、ツングース語研究の第一人者である、恩師の池上二良先生と出会い、現在の研究をするに至りました。

──なるほど、そうだったのですか。それでは、言語学の調査・研究とは具体的にどんなことをするのですか?

津曲 研究は、主に現地を訪ねて、現地の人と話をする、フィールドワークを中心に行なっています。始めに「頭はなんといいますか?」、「手はなんといいますか?」と、単語の基礎語彙調査をして、言語の音の仕組みを解明していきます。今度はそれを重ねて長い文章を調べていくのです。

──「現地」というと、どちらで調査されることが多いのですか?

津曲 ロシアと中国の一部です。ツングース語の話し手は、これらの地域に分布しているので。

しかし、私がこの研究を始めた当時は、どちらも政策の関係で長い間調査が困難でした。初めて海外調査したのが中国だったのですが、途中で天安門事件が起きてしまい、急遽ロシアのアムール川流域へとプロジェクトが変更となりました。最近は沿海州のウデヘの村に出かけています。

──そこで先生の訳書「ビキン川のほとりで」の著者とお会いになったわけですね。

「ビギン川のほとりで」著者のアレクサンドル・カンチュガさん(写真左)と津曲氏(写真提供:津曲敏郎氏)
「ビギン川のほとりで」著者のアレクサンドル・カンチュガさん(写真左)と津曲氏
(写真提供:津曲敏郎氏)

(※『ビキン川のほとりで』は、公的に文字化されることのないウデヘ語で、著者自ら幼少時代の伝統的生業、学校や遊び、親子や兄弟の絆、戦争中の生活の様子などを書き綴った作品。民族学的に非常に貴重な資料であり、言語資料としても高い価値がある。ウデヘ語とロシア語対訳の原稿を津曲氏が日本語に翻訳した)

津曲 そうです。調査中に著者のアレクサンドル・カンチュガさんと知り合いました。カンチュガさんは現在68歳で、それでもウデヘ語の話し手としては、若い世代に入ります。ウデヘ語は今や、現地でも年輩の方にしか使われない言語になっているのです。

──それにしても、よくカンチュガさんが自伝を書いてくれることになりましたね。本を出版されるまでに、どのような経緯があったのですか?

津曲 そもそもカンチュガさんはロシア語と文学の教職経験があり、記憶も優れていて、ウデヘ語に対する熱意も人並み外れたものがありました。

言語学の調査のためには、文法の分析や、単語を拾うために、まとまった量のテキストを採取する必要があります。そこで、ごく簡単なテキストの執筆をお願いしたのですが、カンチュガさんは自分史のような感覚で幼少時の話や生活文化などを書き出していってくれました。それがとても文学的で面白かったので、日本の方達にもぜひ伝えたくて、訳書を制作しました。

──カンチュガさんのような方に巡り会えたのは本当に幸運でしたね。

津曲 そうですね。書いていただいたウデヘ語とロシア語の対訳原稿は、私の宝物です。実はもう続編の原稿もいただいていて、早く整理・翻訳しなければなりません。


消滅の危機に瀕する少数言語、現地と連携した保護活動

──先生は今後もウデヘ語の調査・研究を続けていかれると思いますが、当面のテーマは何ですか?

津曲 まず「ビキン川のほとりで」の一部を、現地の子供達の絵で絵本に仕立てて、教材として提供すること。それから辞書作りですね。

──そうなると、先程伺ったように、ウデヘ語はすでに年輩の方にしか使われなくなっており、時間制限がありますね。

ウデヘ語に限らず少数民族言語は減っているそうですが。

津曲 そうですね。現在、言語の数は6,000以上あるといわれていますが、そのうち話し手が100万人以下の言語は96%、100万人以上はわずか4%です。また面白いことに、全世界の言語数のうち、わずか4%の言葉を世界人口96%の人が使っているのです。

──非常にアンバランスな数値ですね。

津曲 そうですね、言語の危機が迫ってきていて、このままでは話し手が亡くなってしまうと、民族言語も滅びてしまいます。70歳前後の話し手しかいない言語は、あと10年か20年で確実に消滅してしまいます。話し手の年代と人数から計算して、現在6,000ある言語は、100年後には多くても半分しか残らないともいわれています。

──言語もやはり、より実用的で効率の良いものに集中していくのでしょうね。そして、少数言語は話し手の多い言語へと引き寄せられてしまうのですね。

現地の小学校で行なわれているウデヘ語の授業風景(写真提供:津曲敏郎氏)
現地の小学校で行なわれているウデヘ語の授業風景
(写真提供:津曲敏郎氏)

津曲 世界各国の言語の中で、学校でも学べる機会の多い、英語、フランス語、スペイン語などは実用的といえます。それに比べて、少数言語は実用的ではないですし、真面目に勉強する人も少ないのです。

最近になってようやく、言語が絶滅してしまう前にできるだけ書き留めようという動きが出てきましたが…。

──先生も少数民族の言語の保護に力を入れていらっしゃるそうですね。

津曲 保護活動をしても、それで言語が蘇るほど世の中甘くはないですが、記録を残すことは重要ですし、子供達に少しでも受け継がれるものがあればそれでよしと考えています。

始めは自分のためにウデヘ語の研究を行なってきましたが、今では民族に対して、あるいは村に対して何か返せることはないか考えるようになりました。それは私だけではなく、少数言語の研究に携わる者すべてが同じ気持ちだと思います。

──具体的に保護活動とは、どんなことをするのですか?

彩り鮮やかなウデヘ語の教科書(1999年ハバロフスク刊)の表紙(写真提供:津曲敏郎氏)
彩り鮮やかなウデヘ語の教科書(1999年ハバロフスク刊)の表紙
(写真提供:津曲敏郎氏)

津曲 研究で記録したものを言語学者だけで使うのではなく、ウデヘ語の教材として、現地の人達に提供しています。カンチュガさんが発音したウデヘ語CDを付けた読本を作り、教材として村の学校などにプレゼントしています。

現地ではロシア語化が進んでいて、ウデヘ語はほとんど実用性のない言語となっていますが、民族側からすれば自分達の言葉に誇りを持っていますし、次世代にとっても貴重な財産になると思います。

──グローバル化が進む反面、民族が自分達のアイデンティティに目覚めるというのは世界的な潮流ですね。

津曲 どんなに話し手が少ない言語でも何千年、何万年の歴史があって現在がある。英語や日本語にも負けない複雑さと表現力を持っているのです。カンチュガさんに書いていただいたテキストも私が本当に理解するには何年も掛かるでしょうし、言語学的な細かい分析となるとまだまだ分らないことはたくさんあるのです。

──なるほど。言葉は文化であり、私達が話す日本語もとても大切な言語なのだと実感しました。これからも自分達の言葉を大切にしていきたいと思います。

本日は本当に楽しいお話をどうもありがとうございました。


近著紹介
『ビキン川のほとりで 沿海州ウデヘ人の少年時代』(北海道大学出版会)

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