こだわりアカデミー
「味覚」「おいしさ」を数値化することで、 人間の完成にますます磨きをかけたい!
「味覚」や「おいしさ」を数値化する
九州大学大学院システム情報科学研究院教授
都甲 潔 氏
とうこう きよし

1953年福岡県生れ。九州大学工学部電子工学科卒業。同大学院博士後期課程修了後、助手、助教授を経て、現職。研究テーマは味覚センサー、匂いセンサー、感性バイオセンサー。世界で初めて「味を測る」という概念を提唱し、味覚センサーを開発した功績で、文部科学大臣表彰・科学技術賞受賞。数々のテレビ番組にて、味と匂いに関する科学技術の啓蒙活動も行なっている。電子情報通信学会、次世代センサ協議会、日本味と匂学会などに所属。著書は『感性の科学』(朝倉書店、日本感性工学会出版賞受賞)、『味覚を科学する』(角川書店)、『旨いメシには理由(わけ)がある』(角川書店)、『プリンに醤油でウニになる』(サイエンス・アイ新書)、『ハイブリッド・レシピ』(飛鳥新社)など多数。
2010年11月号掲載
「味」を客観的に測定する「味覚センサー」を開発
──先生は、「味覚センサー(味認識装置)」を開発されたことで有名で、文部科学大臣賞など、さまざまな賞を受賞されたと伺っております。
そもそも、味覚センサーとは何なのでしょうか?
都甲 味覚センサーとは、食品の味を測定、数値化する装置のことです。
──しかし、味は「主観的」なものですよね? 一般的なセンサーというのは、例えば球の速度を測ったり、音の大きさを測ったり・・・、機械が「客観的」に測定するものだと思っていましたが。
都甲 おっしゃる通りです。
味は、「酸味」「苦味」「甘味」「塩味」、そして昆布やカツオなどのダシ味である「うま味」の5つの基本味で構成されており、それらの味は、実は舌で感じた時点で決定します。
具体的にいうと、人間の舌には「味蕾(みらい)」を構成する味細胞があり、この味細胞の表面を覆っている「生体膜」と呼ばれる膜が、食品内の化学物質を受け取る時に電圧を発生します。その変化が脳に伝わって、「おいしい」「マズい」「苦い」といった味を認識するんです。
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| 九州大学が開発、(株)インテリジェントセンサーテクノロジーが製品化した世界初の味覚を測定するセンサー。「おいしさ」の重要な構成要素となる基本5味(「酸味」「苦味」「甘味」「塩味」「うま味」+5味の複合的産物「渋味」)を加えた基本味を数値化し、客観的に表現することが可能 |
つまり味覚は、化学物質を受容した時点では主観ではなく、神経の反応に過ぎないということ。そこで私は、「舌で感じる味が主観を交えないのならば、味を客観的に測れるのではないか」と考えたのです。
──すごい発想の転換です。
つまり先生は、「舌のセンサー」をつくればいいとお考えになったんですね。
都甲 そうなんです。
ですから、味覚センサーとは、人間の生体膜を模した人工の脂質膜をつくり、電極に貼り付け、味溶液に浸した後、膜で起こる電位の変化量で味を感知する、いわば「人工の舌」だと考えてください。
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| 都甲教授自らが電極に貼り付けた脂質模や膜で起こる電位変化の仕組みについてレクチャー |
──なるほど。では、味を客観的に測れるようになって、どんなことが可能になったんですか?
都甲 音楽の世界で、200年以上も前のバッハやベートーベンの曲を再現できるのは、彼らの作品が「楽譜」として保存されてきたからです。食の世界でも、数値化されたデータを「食譜」として残せば、秘伝の味、おふくろの味を後世まで伝えることができます。
また、このセンサーを使うと、2つ以上の食材を混ぜ合わせて、まったく違う食べ物の味をつくり出すことができるんです。錬金術ならぬ「錬味術」といったところでしょうか。
──といいますと?
都甲 例えば、プリンに醤油をかけるとウニの味になりますし、温かい牛乳に刻んだたくあんを入れるとコーンスープ味になるんです。これらは、味覚センサーお墨付きの組合せです。騙されたと思って、ぜひ試してみてください(笑)。私は、このような意外な食材の組合せから新しい味をつくり上げるレシピを「ハイブリッド・レシピ」と呼んでいます。
| 「牛乳」+「たくあん」でコーンスープの味 |
| もともとの食材の味 |
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| そっくり度 |
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──面白そうですね(笑)。
そういえば、味覚センサーは大学や公的研究機関、食品・飲料メーカーなどに導入され、新製品の開発やマーケティング、品質管理などに実用化されているとか。味を数値化したことで、さまざまな可能性が見えてきそうです。
「経験」「文化」は数値化できないが、「五感」は数値化できる
──ところで、「味」と「おいしさ」は違いますよね。同じ味の食べ物でも、色や形、盛り付け、においなどに加えて、その時の体調や心理状態も「おいしさ」を左右します。例えば、空腹時、あるいは好きな人と一緒に食事をすると、何を食べてもおいしく感じられるといった具合に。
都甲 おっしゃる通りです。
人間の感じる「おいしさ」というのは、「味覚」「触覚」「視覚」「聴覚」「嗅覚」といった五感はもちろん、育った土地の気候や経験、文化などの影響を受けるものです。
これは元来、他の動物にはない人間独特のものです。
──味は客観的に分析できますが、「おいしさ」を測ることはできるのでしょうか。
都甲 そこなんですが、個々の経験や文化などは数値化するのは無理です。しかし、五感は測定できると思うんです。各感覚に対応したセンサーも、ほぼ出揃っています。
そこで現在、「五感融合バイオセンサーシステム」の構築を目論んでおりまして。「味覚」「触覚」「視覚」「聴覚」「嗅覚」の五感を融合させ、食品のおいしさの基準をつくりたいと考えているんです。
「うま味」を発見した日本人は、味に対する造詣が深い。味を科学するのは日本人だけですから、食の安全性、品質保証も含めた「おいしさのマニュアル」のようなものを、ぜひ日本初、日本発の技術として広めていきたいのです。
──「おいしさ」の基準ができる・・・。それが実現に至ったらすごいことですね。今後の展開をぜひ楽しみにしています。
「人の幸せにつながる技術」が長年の研究テーマ
──先生は、人間と機械の調和に貢献し、優れた成果を残した研究者に贈られる「立石
賞」を受賞されましたね。
都甲 はい。この受賞は大変光栄で、大変うれしかったです。何といっても、人間と技術の調和、人に優しい技術というのは、私の長年にわたる研究テーマですから。
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| 都甲研究室の学生さん達と(写真提供:都甲 潔氏) |
──おめでとうございます。
私も、人間と技術の関係について時々考えるのですが、技術が進歩すると、確かに便利になりますが、それによって失われるものもある。例えば、移動手段としての車は便利なのですが、その分、足腰は弱くなりますよね。便利さというのは、時として人を不幸にしてしまうんじゃないかと・・・。
都甲 私もまったく同意見です。
高い技術を求めるあまり、使う人間のことを考えなくなってしまったら、それは不幸を招くことにしかつながりません。
──その点で、味覚や五感を数値化していくことによる問題はないんでしょうか?
都甲 それはありません。
味覚センサーは人を不幸にしません。これまでの無機質の機械と味覚センサーは違いますから。
──どういうことでしょう?
都甲 センサーは測定するものであり、結果的には「感性」を磨くことに役立つものだからです。
例えば、綺麗な音楽、リズミカルな音楽などを聞いていると、音楽的センスも磨かれていくでしょう?
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──なるほど。センサー技術が発達すると、われわれ人間の感性がどんどん磨かれていくのですね。それこそ、人と技術の調和ですね。これからも、人に優しい技術の開発に向け、ご活躍を期待しております。
本日はありがとうございました。
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| 『感性の起源』(中公新書) |
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