こだわりアカデミー

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本対談記事は、アットホーム(株)が全国の加盟不動産会社に向け発行している機関紙「at home time」に毎号掲載の同名コーナーの中から抜粋して公開しています。宇宙科学から遺伝子学、生物学、哲学、心理学、歴史学、文学、果ては環境問題 etc.まで、さまざまな学術分野の第一人者が語る最先端トピックや研究裏話あれこれ・・・。お忙しい毎日とは思いますが、たまにはお仕事・勉学を離れ、この「こだわりアカデミー」にお立ち寄り下さい。インタビュアーはアットホーム社長・松村文衞。1990年から毎月1回のペースでインタビューを続けています。
聞き手:アットホーム株式会社 代表取締役 松村文衞
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風の可能性を楽しく探る。 クリーンエネルギー供給の旗手としても 『風』への期待は高まっています。

風の可能性を楽しく探る

日本大学理工学部土木工学科教授

野村 卓史 氏

のむら たかし

野村 卓史

のむら たかし 1954年東京都生れ。77年、東京大学工学部土木工学科卒業、79年、同大学大学院修士工学研究科修了。東京工業大学助手を経て、85年同大学助教授に就任。89年より米スタンフォード大学客員研究員、91年、東京大学助教授、94年日本大学助教授を経て、98年より現職。工学博士。著書に『風車のある風景 風力発電を見に行こう』(02年、出窓社)、共著に『移動境界流れ解析』(95年、東京大学出版会)、『有限要素法による流れのシミュレーション』(98年、シュプリンガーフェアラーク東京)、『不静定構造の力学』(01年、理工図書)がある。

2003年5月号掲載


地震にも匹敵する風の脅威。シミュレーションで安全性を検証

──先生のご著書「風車のある風景」を拝読させていただきました。内容もさることながら、美しい写真の数々。まるで写真集のような出来映えですね。

ところで先生は、風工学がご専門と伺いました。何でも、風と構造物との関係を解析されているそうですね。

野村 はい。もともと私は、計算流体力学といって、目には見えない風の力や流れをコンピュータでシミュレーションし、数値化することを専門としています。橋や超高層ビルなどの構造物が風によりどんな影響を受けるのか、その手法を用いて安全性などを確かめているわけです。

──しかし、工学の中でもなぜ風に特化したご研究を?

野村 風にもいろいろありますが、台風や竜巻などの風は人命に関わるような自然災害に発展することもあります。交通機関、農業等への影響も大きく、地震に匹敵する規模の災害となることもあるのです。

土木工学においても、風は非常に大きな影響をもたらします。しかし、風を研究している学者は意外に少なく、地震の研究者の数とは比べものになりません。こうした理由から、風に特化して研究を進めてみようと思ったのです。

──考えてみれば、地震は何一つ良いことをもたらしませんが、風は船を走らせたり、電力をつくり出したりと、決して悪いことばかりではありませんね。

野村 そうなんです。現に人間は、文明、文化を持った当初から風を利用してきましたからね。

とはいえ、風を甘く見てはなりません。例えば、頑丈な橋が風で落ちた、ということもあるんですよ。実際4か月で落ちてしまったのです。風によって、橋が不安定に揺れたことが原因です。最近では、昨年10月に茨城県で送電線の鉄塔が倒れた事故がありましたが、ご存知ですね。

2002年10月に茨城県潮来市で起きた鉄塔倒壊被害の様子〈写真提供:野村卓史氏〉
2002年10月に茨城県潮来市で起きた鉄塔倒壊被害の様子〈写真提供:野村卓史氏〉

──はい。風の力というのは、本当にすごいものだと改めて感じました。

野村 このように、いくら風の影響を考慮して設計しても、思わぬ事故につながってしまうこともあるのです。

ですから、こうした条件下でこのくらいの風が吹いたら、構造物はこれくらい揺れるだろう、このくらいの影響を及ぼすだろうとシミュレーションすることは、非常に重要なんです。また、コンピュータの性能向上に伴い、そうした数値もより信頼性の高いものになってきているんですよ。

──雲を掴むようなお話…ですね。形のない風の力を分析するなんて。

野村 確かに(笑)。

しかし実際には、このシミュレーション解析だけでそうした安全性を立証できればいうことはないのですが、まだ100%とはいえない部分もあります。ですから、大きな橋を建設するような場合には、より確かな安全性を求めるために、シミュレーションをした上で実証実験をする必要があるのです。

──「風洞実験」ですね。明石海峡大橋では、この実験に何億円というお金が費やされたと聞いたことがあります。

野村 模型だけで約3億円掛かったそうです。明石海峡大橋のような長大橋の安全性を風洞実験で検証する場合は、100分の1スケールよりも大きな模型でないと確かな結果を得ることができません。そのため全長4000mの明石海峡大橋の模型は、40mにも及んだのです。

──もはや、模型のスケールを超えていますね(笑)。


研究と並行し「風探偵団」を結成。自宅で風力発電を楽しむ

──ところで先生は、そうしたご研究に留まらず、何でも「風探偵団」なる組織を率いていらっしゃるとか(笑)。

野村 こうした研究を続けている中で、風というのは実に多面的で、面白いなぁと思ったんです。そんなある時、竜巻の災害が起きた直後に、竜巻を追い掛ける研究者を描いた「ツイスター」という映画を観まして、これに触発されてしまったんですね(笑)。実際の風を追い掛けてみたくなったのです。

「風探偵団」という名前は妻が付けました。現在、団員は特別団員のカーナビ「コロンブス」を含め総勢6名。「風に関して、興味のある情報は全部集めてしまおう!」をコンセプトに活動しています。ちなみにホームページも開設しているんですよ。

──拝見させていただきました。とても勉強になったと同時に、風の可能性を非常に強く感じました。

野村 ありがとうございます。ホームページには、我々のこれまでの活動内容が詰まっていますから、そうおっしゃっていただけると大変嬉しいです。内容についても、風害や現在の風力発電事情といった真面目なものから、これまで集めてきた風にちなんだ小物のコレクションや風アートの紹介まで、結構多岐にわたっているんですよ。

──中でも、「風力発電体験記」は興味深く、また、大変楽しく読ませていただきました。奮闘する様子、またご苦労された過程が、実によく伝わってまいりました(笑)。

野村先生のご自宅ベランダに設置している「ミリー」と名付けられた小型の風車〈写真提供:野村卓史氏〉
野村先生のご自宅ベランダに設置している「ミリー」と名付けられた小型の風車
〈写真提供:野村卓史氏〉

野村 以前から風力発電に興味があったので、いつか挑戦してみたいと思っていたんです。そんな時に、海外で家庭でも使える風力発電機が販売されていることを知り、早速購入して、我が家のベランダに設置することにしました。

購入したのは本体のみ。蓄電池や回路は見よう見まねで私がつくることにしました。風力発電機といっても、家庭用のものですから、さして難しくはないだろうとタカをくくっていたのです。しかし、いざ始めてみると、これがなかなか…。

──思いの外、手間がかかってしまったと?

野村 ええ(笑)。何とか電気が起きるというところまでたどり着くまでには、試行錯誤の連続で…。

──それでも、完成からすでに3年以上経つそうですね。自家製風力発電の状況はいかがですか?

野村 我が家は高台にあるので、比較的風には恵まれていますが、といっても常に一定量の風が吹いているわけではありません。また、風車は太陽光の射さない夜間にも回すのが効率的なのですが、騒音の問題などもあり、常に回しっぱなしというわけにはいかないのです。特に気になる程の音ではないのですが、ご近所のことを考えるとこちらの方が気になってしまって…。自家製電気で賄えるのは、せいぜい街灯くらいです(笑)。

──しかし、庭先の風が街灯の明かりを灯すなんて、すごいじゃないですか! 自然の力の大きさを感じます。

野村 そうですね。

風は、地球が誕生し大気ができてからの40億年もの間、ずっと吹き続けています。風の源は、太陽から届く熱エネルギーなので、この先も太陽が燃え尽きるまで何十億年も吹き続ける。ということは、これを利用しない手はないと思いませんか?


今後、風力発電所は海上に!?新法施行が追い風に

日本の風力発電の先駆的存在の山形県立川町の「立川ウィンドファーム」。計9基の風車が立ち並ぶ〈写真提供:野村卓史氏〉
日本の風力発電の先駆的存在の山形県立川町の「立川ウィンドファーム」。計9基の風車が立ち並ぶ
〈写真提供:野村卓史氏〉

──ところで、先生のご著書「風車のある風景」には、風力発電に興味を持って欲しいという先生の思いを感じます。

野村 はい。私は日本各地のウィンドファームを訪れています。ウィンドファームとは、風力発電風車が多数ある発電所のことで、私は「風の畑」なんて呼び方もしています(笑)。そうした施設を紹介することで、より多くの方に風力発電に興味を持っていただけたらと思い、この本の企画に取り掛かりました。

もちろん風力発電にも、いくつかの問題はあります。まず、コストの問題。日本は土地の価格が高いので、多少の工事を進めるだけですぐに予算をオーバーしてしまう。原子力や火力に比べると、事業として成り立ちづらいんです。また、日本の場合、風にムラがあるので風力発電を推進するには難しい面もあります。

──気象や複雑な地形が原因ですか?

イギリス・ウェールズからアイルランドを望むアングルジー島のウィンドファーム〈写真提供:野村卓史氏〉
イギリス・ウェールズからアイルランドを望むアングルジー島のウィンドファーム
〈写真提供:野村卓史氏〉

野村 そうです。例えば、風力発電の先駆けであるデンマークなどは大地が平らで、標高差も200m未満です。しかも、海から一定量の風が常に吹いています。一方で日本は、台風など強い風は吹くのですが…。

──日本の風は気ままなんですね(笑)。

野村 そこで将来的に有望視されているのが、海上での風力発電です。日本の国土は海に囲まれていますし、海上は陸地に比べ風も強いですからね。それに、日本は海洋土木の技術が非常に高いので、海上に大型の風車を設置するなんていうのは、さして難しい課題ではないと思いますよ。

──日本では、風力発電による電力供給は実用化されているのですか?

アメリカ・カリフォルニア州オークランド市からリバモア市に抜ける「Altamont Pass」のウィンドファーム。
アメリカ・カリフォルニア州オークランド市からリバモア市に抜ける「Altamont Pass」のウィンドファーム。

野村 はい。しかし、原子力プラント一つ分の電力量をつくり出すには、風車1000基が必要なんですが、2002年2月現在、日本にある風車は534か所。この風力発電を全部合せても、一つの原子力プラントがつくる電力量の10分の1以下にしかなりません。よって供給量は、太陽光発電と合せても全体の1%あるかないか程度です。

デンマークは、全体の10%程度を風力発電で賄っており、将来的には30%を目指すそうです。

──今後は、日本でも本格化していくんですか?

野村 日本でも、この4月から「新エネルギー利用特別措置法」がスタートしました。これは、2010年度までに全販売電力量の1.35%を新エネルギーで賄うことを発電事業者に義務付けるもので、その中で最も有効な方法として風力発電が注目を集めているんですよ。

──それは、かなりの追い風になりそうですね。

2003年1月に完成した東京・お台場の「東京臨海風力発電所」。風車の愛称は、公募により「東京風ぐるま」に決定した〈写真提供:電源開発(株)〉
2003年1月に完成した東京・お台場の「東京臨海風力発電所」。風車の愛称は、公募により「東京風ぐるま」に決定した
〈写真提供:電源開発(株)〉

そういえば1月に、東京のお台場に東京臨海風力発電所ができました。

野村 ここには、高さ70m、ブレードの直径52mもの巨大風車が2基設置されています。この2基で一般家庭約800世帯の年間消費電力量に相当する電力をつくり出すことが可能なんです。

ちなみに、この発電所は行政と民間の共同事業です。このように最近は、多くの民間企業が風力発電に興味を持ち始めているようで、私としては大変嬉しく思っています。

──風力発電には、何か夢がありますね。さまざまな問題はあるでしょうが、環境問題が取り沙汰されている昨今だからこそ、風力発電によるクリーンエネルギー供給が求められているのはないでしょうか。

では最後に、もう一度、先生の風への思いをお聞かせください。

野村 自宅での風力発電にしても、風探偵団にしても、遊び心を大切にしています。ですから、これからもそうした姿勢で、風を楽しんでいきたいですね。

また、春一番、木枯らし、夕凪、そよ風などなど、日本には風にまつわる言葉がたくさんあります。それだけ日本人は、昔から風を意識して生活してきたともいえるのです。ですからぜひ皆さんも、風を意識して、もっと風を楽しんでいただきたいと思います。

──先生と風との楽しいお話を伺って、こちらも楽しい気持ちになりました。これからもその「遊び心」を大切に、風とのお付き合いを続けてください。

また、ご専門の風工学のご研究は、我々が安全に生活する上で非常に重要な役割を担っています。ますますのご尽力を期待しております。

本日はどうもありがとうございました。


近著紹介
『車のある風景 風力発電を見に行こう』(出窓社 )

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